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SP2.00 (リリース: 2002年07月11日 更新: 2002年07月13日)

5月もそろそろ終わろうかとしていた頃のことでした。

ご存知のとおり、わたしの身辺がいろいろと慌しかったものですから、あれだけ良いお天気の日がしばらく続いたのにW3に乗ってふらりとどこかに出かけよう、という気分にもならず、その用事を片付けるのにもっぱら自転車とかTB2、あるいは徒歩で場所を移動する日々を過ごしていました。

そんなある日に、なんとなく今日は乗ってみたいなあ、という気分になったもんですから、物干し場ガレージからW3-A改(ヘン)を久しぶりに引っ張り出してみました。今のわたしにあっては、なんだかエンジンを始動する行為が儀式なのではなく、庭先に出してくる行動そのものがいろいろな手続きを踏まされる儀式めいているよな、そんな独りツッコミをカマしながら、約一ヶ月ぶりにメインスイッチをONにしました。W1Eは、まるであたりまえのように2発目のキックで動き始めましたし、いつものように脈動を開始しました。

走り始めて信号を5つほど通過したころに、そういえばタバコを切らしていることを思い出しました。すぐの場所にあったコンビニエンス・ストアの傍らにW3を停めて、わたしは財布から500円玉を取り出しました。やがて買い物をすませてW3のところに戻ったそのとき、ある異変を見つけてしまったのです。

どうして明らかにエンジンオイルとわかる滴が、地面に落ちているんだろう・・・

いぶかしがりながらエンジンをスタートさせて、そのままW1Eを注視していました。

やがて、オイルが滲み出している場所を特定しました。なんということか、青パッキンでシールしているはずのクランクケースとシリンダの隙間の、ちょうど排気バルブまわりを潤滑して落下してくるオイルの通路あたりから、じわりじわりと滲み出ていたのでした。

このまま走って出かけてみたところで良いことにはならないよな、と自分に言い聞かせて、せっかく久々に表に出たばかりのW3は、あっというまに物干し場に逆戻りとなってしまいましたとさ。

エンジンが冷えるのを待って、スッパナを持ち出して増し締めをしました。これだけのことで問題は解消できるだろうと、それまでは信じて疑っていませんでしたが、そのあと始動したときに、そうした見込みというか希望はわたしからブッ飛んでしまっていました。増し締めの労も虚しく、それでもやはりオイルは漏れてきていました。

いくらキック1発で始動しようが、800rpmでスローを打とうが、こんな場所からオイルが漏れるエンジンってのは、やはり絶不調W1Eにしか過ぎません。もちろん対策を打たないことには、どこにも行くことができません。わたしの中には憔悴というよりも、単に面倒臭いなあという感情が生まれていました。

再びクールダウンしたあとで、このW1Eが抱える問題箇所を、今度はパーツクリーナで洗浄してみました。そして本来ならきっちり接合されてあるべき部分を注視してみることにしました。

あれれ・・・・パッキンが断裂しているみたいだぞ・・・・

こりゃあ参ったなあ。

普通こんなところなんて抜けるとは考えにくいですけど、事実なんだからしょうがありません。

クランクケース内部では、2つの大きなピストンが上下していますから、絶えず気圧が変化していることになります。その変化する気圧を、ガバナー軸とカムシャフト軸の間にある気孔を通じてブリーザパイプから逃がす構造になっていますから、クランクケース内部は限りなく大気圧に近い状態に保たれているはずなのですが、いくら紙パッキンとは言っても、それを吹き抜かせてしまうほどの圧力が内部に発生したのだということくらいしか、わたしには考えられませんでした。

こうなってしまいますと、シリンダを取り外してしまわないことにはパッキンを入れ替えることはできませんし、もちろん完調を取り戻すことはできません。ブリーザのホースも交換してやったほうが良いでしょう。場合によってはタイミングギアケースも開けて、きっちり確認しないといけません。

難儀です。サイトのネタにするには、あまり面白いものにはならないだろう、という気がしたこともあって、作業に突入する気力がなかなか湧き上ってきませんでした。なんと申しましょうか、モチベーションの低下というのはかくも恐ろしいものです。

困ったものです。

さて、わたしのことを「ケンちゃん」と呼ぶことを妻以外に唯一許している女性が居ることは、誰のオートバイ〜プロローグ=プレゼント2のあたりで話題にしていますが、その彼女、というのは、わたしたちが高校生だった頃からの友人です。しかし当時を振りかえって考えると、まさか彼女とわたしがオートバイで繋がるなんて、想像すらできないことでした。

たしか彼女んトコのご夫妻もウチと同様、年齢差が10歳くらいあったはずと記憶していますが、近いうちに結婚することになった、と彼女から初めて紹介してもらったとき、彼の怒涛のエンスージャジズムには、わたくしひっくりかえってしまったものです。それからしばらくした後、ご夫婦といっしょに、当時ゼファー1100に乗っていたしんえもん、それとW1S-A歴3年目のわたしの4人で、テントを積んでツーリングに出たときには、ライディングの上手さ、オートバイの整備も含めた取り扱いの丁寧さには、うむむと唸るほどの感動をわたしに与えてくれました。それから野外での食事の準備にはナイフとマッチがあれば後は何も要らないということも、ご伝授いただいたりもしました。あの日のことは今でも懐かしく楽しい思い出となっておりますし、ちょうどそのころ世の中を席捲しはじめていた、物品至上主義なアウトドアライフブームのアンチテーゼとして、わたしの原点となっているような気がしています。

そしてそのツーリングのしばらく後に、例の腰下W1Eがプレゼントされたのでした。

「おまえがほんとうにW1S-Aをずっと乗りつづけるつもりだと言うんだったら、これで修行しな! 口先だけの『ずっと乗る』だったら一生不要なゴミになってしまうかも知れんがのう。ほっほっほ〜」

現在無職のわたしは、そのころ勝ち抜きエレキ合戦の出場オーディションの準備を抜かりなく進めていました。そんなある日のことです、本戦会場の見学会があるというので、わたしはグレイハウンド両備バスで会場に乗り込んでみました。

さあ来週にはオーディションがあるぞ、と注意深くあたりをチェックしてみたり、いつもならあまりそうする習慣の無い、きちんとメモを取ることにも余念は無いという気合いの入り具合いでした。

そのふつふつと湧き上がる緊張感を抑えようと、通路に面した喫煙コーナーに陣取って、ふうと一息入れたときでした。何人かの女性たちがその通路を通り過ぎようとしていました。

「あ〜ら ケンチャン?!」

「うぉ〜 姐さん〜!!」

稚拙な記憶を遡ると、彼女と最後に会ったのはたぶん3年ぶり。お宅にご招待いただいて亭主ご謹製の更科蕎麦を食わせてもらったとき以来のことでした。しかしまあ、よりにもよって、こんなに珍しいところでお会いするとは〜 これぞまさしく腐れ縁というやつなのかもしれません。

いったいこんなところでどうしたんですか、と彼女に尋ねると、この春から民謡コースに在籍しているのだということです。そのときまで張り詰めていた緊張感は、ぷつんと切れ落ちました。5分ほどのあいだ、お互いとその家族の近況などについて、マシンガントークを繰り広げているとき、周囲にいた方々は冷めた眼でわれわれを取り巻いていたことは言うまでもありません。

「ケンちゃん!ケンちゃん!! なんでもまた最近、亭主が何か発掘したみたいなんだけど、\ahooオークションに出そうとしているのを羽交い絞めにして阻止しているからね〜。 またね〜。」

うーん。例によって昔ながらの意味不明状態であることには間違いないんですけど、かつて彼女んとこご夫妻が、「腰下W1E」それに「新品リアブレーキシュー」をわたしにプレゼントしてくれたという経緯があることから、わたしにしか理解できないだろう期待感ってものが、少し芽生えてきておりました。

それから二十日ほど経ったある日、あきらかに姐さんが代筆したと思われる電子メールがやってきました。拝見すると、TB2号を貸してくれ、ということでした。そんなもんお安い御用でっせ〜とお返事しておいたのですが、いったい何を運ぶのかということについては、敢えて尋ねないことにしました。

姐さんとこの旦那さんですが、以下ダイさんと表記することにしましょう。

約束してあったその日の夕方、ダイさんがやってきました。てっきり四輪駆動車BJ号で来られるもんだと思っていましたら、真っ赤な真っ赤な蕪=CT110でお越しになりました。

庭先に植えてあるプチトマトやらバジルに潅水していた娘にあっては、ヒゲの郵便屋さんがやって来たよ、と表で大騒ぎしています。大学時代にセラマサノリさんと同級生だったらしい人を相手に、娘はナマハゲ状態に突入していました。

夕食の準備をする手を止めたわたしが庭先に出たところ、郵便屋と間違えられたダイさんは、ちょうどハンターカブのリアキャリアに積んだ荷物をほどいているところでした。

「すまんのう すまんのう アイリー! ほれっ これが約束のブツじゃい〜!」

いやいや、そんな約束させてもらった覚えは無いもんですから本当に恐縮だったんですけど、ははっとかしこみながらもわたくしめは、リンゴが描かれたダンボールを受け取りました。

いやTB2なんて、普段まったく使ってないんですから、ぜんぜんお気遣いなんぞなさらなくたってよろしかったですのに・・・・・・・へっへっへ  ふっふっふ〜

その後でダイさんにはウチにあがっていただきまして、しらふにも関わらず約3時間にわたる辛口トークを、3年と3週間ぶりに展開しました。そのときに気づいたことなのですが、拙サイト進行性は、このかたの影響というか導きを知らず知らずのうちに、つよ〜く受けているみたいです。サイト作成に後押しされながら、どうやらわたしも少しは成長しているみたいで、今ならダイさんの言うこと、つまり方法論・精神論についての考え方が、くっきりと理解できるようになっていました。ちょうどそれは、15歳のころに読んだ本〜例えばリチャード・バックを37歳になってもう一度読んだときに感じた印象で、本にも巡り合って読むべき時期ってものがあるんだなあ、っていうのに少し似ているような気がしました。

ダイさんがTB2に乗って帰られたあとで、わたしはそのリンゴ箱から、W1S後期モデルに積まれていたシリンダーヘッドを取り出してみました。納屋の奥深く、そして隅っこのほうに埋蔵してあったと伺いましたが、まさにそれの証しとしてやはり蜘蛛の巣やら粘土質の土がネジ穴とオイルラインに、びっしりとつまっていました。まあその程度のものなら、ちょっと洗浄してやることでなんとでもなります。

ここでやっぱし問題となるのは、バルブガイドの摩滅具合とスプリングのテンションあたりでしょうか。この部品が生きているかどうかは、完全に分解してやって経年変化が規定値以内かどうかチェックする必要があります。ですが、もし死んでいたとしても、たとえばTVの上を飾るオブジェとしての価値は、じゅうぶんにありそうですから、そのときはそれでも良いかな、などと思いながらこのお話は後半戦に続くのであります。

こんなことについて慣熟しているのが何の自慢にもならないことはよくわかっていますが、シートを、タンクを、ロッカーケースにカービュレタをあっさりと取り外してみました。7月の最初の日曜日、雨あがりの風が心地良いかんじです。続いてシリンダヘッドを外し、いよいよシリンダを取り外すのにナットを緩めようかというころ、ざんねんなことに再び大粒の雨が落ちてきました。

物干し場での作業ですが、風もそこそこありましたから、少なからず雨が吹き込んできています。ですがここで作業を中断するのも悔しいもんですから、えーいこうなりゃ仕方ない、とW3-A改(ヘン)には安物バイクカバーを覆い被せておいて、わたしはその中に潜りこみました。

あたかも獅子舞、あるいは二人羽織みたいな作業体制ながら、シリンダはそっと抜き取られていました。

やはり現象は、外から診察した状況と完全に一致していました。キレイに、という表現が不適切ながらぴったりと当てはまるような感じで吹き抜けています。新品のベースパッキンと比較してみるとよくわかることなのですが、どうやら左右の排気バルブを潤滑させるラインのために設けられた「逃げ」の2箇所を端点として、断裂したみたいです。

ふうむ。となるとブリーザパイプはどうなのかとそちらに目をやると、こちらのほうも根元から折れてました。パイプはすっかり劣化していました。

どちらが先に断裂したのかはよくわかりませんが、たぶん相互に悪影響をもたらしあったのではないか、とぼんやりと思いながらまずはホースを新しいものに交換しました。そのホースを口にくわえて、息を吸ったり吐いたりしてみましたが、別に詰まっているような抵抗感はありませんでしたから、ここはこれでOKということで、シリンダの積み直し作業に移ることにしました。

以前の作業で、クランクケースにオイルを逃がす溝を刻みつけたことが原因になっているかも知れないなと、バリの存在を注意深くチェックしてみました。特に問題になるレベルでもないとは思ったのですがオイルストーンでもう一度浚っておきました。それから新品のパッキンを袋から取り出して、今度こそはとクランクケースに接する面にはトヨタブラックを、そしてシリンダ側の面にはやはりブルーハイロマーを、それぞれ薄く塗り込みました。

シリンダを組みヘッドを取り付け、キャブを戻したところでふと我に帰ったわたしは時計を見ました。ここまでの作業が1時間半か・・・・上達したもんだなあ、とここまでの単純作業を振り返りながら、作業をここで中断することにしました。

シリンダヘッドをシリンダに固定するためのボルトは一度締め付けておいてから一晩置くと、もう少しだけトルクをかけることができます。もしこのままロッカーケースを載せて「プッシュロッドでブロロロロ〜」をやってしまうとしたら、もうヘッドのボルトを増し締めすることはできません。

W3のエンジンは、ゴミ袋とガムテープで適当に養生しておいてから、車体ぜんたいのカバーをかけ直しました。

一気にロッカーケースまでを組みあげることをしなかったので、この日は予定した以上の時間が余っていました。ではここで作業の鉾先を変えて、W1Sヘッドを分解してみることにしましょう。

まずは使い古しのかなり汚れている洗油を、どぼどぼと容器に移し入れて、ヘッドを沈めました。泥やら蜘蛛の巣なぞをざっと落としてやってから、いざ作業台へ。

それから4組のバルブリテーナの中心あたりをめがけて、潤滑剤スプレーを何回かにわけて吹き付けました。タバコに火を点けてしばらく待ったしばらく後、さあて今回もプラグレンチさんのご登場です。バルブスプリングコンプレッサも、いつかそのうち手に入れたいと思っているのですが、残り 人生にあと何度使うか、ってことを考えるとついつい二の足を踏んでいるわたしであります。

ばっしゃん がっしゃん・・・・

この子はかなり素直でした(by 擬人法)。

どのバルブも、だいたい2回目の打突でコッターピンの片方が外れ、続けてもう1〜2度叩くともうひとつのコッターもポロリと外れ落ちました。これはもしかすると、バルブスプリングがヘタっていることを意味するのかも知れませんが、とりあえずはあんまり気にしないことにしました。

軽く固着した感じになっていたリテーナと大小2個のバルブスプリングを指先で取りわけようとすると、排気バルブに限って、かつてはオイルシールだったらしき物体が、すっかりカチカチな硬化状態で出てきました。W1S-A以降の形式だと、すべてのバルブガイドにはクビレというか段付きがあって、そこにオイルシールがキャップのようにはまり込むようになっていますが、W1SのものはかつてPLで拝見したとおり、単なる薄い円盤が使われていることを、自分の目で確認することができました。

潤滑剤をバルブとバルブガイドの間に浸透させてから、そろ〜りと回転させてみますと、どのバルブも滑らかに回っている感じです。わざと指先で色々な方向にグリグリとコジるような動きをしてみましたが、W3-A改(ヘン)の右排気バルブでかつて感じたような、小さなコツンという触覚はありませんでした。つまりバルブとガイドのガタは、感じられないほど小さいということになります。もちろんマイクロメータで計測すれば良いのでしょうが、うちにはそんなものはありません。正常値と勝手に断定しました。

そしてこの瞬間に、このW1S式のシリンダヘッドを、W3-A改(ヘン)に搭載することを決定しました。つい今しがた、W3のW1Eにはファインチューンを施してあるW3式シリンダヘッドを積み込んだばかりなのですが、別に良いのであります・・・・・・・・・

「映画の650RS」ということで用意された何台かのうちには、一台だけ録音専用のものが存在していて、それは2ポイント式のW1EにW1Sのヘッドを積んだものだった、という噂話をいつかどこかで聞いたような気がする・・・そんな情報がこのとき突如としてわたしのシナプスに浮上してきました。

んん?? それってなんだったけ・・・・

う〜ん。たしかそれは、バルブ径が太いW1Sのシリンダヘッドをわざと使って、高音域の倍音成分を引き締めることを狙った、といわれていたようないなかったような・・・・・

まあこの話題の信憑性ですが、サリンが無味無臭である、という真偽の確かめようがない事象について各種メディアを通じてなんとなくわれわれが知っていることとよく似ているような気がしますし、それがわたしの勝手な思い込みから来ている世迷いごとなのかも知れないよなというキライがありましたので、これまでネタにすることは避けてきていましたが、ここでついに自分で確かめるチャンスが到来しましたので、もはや自制心やら羞恥心を律するところではありません・・・・

さて、そのように決めてしまったわけですから、今度はとっととバルブを取り外すことにしましょう。

右の排気バルブだけがすっと抜けてくれなかったことを除くと、この作業はきわめて順調に進みました。そのバルブは、軸に刻まれたコッターの溝のあたりでバルブガイドに引っかかるような感触がありましたから、バルブの傘を手で回しながらオイルストーンで表面の荒れをさらってやりました。コジるように引き抜いてバルブガイドに線条痕をつけてしまうようでは、なんのためのOHやらわからんようになります。やがてもういちど潤滑剤をスプレーしてやると、スッと抜けてきてくれました。

分解したパーツを再び元の居場所に戻すためには、きっちり分別しておく必要があるのは当然のことでして、今回は牛乳パックを使ってみることにしました。どんどん設備がセコくなっていっておりますが、まあお気になさらないでください。なんだか奥様向け雑誌やらTV番組で最近よく見る「週間食費遣り繰り術」みたいになっていますが、それもまあお気になさらないでください。

ここまで分解をしてしまいましたが、再び組み付ける前にはカーボン落としとバルブ当たり面のすり合わせくらいはやっておきたいところです。ついでですから、今年のお正月にN津のおっしょさんから貰ったサンドブラスタで、さっくりと研磨してみようと思いました。

こうなってきますと、まあ今日明日のうちに動かせる状態に持っていかなくてもまあ良いか、ということで4組のバルブガイド両端をガムテープでぴったりと蓋をして、サンドブラストメディアの流入を防ぐマスキングをしたところで、本日の作業は終了です。

工具の後片付けを済ませて家の中に入ったわたしは、SM-3とノギスを用意して概算計測モードに移行しました。スプリングの自由長は8本とも規定値内でした。その値は一本を除くと限りなく新品時に近いものでした。

右の排気バルブのインナー側に使われていたスプリングだけは限界値に限りなく近い値になっていましたので、なんとか対策してやらないとアカンかなあ、と思っております。

腰下の音は、左右のクランクケースと各種タイミングギアの組み合わせで、その唸りのような成分は決まるということを、かつて神様から教えてもらったことがあります。ヘッド周りをW1Sに入れ替えてもしも良い音がでるようになったら、つぎはそこいらをイジりたおさねばなるまいな、と思いながら冷蔵庫のドアを開け、漢字ビールを取り出しました。

ブシッ

爽やかな音のあとに続いて一気に飲み干したわたしのアタマには、KammyさんのH2〜サグラダファミリア号が駆け抜けていきましたとさ。

つぎの修正パッチに、つ・づ・く!!

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