
W3のフュエルタンクに入っていた燃料は洗浄用の油を保管するためのジェリー缶に移し替えて、その代わりにガソソソスタンドで買ってきたばかりの無鉛ハイオクガンリソを2リットル分流し込むことにした。そして長い間ずっと充電されることが無いまま放置されてあったバッテリの余力があとどのくらい残っているのか確認しようと端子間電圧を測ってみることにした。
いかにも頼りなさげにゆらゆらと9ボルトあたりを指している針を見つめながら、このぶんではエンジンに火を入れることができないかも知れないぞと思ったが、おれはスタータペダルをけりとばし始めた。その何度目かで火が入る兆しが見え始めた。しかしエンジンは一向に始動しているという状態にはならない。はてと考えながら乱れた呼吸を整えるのに小休止する。もしも火花が安定しないという理由で動かないというのならブースターケーブルで電気を与えてやるしかあるまいと妻のジムニーの傍まで押して移動した。ボンネットを開いてこの12ボルト30アンペアをW3にかけてやればよかろうということでキックをくれるといきなり咆哮が周囲に響いた。まったく現金なやつだ。あたりまえのことがあたりまえだったらあたりまえに動いてやるよと言わんばかりに脈動が始まった。
燃焼室の内部に伝播する炎の熱で、油性ニスは一気に焦げてシリンダヘッドとヘッドガスケットはぴったりとシールされたらしい。そのことは繰り返される脈動から容易に判断できる。暫くの間ブリップを繰り返してバルブとバルブシート面の慣らしをするうち、組み付けた時に燃焼室内に垂れて浸入していたエンジンオイルが燃え尽きたのか、サイレンサからの煙がやがて無色に変わった。
オイルがまだ暖まっていないせいもあるだろう、スロットルグリップから手を離すとそのとたんに予想どおりエンジンはアイドリングすることなく停止した。
とにかく動いた。安堵感に満たされたおれは笑いを噛み殺しながら、組み替えたシリンダヘッドをじっと見つめてオイル漏れが起きていないかどうか入念なチェックを始めることにした。
それにしても凄まじい音だった。しかしエキゾーストノートがはっきりと変わった現象について、それが8mmバルブ特有のものなのかバッテリ電流量が通常とはちがうせいなのかを切り分ける判断が付けられないので、あえてブースターケーブルを取り外して再び始動を試みることにした。もうちょっと音を聴いていたい。
とそのとき右のキャブレターのドレンから突如ざばざばとガソリンが流れはじめた。オーバーフローしているようだ。こういうときには少々乱暴だがフロート室あたりをプラスティックハンマーなどで軽く叩いてやると治まることがある。早速衝撃を加えたところオーバーフローはあっさり止まった。
おかしい。何度キックしても今度は動かない。20回も連続して蹴るなどという行為は、おれにとっては屈辱以外の何者でもない。つい先程まで動いていたというのにいったい何としたことだろうか。再びブ−スターケーブルをセットしてみてバッテリーからの電力供給量を増やしてみたが状況に変わりはなかった。
あらゆる箇所をチェックして原因を探りたいと思ったが本日の作業時間は1時間と決めていたのでW1Eが冷えるのを待って車体カバーを掛けた。
翌週の休日。今日は2時間を上限に作業をすることにした。
まずはスパークプラグを新品にしてみたら、いきなりエンジンは動いた。先日突然火が入らなくなったのはハイテンションコードなどが接触不良を起していたせいなのかな、と思う間もなく事態は別の方面を迎えていた。片肺だ。左しか動いていない。シリンダヘッドの合わせ面に問題があったのはどちら側の気筒にあたるのかよく憶えていなかったおれは軽いパニックを感じた。やれやれこの企画はボツになるかな悲しいことだよと思いながら自分の作業メモを兼ねる拙サイトを見た。その時にスが入っていたのは左側のシリンダヘッド外周であることを確認したおれはそれがよかったことなのか事態が更に悪くなったことなのかとっさには判断できなくて眩暈を感じた。
こんなときこそ基本に戻ろう。それこそが事態を早めに収束する最善手だ。
オーバーフローしていたキャブを取り外し、内部の孔という穴にクリーナを通してからエアブローした。これで「良い燃調」は得られたはずだ。キックする。相変わらず片肺のままだが、メーター読み600回転でエンジンは動いている。まったくもって気持ち悪い状態だ。それでは「良い火花」についてはどうだろう。プラグを取り外すと右側は一度も火が入っていないだけのことはあって、燃えることができなかったガソリンでじっとり湿っている。
火花が弱いのかそれともまったくスパークしていないのかを確かめるのに、右のプラグをエンジンにアースさせてキックすると、とりあえずスパークしているのは見てとれた。
がんばっとるかね〜
珍しいことに、わが師匠先生が家に乱入してきた。片肺なんですよと言うと、燃焼室内部に入ると案外火花が弱いことがあるからたまにはポイントを磨いてやれと言い残して高笑いしながら去っていかれた。まったく風のような仙人のような御仁である。
シャフトの長いドライバーを久しぶりに出してきて、ポイントケースの蓋を外しベースプレートを取り出した。以前にストーン君から貰った釣り道具セットのなかにはいっていた釣り針を研磨するための薄いダイヤモンドヤスリで、ポイントの接点を磨いた。仕上げにシリコンオフをスプレーしてから接点の間に1cm幅に切った古ハガキを差し込んで引き抜くことを数回繰り返して脱脂した。
ハイテンションコードも余分があったので新品に替えてみた。これでもし点火系に問題があるとするならIGコイルそのものくらいしか疑うところはない。ひとまずは「良い点火」を得ることができたことにする。
それでもまだエンジンは片肺のままでちゃんと動かなかったから大変である。
コンプレッションか。「良い圧縮」が得られていないことなんて、バルブを擦り合せたばかりだったから信じられない。しかし現実に動作していないのだからそこを疑うしかないわけだ。ヘッドがダメなのかバルブがダメなのか、それともほかに原因があるのか。とにかく今のところは独りで事態の収拾に立ち向かうしかあるまいと、まずは10mmのメガネレンチを右手に持った。
とほほほほほほほ
タペットアジャスタホールの蓋を開けた瞬間、おれは肩の骨が抜け腰が砕けた。右の排気バルブにあるアジャスターがすっかり緩んでしまっているのを見たからだ。アジャスタを固定するためのナットを締め付けるトルクが不足していたのだろう、動いているうちに自身の振動で緩みアジャスタがどんどん回ってしまったことで、結果としてプッシュロッドがロッカーアームの受け皿から欠落したという状況になったことが容易に想像できた。
先を焦ってはいけない。大きな教訓を得ながらも再びロッカーケースを取り外す羽目になった。しかしこうなると一番恐ろしいのは、プッシュロッドに妙な方向からの力が加わって変形していないかということだ。全てのプッシュロッドを抜き取って灯油でエンジンオイルを洗い流し、定盤がわりに使っている厚い板ガラスの上で転がしてみて、歪みがないことを確認しなければいけない。うちの在庫には吸気用の短いプッシュロッドの余分はあるが、排気用の長いやつはない。大ピンチを迎えてしまった。
しばらく後、4本の小さな魔法の杖が軽やかにそして平滑に転がる様子を見たおれは、再び揚々としてプッシュロッドでブロロロロ〜♪な作業を進めたおれは「良い燃調・良い点火・良い圧縮」3つの基本整備について実行したから、間違いなくW1Eは動き始めるだろうと、メインスイッチをオンにした。
ひとりが好きなのひとりっこ
ほんとは嘘なのあまえっ子
いじわるねあの人
わかってくれないひとりっ子甘えっ子/浅田美代子
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(既にお気づきのかたも多いと思いますけど、渡辺典子さんのサンシャインガールの唄い出しって、まったく同じですよね)
続く・・・