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ロックンロール

1999年11月06日

今日は土曜日。娘の保育園が参観日だったので、その行事に参加したあとで、オイル交換をしてみました。新しいオイルは『ホンダ ウルトラU‐GP』を ホームセンターで調達していました。

以前にオイルタンクを組付けたときには、超低価格4リットル千円オイルを「洗浄用」ということで入れていましたが、そういえば洗浄をするつもりだったことをすっかり忘れていました。(拙サイトを自分で見ていて思い出したような次第です、なんてエエ加減なのでしょうか〜) 

オイルを抜くときの常識ですが、まずはエンジンを暖気しましょう。エンジンを始動しようとしました。うっ。今日は二回目のキックで、かかったぞ。調子悪いのかなあ??

15分間くらいアイドリングさせて、ほどほどに暖めてから、今現在入っているオイルの状態をチェックしました。入れたときの色と比べて、ほとんど変化していないように感じましたし、量も減ってないようでしたが、これは前回交換から延べ3時間もエンジンは実働していないわけですから、当然といえば当然のことです。

それから『エンジンのフラッシング剤』なるものをオイル注入口から注ぎ込みました。再びエンジンを始動させてやり、約800rpmで30分間ほどそのままにしておいてみました。

なんと近所迷惑ー。

えー。W1Eの場合、オイル交換は意外と厄介です。 なにが厄介なのかというと、ドライサンプゆえ最近のバイクの右サイドカバーに相当するところがオイルタンクで、しかもオイルのドレーン(抜き取り)穴が、タンクの下側の妙なところに追いこまれて作られているのです。ですからドレンボルトを外してオイルを抜こうとすると、廃オイルはいきなりフレームに落下して、あたりに飛沫をまきちらしながら3方向に分かれて流れ出す、といった世にも恐ろしい現象を繰り広げることになるのです。

そこでいつもわたしは、新聞紙をラッパ状に丸めたもので導きながらオイルを抜いておりますが、今回はフラッシングしたということもあって、ストレーナ(オイルフィルタの金網)の掃除もやっておきたかったので、同時にクランクケース下部のオイルパンもバラシてみました。うーん、まあまあのスラッジがたまっていました。それからオイルタンクのドレーンを緩めると、一時間前に確認したものとは、とても同じものとは思えない、真っ黒のオイルが流れ出てきました。残念なことに、その光景をデジカメに撮ることは失敗しました。(デジカメ・レンチ・新聞筒を同時にもつことができないんで、セルフタイマで挑戦してはみたのですが・・・。 でも失敗・・・。よって画像なしです。)

ここまでの作業は、午後1時から2時までの間で実施しました。むかし、何かの本で読んだ記事があって、個人タクシー(たしか100万キロを実走中のベンツ)の運転手さんによるコメントがあって、「オイル交換するときには、仕事が終わってすぐにオイルの抜き取りをはじめて、翌日の営業開始直前ギリギリまで、古いオイルをたとえ一滴でも多く排出させてから新しいオイルを注入する。これでエンジンが長持ちするのだ。」というものがありました。わたしはこれをいつも励行するように心がけています。 ドレーンもオイルパンも、現在は開けたままで放置しています。

わたしはしばらくW3の側から離れることにしました。他にも片付けないとならない用事は色々とありましたものですから。

さきほど、3回目の「揺さぶり」をしてきました。揺さぶるたびに、まだまだ古いオイルが落ちてきます。まだまだ抜けきっていないようです。今週は、オイル交換だけで精一杯でした。

1999年11月14日

エンジンフラッシングしてオイル交換した後のW1Eは、音が明確に変化しました。驚きです。なんだか、耳にしっくりする音です。あくまでも、わたしにとって、ですが・・・

ちょうどそのころ、「650RSは若造りの年寄りだし、W650は老けた若者である。」という妙な爆笑論陣を、風俗刑事さんとわたしは、インターネットW1塾で交していましたが、これは暴論でしょうか〜?

650RS(通称W3)の開発背景は、メーカー側としては750RS(Z2)の国内販売までのつなぎというマーケティングだったことは、あまりにも有名です。Z2に酷似した外装部品を身に纏うことで、当時としては最新鋭の装備となったらしいですが、そのせいで重い重い。W1S-Aとくらべても10kg以上の重量差があるようです。

よっしゃそれなら 軽量化+高性能 = 若造り ということを、考えてみよう〜 ということにしました。

若造りネタ その1

アルミリム(RKエクセル)の新品の見積りをしてもらったところ、思いのほか、高かったですー。なんと予想した価格の倍でした。これはボツになるなあ。どうやら40本スポークってのがどうもガンらしいですわ。愛知の畔柳さんのお世話になるかもなあ(スポークはそこで購入した)、以前に電話したら「リムというのは、ハブにあわせて穴をあけるものだから、どんなのでもたいていイケるよ」といわれたことがありました。

若造りネタ その2

やいやいフロントのデイスクローター!なんであんなにくそ重いものが2枚も付いているんだー!しかもあんまり効かないって皆言うし・・・。

さてそこで、 なんか別の車から流用できそうなのないかなあ たとえばSRXとか・・・と、世間話で師匠「N津のオヤジ」に近所の喫茶店で相談したところ

「わしが昔乗っていたやつを、キミにあげるわ」

SRX6(最初期型リア2本サス・書付廃車済機不動外中)のローターのPCDが合うのかオフセットはどうなのかってことは、まだまったく確認していませんけど、うまく使えたらいいなあとは思っています。

Deeepさんたちのタレコミ情報によると、SRXのフロントサス直径は36パイだから、SRXのノーマルセパハンが使えるかも知れないとか リアサス移植したらどうかとか スイングアームごと換えたらどうだろか なんていう色々なアイデアが、いろいろと涌き出ています。がしか〜し。実車を前にした現物あわせの段階で あぶくのようにすべての愚考は消滅するんだろうなあ。

うーん SRXからの移植カスタムかあ。チェーンカバーさえなんとかすれば、リアサスは取りつけできるかも知れんなあ。でも、スイングアーム変更って構造変更が必要だったような気がするしなあ。しかもW1F・W3Fともにピボットシャフトの内側に、ブレーキ用のシャフトが貫通(W1S-A以降はチェンジ用のシャフトも)されているので、いろいろ不安だったりしますし・・・・

うーん レイダウン構想もいいなあ、ってどうするんじゃい。うーん。オートバイのカスタムってやはりマフラーだよなあ。(いきなり話題が飛躍してるし・・・)どうしようかなあ。左2本出しアップにするとポイントとかキャブの調整が厄介だし、右出しにするとドライサンプのオイルタンクの立場がないし、ノーマルの状態ではリアサスの干渉(まだ言っている)と面白味に欠けるわけだし、2 in 1右出しカチ上げは、ファインテック深井さんのW1Sがあまりにも有名だし・・・セミアップ2本のW3なんて見たことも聞いたこともない(すでに存在しているかもしれないが、まあ知らないことも幸せなことであるし) うーん・・・とりあえずセミアップのサンプルを考えてみることにしようー。

エキパイ曲げは、自宅の工具ではぜーったいにできないのでプロに任せないとムリでしょうねえ。もしもそうするならば、「メッキ以外は全部自分でやった。」と言えなくなることだけが、残念です〜。

サイレンサは、W1S-Aのものです。うーん セミアップにしたら長さ・太さの両方でブサイクです。やっぱ あれだな うん、あの某タイプのサイレンサならええ感じになるかもなあ・・・ ふっふっふ

いろいろ仕事が忙しくて、ココロもカラダも壊れかけているときこそ、こんなふうに愚考して、バランスを保つ〜ってのもおもしろいもんですね〜。

1999年11月18日

ようやくタンク塗装がフィニッシュ寸前になりまして、あとはウレタンクリアを吹きつけるだけとなりました。まあまあのでき映えにはなりそうです。

先日、幸運なことに、純正エンブレム(右側分のみ)の箱入り新品を格安で手にいれることができました。左側は当分Z1初期用でごまかす(すこし大きい)つもりです。

さて、ウレタンクリアを吹くという工程については、すでにサイドカバー&オイルタンクでわたしは経験しています。そのときはあまり詳しくネタにしてませんでしたので、今回はもうすこし詳しくレポできたらええなあと考えています。

今回もデイトナから発売されている「エアウレタンクリア」という2液性の缶スプレーを使うことにします。2液性とは、ひとつの缶のなかに隔壁があって,最初の吹きつけ前に隔壁をショックで破って混合する といった理屈のものです。ガソリンに強く、またテロッとした色になるのはいいことですが、ひとたび混合したら24時間以内に使いきらないといけないという鉄則と、1本あたりの量がわりあい多いのと、価格が約2,500円ということで、すでに買っているけれども、実行にはなかなか移しにくいのです。というのも、ガソリンタンクにだけ使うとなると、また前回のように半分以上を余らせてしまいそうで、貧乏症のわたしとしては、やりくりしないともったいない気持ちがどうしても・・・・

実際のところ、ここまでのW3にはあまりお金をかけていないことは、ここまでのコラムで、うすうすお気づきだとは思います。なにしろW1S-AとEJにばかりお金をツッコんでますもんで。でも W3のために、こんなものを最近手にいれました。

中古品ながらもW1S純正ステンレス製Fフェンダーです。これまた格安でしたが。このフェンダー入手に浮かれていたわたしのところに、風俗刑事さんから「カオスのデマ〜音の博物館W3-W3社外」を聞いての辛口インプレが、メールされて来ました。

「録音の音質はいいんだけど もう少しきちんと整備してね。まだまだ圧縮モレの音がしてるよ!」

ふう、辛口ですねぇ〜。

1999年11月19日

SRX6初期型が 650RS足回り移植のドナーとしてドナドナされてきました。

なんとなくリアサスは使えそうな大きさのような気がします。

SRのリアサスをつけたW1S-AとかW3を見かけることがありますので、これについては確信めいたものがあります。がしかし、車重の差がかなりあるので、フニャフニャでへなちょこな動きを きっとすることでしょう。そして、ああ このホイールがスポークものだったら、どんなに素晴らしかったことか!もしスポークものだったら、どんなことしても、前後の足回り完全移植したことでしょう。(なんだか英作文の問題みたいな文章)

いくらなんでも、このアルミホイールのW3は あんまりイメージしたくありません。このフロントフォーク&スイングアームにそのまま使えそうなスポーク車のハブって いったいなにがあるんでしょう〜

1999年11月21日

例のごとく、妻と娘がまだ寝ている早朝から作業スタート!

今日は SRXの解体がメイン!しかし、なんだか魚とか鶏をさばいているみたいです。

SRXについていたスーパートラップとW1Eのエキパイ内径が、偶然にも一致していました。さあ、実験実験〜!もしもイイ音だったら、エキパイを曲げて、これを付けるというのも、アリかも知れませんよ〜。

ちなみに、リアサスはもうSRXのものになっています・・・。

いそいそと、エキパイをはずして角度を変えて再取り付け。そしてスーパートラップを組つけてエンジン始動!今日も1発!暖気開始!

録音の準備をしているうちに、十分暖まってきたようなのでブリップ!

「ふう。これは使えん!」 

ボツ決定!録音も中止〜。単純共鳴型サイレンサ(あえてキャブトンとは書かない)に慣れた耳には、「こざかしい」というか、「耳障り」と表現するのが適当なのか、もうホンマになんとも不快な音が聞こえていました。

妻と娘は、そのW3の不快な音で、起きてきてしまいました。

「洗濯物を干すから邪魔よ。どいてどいて〜」

日常とは、こんなものです。おれのダブワンはあれがこうでこれがこうなってて・・・なぁんて風にクールを装ったところで、生活という うすのろ(by 佐野元春)には勝てないんですわ。

え〜っと、W1S-AとW3は、洗濯カゴを置くのにちょうどイイ高さの台になっているのであります。

とほほほ

「やはり36パイだったなあ〜」

ノギスを片手ににんまり。Deeeeeepはらださん〜情報ありがとうー!

しかも、予想外でしたが、SRX6のフロントサスのほうがW3よりもかなり長いことが判明したとたん、SRXのクリップオンハンドルもそのまま取りつけできるのではないか、といった出来心がこれまたむくむくと・・・。

あたりまえのことですが、ドンピシャでボルトオンを終えました。

こうなってくるとハブはSR用のものを使わないとならない、とか難点は出てきますけれど、まあなんとかなるやろ〜という安易な気持ちで、フロント18インチ&フローティング・ディスクローター化に突入していくのであります。

1999年11月23日

そしてまた例のごとく、妻と娘がまだ寝ている早朝から作業スタートです!

フロントサスを左右ともSRXのものに交換しました。

やはり、ほんの出来心で、セパハン+SRX18インチホイールも取り付けてみました。

「小僧仕様みたいになっちゃったよ〜。」

でもフロント18インチ化には とっても興味ありなのです。W1S以降のダブワン系の前輪は、19インチなのです

フロントフェンダーはW1Sのステンレスフェンダーにする予定なので、どうしてもホイールはスポーク仕様にしたいと思っています。

そこで午前9時になるのを待って、師匠先生宅に押し掛けて相談しよう〜!と勝手に決めたわたしは、いそいそと外出したのでした。

「おお いまからもうすこししたら、わしゃ法事ででかけるところじゃった!」

とおっしゃる師匠先生に じつはかくかくしかじかです。どーしたら良いでしょうかと相談したところ、

「じゃあ、これを使ってみなさい。」

手渡されたブツは、ヤマハRX350最終型の車輪でした。こんな貴重なものを、わたしの戯言の実現のためにもらってもいいのでしょうかー!?

午後は雨になったので、作業を中止して、妻と娘と出かけることにしました。そして二輪車の解体屋に到着しました。

そこでディスクローターを1個手に入れました。ロータのPCDは完全に一致していました。

現物あわせなどで調査してみたところ、このプランを実現するにあたって、アクセルシャフトのインナーカラーとベアリングをSRXのものと交換する必要があるようです。

ホイールベアリング外径は、RXもSRXも同じでした。内径については、SRXが15パイでRXは16パイでした。それからスピードメータギアは、RXのものが、おそらく使えそうです。しかしアウターカラーは、プロに旋盤で引いてもらうしか方法はなさそうですね。

ともかく、「もらい物のホイール」と「解体屋で見つけたディスクロータ」のPCDがうまく一致していることが本日の大収穫です!

キャリパは、ブレンボかロッキードか・・・さあ、どっちにしようかなあ。

1999年11月28日

11/26に 名古屋に出張しました。そのついでに(ほんとはここからがメインか?)仕事が終わったあとは、またまた「FireStarter−YUZURU君」と合流。そしてまた浴びるほど呑みたおしました。彼は本当に話上手のたのしいイイやつです! 

それから彼の家に泊めてもらいました。

翌日は、午後1時に偉大なる不良中年チーム「風俗刑事さん」「RSさん」と安城駅で待ち合わせ。スポーク職人さんを訪ねてみたいというわたしに、みなさんが合流されるかたちになったというわげです。

そのスポーク屋さんでは、W1S-AとかW3とか、前後セットでいくら という価格設定でやってました。その店のパンフレットに、「インチダウン承ります」という記載があったので、例のRX350ハブ&リム(18インチ)に対応してもらうならば、工期と価格がどうなるか、という問い合わせを直接お願いしてみたかったのです。そこでの相談と交渉の結果、値段はW3前後セットと同額で、前輪18インチ改・後輪W3ノーマルの場合でも、26K円で、作っていただけることになりました。ステンレス製であまり強くバフしてないスポークがこの値段なら満足です!

それからその店で、こんなスゴイものを見せてもらいました。

ハーレーのエボ・エンジンを積んだ三輪車が、そこには鎮座しておりました。音といい、全体の雰囲気といい、カッチョイイです。

たぶん その場に展示新車があったならば、風俗刑事さんは即購入! となったかもしれないですね。

そして自宅に戻りまして・・・

メーターの下側とヘッドライトケースの塗装をようやく開始しました。ヘッドライトケースの左下に大きな凹みを発見!さっそく板金処理です!

風俗刑事さんから教わった通り、ハンマーでコツコツ叩いてみたところ、かなり本来の形に整ってきたので、ラッカーパテを塗って、磨いてサフ吹きしたところで 本日は終了です。

トップブリッジをバフ仕上げにしてみようと思ったので、まずはブラストしようと「しんえもん」に連絡したところ、今日は留守だったもんで、久々に剥離剤の登場!です。もしも磨いてキレイにならなきゃ、再びブラックアウトすりゃいいんだから、これはお気楽です。

1999年12月05日

W1クレージーズさんにお願いして、クラッチスプリングをわけてもらいました。

つい先日、クラッチの張りつきをオーバーホールしたばかりのはずが、やっぱり張りついてしまったことと、「38Tのリアスプロケをチョイスするなら、クラッチスプリングは絶対に交換しておくべきだ」と言う、風俗刑事さんのアドバイスを受け入れました。

左側が、W1クレージーズのリプロ部品。右のがヘタリきったノーマルのスプリングです。

ついでに、クラッチのフリクションプレートも、新品を組付けちゃうことにしました。

クラッチの新品パーツを利用するオーバーホールは、あっさりと終了しましたので、一次ケースを磨いてみました。今日は、ひさしぶりに「ピカール&フェルトバフ」攻撃です。ピカールであらかた光らせたあとで、マザーズのメタルポリッシュでしこしこと手で磨いてやると、うちのW1S-Aとほぼ同じ輝きになってくれたようです。

とりあえず顔が映るくらいの状態に磨けたようなので、組付けることにしました。

今回メーカーから出てきたパッキンは青色になっていました。(茶色のが昔のもの) ちなみに「風俗刑事さん」は 青い目の金髪は好きだが、青パッキンは嫌いらしいです。

「とうちゃ〜ん おでかけしよぉ〜!」

と 娘が乱入してきたので、『ああ 今日の作業はここで終わりになるのか』と思いましたが、そこはひるむことなく『あと10分だけ待ってね〜』と応戦しました。

KAWASAKIロゴには耐熱クロの塗料を筆で塗って、スピード&タコメータのカバーとヘッドライトケースにクロのスプレー吹きつけを済ませました。それからやっと、岡山市の大手電気量販店に出かけるということにして、娘との対決は決着しました。

その道中に、ふとした胸騒ぎがあったので、とある解体屋さんに立ち寄しました。すると、Z400(RS最終かも)のジャンク車を発見しました! おお!タンクの左右ともに エンブレムがネジ止めされているではないですか!

「あの〜 エンブレム左右でいくらになりますか〜?」

まず最初は、二千円でどう?と、言われましたが、難色を示すと千円にまけてくれました。しかも、解体屋のにいちゃんは取り外しに失敗したあげく、かたっぽを変形させていました。

「300円でいいです」

頼んでもないのに、ものすごくマケてくれました。

自宅に戻って、筆入れしたKAWASAKI文字のはみ出しを磨き取って、一次ケース側のレストアは完了です。しっかし、クラッチがものすごく重くなっちまいました。うちのカミさんの握力で握れるんやろか? なんかオフ車でつかうクラッチ軽くするやつを間にカマさんといけないかも知れませんね。

ぼくがいちばん歌いたかったとき
ぼくのまわりには歌いたい歌なんて全然なかった
だからぼくはしげみにかくれたり
敷石をたたいたりした

ぼくがやっていることを歌っている歌なんて全然なかった
だからぼくには昔をふり返る歌がない
ぼくは線路の上をどこまでも歩いて行く夢を見たし
バスの窓から見える景色を何枚もとりかえた

そうさ、ぼくには昔をふりかえる歌がない
赤い傘をさした女の子がいるだけだ
僕はいつもくるくるまわっていた
夢をはやく現実にしたくて

そうさ、ぼくには昔をふりかえる歌がない
だけどそんな中で知り合ったたくさんの人たちがいる
たぶん、その人たちがぼくの歌なんだろう
その中の何人かの人たちは今でも友だちさ

ぼくはぼくのやっていることを自分で歌にした
誰もぼくのやっていることを歌わないから
ぼくはぼくのやっていることを歌いつづけた
だから時々とても淋しくなるんだろう

ジョンレノンが1975年に出したレコードには
ジョンの昔のことが歌われている
それはジョンが作った歌じゃないけれど
ジョンの昔のことがとってもよくわかるんだ


ロックンロール / 友部正人

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