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Every Breath You Take

2000年06月23日

最近、予算不足でW3にお金がまわりません。しばらくの間、膠着状態が続いています。ローンで買ったサブPCの残金工面が、けっこう大変なもんで、小遣い不足なんですよ。

しかしながら、そのPCを職場に投入したことで、なんとかほぼ毎日、娘が起きている姿を見ることができましたし、私的にはメインPCがクラッシュしたときのダメージを最小にとどめることに成功しましたから、まあ良いことにしましょう。「過労死」が他人事ではなくなってきている年齢と状況を乗り越えて、今日もこうしてバカサイトのネタを作る時間が持てるのも、コイツのおかげだと感謝しながら、やっぱし予算が不足しております。ふう。

ここまでのレストレーションは、ほとんど毎月の小遣いで賄える範囲で進めてきました。一番高価だったもので、スポークが\23,000。つぎに後リム、前リム、タイヤ、SGウインカ、塗料、ブレンボのキャリパ・・・という感じで、昼飯代を削ったり外で呑む酒を減らしたりして、一ヶ月にひとつの買い物をするかたちにして、ちびちびと捻出してきました。累計すると、約10万円くらい使っていることになりますが、まだまだ大改造パーツの設計見直しやら、現物合わせ作業やらに伴う予算計上が残っています。

最近になって、ようやく職場の就労カレンダーのとおりに休日は休めるようになりましたが、不況とそれに伴う人員削減および仕事量の増加傾向のため、やはり平日は依然として母子家庭「とうちゃん家にいない」状態になっております。そんな状況ですから、小遣いは、家庭サービスに振り向けるほうがいいと思いますので、どんどんとW3の上がりが後ろにずれ込んでいます。予算のことを考えますと、完成は一気に9月くらいまで先送りされる見こみです

ただ単に、走行可能な状態に修理するだけだったら、このレストレーションは、もっと簡単に、そしてとっくに終わっていたのではないかと思います。しかし、我が家には、比較的コンディションの良いW1S-Aが存在していますから、ほぼ同じ乗り味のオートバイを2台所有することについて、わたしには意味や価値がないと判断しました。ですから、軽量化やら変態改造などを施すのに至っているわけです。このことは、これまでお読みくださったかたにはご理解いただけているものかと思います。

お金がなければ、頭を使おうということで、空き時間には プランを考えています。うまくすれば、そのうち右脳のすべても使っている気になれるかも知れません。ここで、今のうちに気になるポイントを潰してみることを思い立ちました。

W3用リアフェンダーステーは、シートの材質・構造変更によってケツが大きくなってしまっている分だけ、後ろに長くそして高く設計されています。現在仮に取り付けているシートは、W1S-Aのものですから、シートとステーが干渉することはないのですが、ステーのデカさが気になって気になって、浮いて見えてしまって仕方ありません。そこで改造について着目します。

リアフェンダーステーとは?

人によっては シートレールと言うかたもいますが、W系にあっては、フレームとリアサスを共締めにして、さらに別の個所でフレームに固定させていることで、テールランプ+ナンバープレート+フェンダーが持つ全重量を支えてくれる、大切なパーツです。

相違点

  1. 大きさ
  2. ウインカ取りつけステー形状
  3. フェンダー相違に伴う、フェンダー共締め穴位

というわけで、この部品は、グラブバーとは呼ばないのです。リアフェンダーステー兼グラブバーとするなら、いいのかも知れません・・・。とにかく、これの機能を有する部品が無いと、リアフェンダーが取りつけられません。スカチューンを検討するのならば、もしかして不要になるかも知れませんが、そんな気はないので、どんなにデカイなどと文句をタレたところで不可欠なパーツなのです。

当初、わたしはファインテック深井さんがリプロしているW1S用リアフェンダーステーを「低く・短く・カッコよく」装着してやろうと目論んでいました。しかし良く考えると、そうするためには1個しか所有していないW3専用リアフェンダーに穴を開けなければなりません。穴開けには抵抗があります。また企画倒しです。

別れろ切れろは 芸者のときに言う言葉〜

形状チェック用ということで、発泡ボードを切り取り、ステーのサンプルを考えてみました。なんじゃいエストレアのマネかいな、と笑われてもいいです。要は、リアフェンダーをうまく支えることができればよいだけなのですから。由緒正しきメグロ風なのだ〜!!と自分自身に言い聞かせながら、デカいリアフェンダーステーをキャンセルする方に向かっています。

ついでに、適正な価格の中古物件があれば、SR用社外部品のアルミリアフェンダーも、変更プランとして持つことにしました。やや減少傾向にある自分の体重(当社比3%減)と併せて、更に軽量化を目指します。願わくば、「うちのW1S-Aより、ちょっとでも軽いW3」に仕上げてやりたいものです。

かつて、「風俗刑事号」の軽いハンドリングが、わたしに与えたインパクトを、忘れることができません。そして、あれがW1Sよりも軽いW3を目指したものであることを知っている以上、努力目標に掲げているわけなのですが、そのことは言うまでもありません。

ノーマルのリアフェンダーステーをキャンセルするのが前提で、シートについて考えてみました。

そういえば、うちにはSRX6のシートもあったぞと、W3朽ち台座の上に置いてみました。

それって、うまくいったら 美味しいかな・・・

このオートバイでタンデムすることなんて無いだろうから、シートの後部は叩き切って、その上にお椀状のカバーというかテールエンドを造って、そのなかにセミトラを格納してやろうか、企画だけならナンボでもでてきます。

2000年06月25日

休日の朝だというのに、目が醒めなくなってしまいました。遠足当日の小学生モードではなくなってしまったようです。10時くらいに、一度娘がたたき起こしに来ていた様子でしたが、結局昼まで布団から脱出することはできませんでした。

昨夜の就寝前に、わたしはW3のスイッチ類をバラしていました。

カバーを黒に塗装したあとで、文字に色イレをするとしたら、再現図が必要となるわけなのですが、それがデジカメを使うなら、あっという間に図に代わるものが作成できてしまう現在の環境に、わたしが感謝していることはいうまでもありません。

フェンダーを据えてから、リアフェンダーステーを、わざと外してみました。なかなかシンプルで良いカンジですが、ナンバープレートが取り付けられるあたりに触れると、ゆるゆるです。これで走ったら一発でリアフェンダーにクラックが入るのでしょう。

案外このSRX6シートは面白いのかな、という気になってきました。シート下には、強引にセミトラを設置できるスペースを、かろうじて作ることもできそうです。それから、近代立体裁断の縫い目のところで黒とオフ白のツートーン、そして、KAWASAKIロゴは赤文字で・・・・

2000年07月07日

先週の終末は、こんな感じでウロウロと遊び歩いていました。

  1. うどんツアーを会社の後輩が企画したので、その案内人をさせられる
  2. YASUZOU君に以前プレゼントしたW1S-Aリアフェンダーを回収する(使わなかったらしい)
  3. 「ウミガメ」マニアの娘のために、徳島県の日和佐に所在するウミガメ博物館「カレッタ」に行く
  4. 高速道路以外で 妻のEJ( ステダン付き )を車で伴走する
  5. 旧友「笠井」に会う。そして彼がお世話になっているバイク屋「キントウン」に行く
  6. 去年くらいに話題になった 徳島のラーメンを食う
  7. わたしたちの大好物 小松島名物「カツ」で ビールを飲む
  8. 鳴門でキャンプ
  9. コマセの匂いがする大阪 緑1交差点あたりのケンタッキーに行く(← 伏線 〜 )

それでは まず 9.について  ( ← だったら1〜8を書くな〜)

Deeeeepはらだはんから「不要朽ち朽ちクラブマン(GB250)のエンジンをシルクに積んで、DOHC-RVEF仕様にしませんか?? 」と連絡をくださったのが、2ケ月くらい前のことだったでしょうか。なんでも、何人かのお友達と共同で借りている車庫の契約を7月いっぱいで解除するということになっていて、その時までにクラブマンを処分したいのです、ということでした。その受け渡しについては、はらだはんとわたしの日程調整以外に何の障害もありませんでした。

6月も終わりに近づいたある夜のことです。はらだはんからメールが届きました。

「取りに来る時間が難しかったら、バラシて別のところに保管しときましょか〜。エンジン回りがあったらええんですよね・・・。アールズのオイルクーラーも置いときましょか〜」

なにー。お〜ま〜えは あ〜ほ〜か〜 いや違った オイルクーラーが あるんざんすか〜。 しょぇ〜!!

それを知ってしまっては、すぐにでも大阪に行かなければ、という気分になってきました。わたしにとって、オイルクーラー装着とは、ちょっと気になるチューンアップなのでした。以前に 操縦させてもらった「渡Bさん」のW1S-Aサイドカーには、トラクターのオイルクーラーを付けているということでしたし、かの有名な深井さん号にもアールズ社のモノが装着されているようで、わたしもそれに習ってエンジンの熱ダレ対策をしてみたいと思っていたんですから。

さあ どないしょ〜。職場の決算が7月だったりするんで、月半ばから終わりにかけては連休は取れないですよー。「大阪=宴会」という図式にあって、車で行くことは 一泊するのと同じ意味だしねぇ。時間のやりくりをしなければなりませぬ。

1.の「うどん」は 変更できないけど、土曜の午前中のみでOKだよなあ。

3.のカメさんも、娘との約束を反古にするわけにはいかないし、ああ ついでにYASUZOU君ちに乱入する時間を作って・・・・・

というわけで、ともかく大阪の緑1交差点近くのケンタッキーに到着しました。はらだはんは、待ち合わせの場所に新車のXR650でご登場。ハンドルバーはレンサルに、右ミラーがフレキシブルにそれぞれ変更され、そして左ミラーをキャンセルしているほかは、まったくノーマルのど新車でした。これがノーマル車?はらだはんやきさらさんがウェブで申告していたとおり、よくこんな音のんが公道走行できるなあ〜( ← 人のことは言えないが )、まったく「ラウド&狂暴」な排気音ですなあ。

はらだはんは、まず「あ〜。サービスマニュアルです。これをどうぞ。 」

と、わたしに一冊本を手渡してくれました。


=中略 その1=

はらだはんとこの車庫から、引きずり出してみたのは、かなりコンディションの良さそうな車体でした。いやいや クラブマン付きオイルクーラーでした。

こんなイイものを貰って行って良いのだろうかとは思いつつ、ピストンが噛んでしまったフロントブレーキキャリパをこじって外しました。これで、押して歩けるオイルクーラーになりましたので、いそいそとハイエースに積載!! 続いてEJも積載・・・・

=中略 その2=

TB2に、2台のオンロード車を同時に積載するのは、初めてのことだったのですが、何の問題もなく自宅に帰りつくことができました。

さてさて、例によって解体ショーの始まりです。まずは、クラブマンを、オイルクーラーから除去しました。オールクーラー内に滞留しているオイルが抜けるまでのあいだ、またほんの出来心が・・・(その解説はやりません)

どんどん剥ぎ取られます。なんと! ブレーキホースもアールズ社のもので、しかも十分に再使用できそうでしたし、ハゲロンヘッドライトもW3のノーマルと同じ直径ではないですか。

これだけの部品ひとつひとつを、解体屋さんとか パ○ツB○記事やらオークションなどで買ったら、いったいナンボかかるんやろ〜と考えると、笑いが止まりません。交通費&食事代は、家庭サービス分だと考えたら、じゅ〜ぶん償却できてますもんね〜。あ〜 なんか ニコニコご機嫌ですよ〜。

=1〜2.の説明=

うどん屋 1軒目の画像です。

中央の横顔が「はらだ3.1画伯」君です。

さて、YASUZOU君は 仕事で留守でした。

電話でお願いしたとき指定された場所にあの懐かしいクサレW1S-Aリアフェンダーが置かれていました。その傍らには、これまた見慣れたレバー&ホルダーが3組ありました。

以前から彼は、W1S-A前期型のリアウインカステーを探していました。というのが、「フルオリジナルだ」ということで購入したはずのW1S-A(ピンク)の後部外装は、すべてW3でキメられていまして、まあいわゆる「ダマシ」に遭ったと悩んでいたというわけなのでした。

そんなあるときのことです。Yahooオークションに、ステー1組とレバー3組がウリに出ているということで、「本物かどうかチェックしてください。落札の暁には、レバーをあげます〜」といった相談を受けました。傍らに無造作に置かれてあったレバーを見て、そのことを思い出しました。

=3〜4.の説明=

香川のうどん処「中讃地域」から、なんとか国道をつないで、徳島に向かう高速道路のIC「脇町」を目指しました。がしかし、このあたりで、わたしは睡魔に襲われてしまったので、徳島までは妻にステアリングウイールを握ってもらいました。ハイエースTB2号の貨物室にはEJを積んでいました。

W3F用ステアリングダンパーで武装して以来、ずいぶんと操縦しやすくなった「うちの妻のEJ」ですが、まあちょっとした中距離を伴走するっていう家庭サービスも、まあアリなのかなという理由からでした。

徳島市南部で EJをTB2から降ろしたのが、なんとこの時、すでに午後3時30分!渋滞状況と妻の運転技術を考えると、もしかすれば閉館時間の5時に間に合わないかもしれない、という焦燥感のなか、われわれは南下をはじめました。

バックシートの娘から「カメさん まだぁ〜?」攻撃が始まりました。ヤツはYASUZOU君宅の近所に「ウミガメ」がいると勝手に信じ込んでいたのでした。

ウミガメ博物館「カレッタ」に到着したのは4時58分でした。EJのロックは、きちんとやっとけよ〜と妻に伝え、車から娘を抱きかかえて入り口まで走ること1分。

ゲートには「本日は閉館いたしました」のプレートが・・・

が しか〜し、係りの方に泣きついて 無事に入館を許されたことで、バカ親たちは面目を保つことができたのでした・・・ありがとうございました〜。

おかげさまで、娘は大喜びでした。団の面目 まる潰れ〜 にならなくってよかったです。ふう。

=5.の説明=

「まだ帰りたくない」と言い張る娘に、「カメさんもお休みの時間だよ」などと言い聞かせて、博物館の駐車場から、うどん大学時代の仲間である「笠井」宅に電話を入れてみました。

「キントウンに行っちゃったわよ〜」と奥様が出たので、わたしと娘は冷房車TB2で 妻はEJで再び徳島市街を目指すことにしました。

キントウンの大本営では、笠井が待っていました。

大本営参謀補佐(奥様)様からアイスクリームをごちそうになった後、プランジャーサスの「ハーキュレス」を横目で見ながら、EJをTB2号に積載しました

=6.の説明=

さて、せっかく徳島に来たのだから、徳島ラーメンでも食うかと思い立ちました。どこか道順が判り易い店でも紹介してもらおうと質問したところが、

「何をもって 徳島ラーメンと定義するのかがわからないよ。」

という答えをきっぱりと返して貰ったとき、「リラックス」カメラマン(拙サイト内コラム かけうどんは朝のブルース:主要登場人物)の発言を思い出しました。

「ちかごろの グルメブームって ムラ興しの傾向が強いんだよなぁ」

もしやコレも、ある一部の人間がアジテーションしているのだったら・・・もやもやとした気分を抱きながらも、つい最近まではバスラーメンだったという店を教わって行ってきました。

不安と期待は 裏切られました。かなりおいしかったのです。もしも、このバスラーメンが、近所にあったら週に1回くらい食っても腹が立たないような味でした。

=7.の説明=

さて、せっかく徳島までやって来たのだからとスーパーに突っ込んで、竹輪とカツ、そしてビールを買い込みました。この場合のカツとは、カレー風味の蒲鉾(ネリもの)に衣をつけてフライにした食い物でして、笠井の出生地「小松島」名物らしいです。わたしは、笠井から電話があるたび、パブロフのごとく、口のなかにはカツの味の記憶が蘇るというくらい、コレが好きです。

ゴージャスかつチープ、シックかつスパイシー!!

あんまり旨くて写真撮影忘れました。ちょいと炙って、スダチを搾ると美味いんだよねえ〜。こんなのは岡山では売っていないんだよねえ。

=8.の説明=

とりあえず 鳴門に到着しまして、カツとビールを堪能しましたが、ヤブ蚊に襲われて、早々とテントに退散。しかし、蒸し暑いのと族車のせいで、なかなか寝付けない夜となりました。

それから、近くの峠で、ドリドリさんたちの事故があった模様でした。救急車とパトカーがけたたましく往来したことで、もう眠れなくなりました。

シンプルなキャンプは、5分で撤収を完了しましたが、この夜の湿度のものすごさは、フライシートの結露が如実に物語っていました。冷房車(昔だったら、クーラー付きの乗用車には、こんなステッカーが貼られていたもんだよ)が走り始めたとたん、娘は目覚めてしまいました。

「涼しいねぇ〜」

淡路島に渡ってすぐの場所にあったPAでは3人とも寝付けませんでしたから、ステアリング・ウイールを握ったわたしは、北に向かうことにしました。

空が白んできました。

「♪ あ〜さは どぉこから くぅるぅかっしぃら〜 あの山こえて 野をこえて〜 」

娘の保育園の担任が わりとご年配らしいので、わたしもよくは知らない唱歌を娘は知っていたりして、突然歌い始めることもあるのでした。

淡路の一番北にあるW1S-Aで しばらく仮眠しました。が しか〜し!! ほんの30分くらいあとで、寝ているわたしをツンツン突ついてくる娘にむりやり覚醒させられてしまいました。ヤツはSAではソフトクリームを販売していることも知っていたりするのでした。

さいわい、まだ営業時間には なっていなかったようでしたが、それを察知した娘は、オープンしたばかりのミスドなぞには目もくれずに、アイスの自動販売機がある方向に走り始めやがったので、わたしは娘を拉致しながらささやきました。

「今日 やまわきさんといっしょに食べような〜」

娘は 「やまわきさん」を自分のツレだと思い込んでいるし、そのうえアイスのオマケ付きということになったので、「こりゃもう大騒ぎさ〜」 モードに突入したのでした。


[中略 その1の解説] (← やっぱりコメントするんやったら略すな〜)

やがて、やまわきさんが登場したとき、娘はいきなり「アイスクリームモード」に突入してしまいました。

それをわたしがたしなめているうちに、mikkiさんがSRX4の最終型で登場。彼女のSRXですが、前のオーナーは、やまわきさんだったらしいです。う〜ん・・・

うちのEJをTB2号( ← もうエエぞ〜)から降ろして、3台の650と1台の400、そして冷房車の合計5台は、はらだはんのガレージを目指し、国道に出ることになったので、わたしはいつもよくするように、シンガリを勤めることになりました。

4台がドライブスルーを抜けたあとで、わたしは左の安全を確認、それから右方を確認しました。再び進行方向に視線を向けようとしたとき、赤い飛行物体を確認しました。

おお さすがは公道アクションライダ〜!いきなりグラウンド・エアターンが 炸裂か〜!!

と思いきや、はらだはんは 乗っていないではないですか。デジカメの電源を切断した直後であることを後悔しながらも、目線は釘付けです。

XRが路肩に寄せられました。120キロの車体に60馬力を秘めるという狂暴なXR650は、フレキシブルの右ミラーが、さらに鏡面なし という進化を遂げました。あとはブレーキレバーがほんの少し曲がった程度で車体に傷が入っていないことには、ホンマに驚愕しました。

メットの中で、はらだはんの目が笑っていました。

「転倒写真撮りたかったんやけどな〜。バイク起こさずにカメラ出すのんはデキんしなあ・・・なぁんで 写してくれなかったん〜」

そんなん言われたって、右車線全部を塞いでいるXR650とその前で呆然と停止する3人の女性ライダーが繰り広げるスペクタクル『渋滞の先頭』にカメラを持って行けるわけがないですやんか〜。

ということで、手負いのXRに先導されて、われわれは、はらだはんガレージに到着したのでした。


「中略 その2の解説」 ( ← ひとりツッコミのくどさに飽きてきたなあ)

はらだはんガレージ( もうすぐ契約抹消 )をあとにしたわれわれは、かの重野モータースさんに面した道を通過して、ファミレスに到着しました。

さて、ファミレス「しらふ」プチ大阪サミットでは、暑気と擦過傷でヘコみ気味のはらだはんと、睡魔が恐怖のわたしは、冷たい飲み物だけを注文しました。しかし女性チームはガンガンとオーダーを入れて、ガンガンと食いすすんでいかれたご様子でした。

このとき娘は、やまわきさんに芸を仕込まれていたようです。さっき晩飯を食い終わりましたけど、「オリーブの首飾り」を自分で歌いながら踊っていました。


平日の夕方は、その日の残業に備える補給のため、いったん自宅に戻ることにしていますが、そんなある日に、仕事帰りのMASAくんが ウチに乱入してきました。

クラブマン付きオイルクーラーの 「オイルクーラー無し&タンク無し&ブレーキホース無し&フロントフェンダー無し」仕様を見ながら彼は言いました。

「これのタコメーターは電気式でしたよね・・・」

使えるんだったらばと、持って帰ってもらうことになりましたが、いやぁ動かなくなったオートバイの部品が生きるってのは、エエことですわね。 (但し、盗難車は除きます!!)

Every move you make
Every vow you break
Every smile you fake
Every claim you stake
I'll be watching you


Every Breath You Take / Police

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