
うわっ。
えらいこっちゃ。
おれは自分の耳を疑った。部品変更による効果について仮説を立てて臨んだわけではないから余計に驚いた。
「8mmバルブシャフトのヘッドと7mmのそれとでは音質がずいぶん違うものなんだ、高速の伸びとか吹き上がりについては7mmのほうが良い感触があるけれど、こと音については8mmのほうが僕は好きだな。」W1SとW3を乗り分ける旧来からの知人が、彼が所有するダブルの比較論を熱く語ったのを聞いたことがある。W1Sには8mmのものがW3には7mmが使われていることはご存知のことだと思うが、それならばW3の腰下にW1Sのヘッドを載せたらどんなピックアップになるのか、どんな音が出てくるのかということについておれには強い興味があった。
その興味はおれ自身の認識間違いに起因していた。W1S後期型とW1S-A前期型、W1S-A後期型とW3およびW3Aは、それぞれが同じエンジンであるという雑誌の記述を鵜呑みにしていたおれだったが、2年くらい前にW1クレージーズの森相談役に教わったことに習って、ついに先日わがW1S-Aのタペットアジャスタホールを開いてコッターピンの形状を見たところ、やはり7mmシャフトのバルブが使われてあることを今更ながら確認した。もしも超初期のロットだけ8mmバルブのシリンダヘッドを使ったW1S-Aが雑誌の記述通りに存在したと仮定するなら、俺のオートバイW1S-Aは初期型ではなくて中期型に位置づけられることになるんだろう、後期型W1S-Aは明確に存在するのだから。なんだそうだったのか。うちの物干場にある「俺のオートバイ」と「彼のオートバイ」は、どちらも7mmバルブシャフトの2ポイント式W1Eだったのか。それならば以前から抱いていた疑問点について納得ができる。
おれは小島のサイレンサを初期型W1S-Aに付けているのだから、理論的にはW1Sの音を手に入れたと長い間思い込んでいたわけだが隣にW1Sがいるときにその音を聞き比べると、どうも違う何かが違うだがいったい何の差なんだろうせいぜい異なっているのは点火装置の違いしかない筈じゃないか、といつも感じていたものだった。もちろんおれのW1S-Aが奏でる音が気に入らないというわけではないが、ずっともやもやしたものが頭のなかにあった。なにせ俺のオートバイW1S-Aは初期型だから8mmバルブが使われているのだ、と信じていたのだ。認識間違いだった。そしてここいらのことが今回の貰い物W1Sヘッドを搭載することを後押しした背景なのである。
しかしこれはいったいどうしたことだろうか。映画の信号待ちの音、それと同じ音がおれの目の前にあるW3-A改(ますますヘン)から発せられている。片肺を調査するのにポイントのベースプレートを外したせいで多少は点火時期がずれているだろうし、ヘッドを積み替えたことでキャブの設定もこれから詰めていく必要があるはずなのに、いきなりあの音が聴こえているのだ。
おれはW1S-Aに乗るようになってから数年たった後で映画「彼のオートバイ彼女の島」を初めてホームビデオで見た。エキパイとサイレンサを別のものに取り替えられているW3がブラウン管の中を走っていた。おれのW1S-Aとはずいぶん音が違う印象を受けたが、掌や指先そして尻や内腿に伝わってくる音と振動が不足しているから、そのように感じたのかも知れない。それは自分の声が収録されているカセットテープやビデオテープを再生するとき、おれの周囲に居る例えば妻とか娘の声についてはまったく普段どおりに感じるのに、自分の声にあっては、あれっおれの声ってこんな声だったけ?と思うことがあるが、きっとそれと同じことだろう。またあるいは個体差やら製品品質のバラツキかも知れないし、あまりたいした問題ではなかろう。それに俺のオートバイW1S-Aは理論的には小島のサイレンサを使っているのだからむしろW1Sに近い音がしているはずだ。ヘッドの形も映画に出ているW3とはちょっと違うしバルブシャフトが7mm仕様の650RSはあのような音が出るのかも知れないよな…
こんな仮説を抱いてからやがて10年以上が経った。そしておおぜいのダブル乗りの皆さんと親交を持たせてもらう機会がどんどん増えた。そうしたなかで感じるようになったことなのだが、ノーマルなW1S-A・W3を10台集めたとき、勝手ながら個人的に分類するとだいたい3つから4つの種類に分けられるのかなとおれは思っている。例えばジローさんの青とYASUZOUのピンクが同じタイプだし、KataさんのW3と俺のオートバイW1S-Aとが同じタイプの音質に感じる。もちろん細かくみると10台が10台すべて違う音ということになるけれど、経年変化や手入れの度合いから来るものを差し引くとすれば、おおかたはクランクケースとその内部にセットされてあるギアとの組み合わせで音色が決まるのかなあという印象を持っているおれである。しかし初期後期のW1S-AとW3そしてW3-Aの音と比べて、W1S系W1Eのほとんどが前期型後期型を問わず違う種類の音として耳に聴こえるのは何故なんだろう何がどう違うっていうんだろうか。こんなふうにバルブシャフトが8mmだろうが7mmだろうが音質に関係ないってことがおれのW1S-Aで実証されているのだと信じていた当時は本当に不思議だった。ぜんぶおれの教条主義が悪かったせいだが、個体差とかW1S-A・W3系での音質のグループ化とかの範疇外に感じていたから余計に始末が悪い。
過日に三重県亀山でお会いした赤いW1Sがジェントリーに息づきラウドに吼える様を見た。オイルタンクの形状とタイミングギアケースのカバーに刻まれたロゴから初期型のW1Sとお見受けしたが、朝一番の完全に冷え切っている筈のW1Eがオーナーによるたった1回のキックと1回のブリップだけで推定700rpm以下のアイドリングを始めようとしていたところにおれとkataさんは偶然出くわした。その様子におれたちふたりは参ったなあとお互いの顔を見合わせたことは記憶に新しい。それから先日うちにやってきたKaz君のW2SS。そのエキゾーストノートの特色は確かに長さが3分の2のサイレンサが醸す部分は確かに大きい。しかしおれにとって興味深いのはエンジンそのものの音。なんと表現したらよいか適切な言葉が見当たらないが、粘り気のあるタメというか枯れた音を聴いて、とにかくW1Sはやはり何かが違うぞ、という確信を持ったおれだった。
それにしても参った。はっきりした原因があったとは言え、片肺が治ったとたんにこんな音をいきなり650RSが奏で始めるなんて想像さえしていなかった。おれの頭のなかにイメージされていたW1Sの音に少しでも近づくことができればそれで良いと思っていたのに過ぎないから、全身に鳥肌が立った。アイドリングも粘る。同調させながら下げていくと、どんどん下がる。メーター読みで650rpmを下回ってもスローがある。よく手入れされたスタミナZ7がシュポッヂュポッ!とまるで息づくようなアイドリングをするみたいに。多少の苦労はあったが試してみて良かった。こんなふうに心がときめいたのは、1999年の5月、ボロボロだったこの「かわさき・ろっぴゃくごじゅう・あーるえす・だぶさん」に、おれが火を入れたあの日以来のことかも知れない。
おれはW3のW1Eに載った後期型W1Sのヘッドが奏でる音をうっとりとして聴きながら、こんなことを考えていた。時間にしてせいぜい10秒かそこらのことだが、われながらよくもここまで長々と記述できるもんだよなと自分にツッコミを入れたくなる。
W1Eも所謂量産型エンジンゆえ同じ部品であっても複数の鋳型で製造されたことは間違いなかろう。そういえば8mmバルブを使うW1S系シリンダヘッドの中でも特に初期の鋳型で造られたものは更に味わい深い音成分を含んでいるのだという話を聞いたことがあるが、いつか機会があったらその音も一度はぜひ拝聴したいものだ。もしかすると今までにもどこかで出会っていた可能性もある。たとえばKaz号の初期W2SSは、まさにそのエンジンなのかも知れない。
かつておれは拙サイト内のコラムで映画「彼のオートバイ、彼女の島」に登場するW3は、少なくとも3台存在したのではないかという仮説を展開したことがある。ひとつは全篇を走る車体。ガード下で転倒したり材木トラックに轢かれたりする車体。そして録音専用の車体。信号待ちシーンを凝視してシリンダヘッドの放熱フィンの枚数を数えてみようと試みながら画質の悪さから挫折した経験を持つおれだが、その仮説はおれのなかで確信に変わった。W3用W1Eの個体差ではなくて仕様が違うのだ。仕様を変えて音だけを狙い撃ちしたW3が存在していたんだ。ただもしかすると黒タンクのW1Sがその役割を果たしたのかも知れないという可能性が残っていないわけではないが、まあそれなら仕方がない。あらゆる可能性を証明するために2ポイント式に変更したW1Sを用意することなんて、おれにはきっとできそうにないから。ちなみに転倒シーン用のW1S-Aはワイヤーロープで引き摺り廻されるという無体な扱いを受けていたそうだから、この車両が録音車両ではないことを想像するのは容易い。
やはり既にネタにしたことがある話題なのでその重複には恐縮してしまうわけだが、デジャヴュだと思ってくだされば有難い。かつておれはW1S-AにW1ヘッドと1ポイント式の改造を施した車体の音を聞いたことがある。つまりキャブレターは2基ではなくて2気筒をひとつで賄うようにわざわざ変更したそのうえに、掃気中のシリンダにも圧縮中のシリンダにも同時に点火する仕組みに換えてあるわけだが、そのW1S-Aの音はやはりおれの知るW1S-Aの音には属さなかった。もちろんこれまでにおれが聞いたことのあるW1の音ともすこし異なっていたように記憶しているが、そのオーナーはメグロ好きが昂じて音を求めるゆえにあえてそうしたのだ、と笑いながら言っていたのを思い出す。
そうかそういうことだったのか・・・・・。おれの場合は偶然の結果そうなってしまったわけだけれど、これは映画の音だ。我が子可愛いさとか自分の排泄物が他人のそれと比べて臭く感じないのと同じ現象だなと一笑に附されても結構。えっ知らなかったの?そんなの常識じゃんと言われた時はにっこり笑って、やっとここまで来ることができましたと答えよう。
そしておれはあの映画の録音専用車両のトーンを手に入れてしまった。もちろんヴォリュームは別のはなしだ。
スロットルストップスクリュをじわりと回してわざとアイドリングを高くした。信号待ちのシーンで流れるあのエキゾーストノートと同じテンポにするためだった。
弦楽カルテットのピチカートが聴こえてきた。
きらめいて きらめいて
きらめいて きらめいて
眩しく激しく きらめいて
あなたの胸の中に 光る風があった
わたしを裸にする温かさと激しさと
好きよ そういうあなたが
好きよ 後悔しないわ
わたしを抱きしめて
あなたの胸の上に 白い地図があった
わたしを迷子にする
遠回りとジグザグの
好きよ 見えないあなたが
好きよ 忘れはしないわ
わたしを追いかけて彼のオートバイ、彼女の島 / 原田貴和子
続く・・・