
W1S-Aも やはりその名がダブルワンスペシャルと付けられているだけあって、当然のようにダブワン特有のトラブルは発生します。
長い間(と言っても たかだか14年弱ですが)乗ってきたなかで、わたしとS-Aの身の上に振りかかった災難のうち、そのいくつかをレポすることにしてみました。
「へなちょこ スピードメーター」
誰がなんと言おうと、これはわたしとW1S-Aにとって、最大級のとほほ部品です。
この車体を買ってすぐのことなんですが、トリップメーターがカウントしていないことに気がついたんですね。そこでお店にクレームを捻じ込んだつもりが「あ〜。ダブワンのSAなんてそんなもんだよ〜。かわりにW1Sの中古ウインカ4個をプレゼントするから許してよ〜。」ってな感じで、見事に話題がすり替えられてしまいました。メーターに関するクレーム修理については、「だってもう手に入らないんだもん〜」あっさり居直られて、まったく取り合ってくれなかったことを、はっきりと憶えています。
この件で、「メンテナンスは 買った店で全て請け負ってくれるわけではない」ことを思い知りました。24歳の夏のことでした。
あの日両手に4個のボロウインカーを手にして踏んだ地団駄こそが、今日に続くええきっかけになったということにしときましょう。
トリップカウンタを動かすための部品のひとつに、真鍮で作られているものがあります。この部品には速度警告灯のスイッチが常時接触していまして、振動と摺動の影響でギアがどんどん摩滅してしまうみたいです。やがてその結果、トリップカウンタが動作しなくなってしまうことになってしまいますが、そこいらに明るいかたは車体に取り付ける前にメータを分解して速度警告スイッチを摘出する人も多いそうです。
さてそれから2年くらい後のことですが、わたしは泊まりがけのツーリングに出ていました。そこでまたスピードメーターにトラブルが発生しました。文字盤が小刻みに踊っています。どうやら内部の台座と文字盤との締め付けが緩んでいるようです。
この文字盤は、2つのタップビスによって台座に固定される構造ですが、文字盤の踊りは次第に激しくなり、本来は丸いはずの穴が、みるみるうちに楕円形になってしまっていったたのでした。
旅から戻って、メーターを自分で分解してみました。今から考えますと、これが最悪の結果を招く引き金になってしまったのですが
文字盤については、わたしの勤務する会社にあったCGで自作してみました。もちろんカラーコピー用紙での出力です。楕円形になってしまった穴を、薄いアルミ板とエポキシ系の接着材で丸い穴に修正した後に、準備した印刷物を切り抜いて貼りつけました。
ぱっと見た感じでは、なかなかイケています。当時は最新鋭だったとはいえレーザープリント特有のオイル光沢が、文字盤にそのまま反映されていますが、自作レプリカとなったわけなので、光沢のことは気にしないことにしました。
そして、ここまでは良かったんです・・・・・。ええ。
実はあるトラブルを、わたしは自分の手で誘発してしまっていたのです・・・・・。
メーター内部にはコイル状のバネ(正式名称がわかりません)が仕込まれてあって、これが速度を計測表示するために最も重要な部品になっていますが、こいつを不用意に触ってしまったことが原因と思われるトラブルが、発生してしまいました。いわゆる「踊るスピードメーター」と呼ばれるくらい有名なトラブルです。
わたしのメーターは、時速50キロくらいまでなら速度計の機能を十分に果たしてくれるんですけれど、その速度をいったん超えてしまうと実際の速度が時速60キロだろうが150キロだろうが、180キロ〜220キロの間をひたすらおかまいなしに針が往復するという恐るべきへなへな状態に陥ったのです。なんとも悲しい事件でした。
ああ。そういえば初めて「な・がんぼ君(仮名)」と会ったときのことですけど、
「あれ〜 これは紙ですか〜?」
ってな具合に一発で看破されてしまうというトホホな出来事もありましたね・・・・。
最近になってわたしは、人づてにまともに動作するW1S-Aの中古メーターを入手しました。こっちが元気なうちに、壊れたというか壊したほうのメータはプロにお預けして、きちんと修理してもらおうという計画だけは持っております。
=そこでW1S-A購入時のチェックポイント=
「サイドカバー」
1994年のことだったと思います。やってしまいました。バッテリカバー(左サイドカバー)を、走行中に落としてしまったのです。
被害状況を検分すると、多少角が凹んだという程度のダメージでした。へたくそなりにハンマーで叩き出して修繕しておきました。もちろん修繕の際には、小さなボルトナットでカバーに2点止めされるエンブレムを取り外しました。補修後にはエンブレムを元に戻しましたが、その締め付け処理が悪かったようで、数日後、エンブレムだけが落下してしまいました。軽い部品ですからさほどの落下音はしません。すいぶん探しても見つかりませんでした。紛失です。
やがてW1クレイジーズさんと出会うことになる1995年の春まで、左のエンブレムが無いままで我慢することを余儀なくされていました。仕方ありません。これというのも すべてわたしの整備不良が原因なのですから・・・・・・
1995年4月頃、左右ともにクレイジーズ製のエンブレムを装着しました。なかなかキレイでした。オリジナルの右エンブレムは「記念物的オブジェ」として部屋の飾りとして、第二の役割を始めました。
1996年のころ、オイルホースの送り側にクラックができて、オイルがジョワジョワ漏れるというトラブルが発生しました。(これも本来はトラブル編に記述するべきでしょうが)クラック部を切除してガス配管用のジョイントをカマせるという方法で、オイルラインを再構築することにしましたが、まるでブラックジャックみたいですね。
その修理の一環として、オイルタンクを洗浄するついでにオイルタンクとバッテリカバーをウレタン黒で再塗装してみました。前回のエンブレム紛失の教訓を生かすべきだと、ネジには緩み止め剤をしっかり塗布してから組みました。
がしか〜し、1年半くらいあとになって、今度はオイルタンク側のエンブレムを紛失していました。
どこかの路肩に、今でも、都合1組のW1S-Aエンブレムが トラックから落下した軍手などといっしょに残っているかもしれませんね。ふう。
<教訓>
左のエンブレムを落としたら 右も落とすことがある
「カービュレター(←片岡風)
エーッとですね。
わたしが昔から愛用している野外用コンロ「ホエーブス625」は、それだけでも図体がデカイもんですから、携行するためにわざわざ燃料ボトルを持つということが、旅に出るときにはどれだけ厄介になるのか計り知れないわけです。
ですから、コンロの燃料はこのようにして給油することになります。
キャブ底面にあるオーバーフローチューブをおもむろに取り出しまして、ホエーブスの給油口に挿入します。そして、ティクラをシュコシュコとポンプすると燃料の充填開始とあいなるわけなのです。
そして、この画像は「在りし日の姿」だったのです・・・・
2000年の3月ごろのことです。「ざぼんの気持ち」くらげさんが ホエーブス725をお持ちであることを知ったわたしは、図々しくも、くらげさんに尋ねてみることにしました。
「うちの625を 725と交換してもいいよという方をご存知ないでしょうか??」
その数日後、なんともありがたいことに、くらげさんの725と交換していただけることになって、即日725がやってきました。
下記は、ウチに3台ある625のうち、それぞれが燃焼状態にクセがあるので どれを差し上げましょうかという目録を作ったときの画像の残骸です。
この年の6月、わたしはちょっと明るい夏の準備ということで、我が家に数台あるコンロやらランタンそれにクーラーなどのメンテナンスを行っていたところでした。さあて今度は、ホエーブスを掃除して調整しよう〜という番になったところで、愕然としました。
あるはずのものがないのです。これはビックリ!!
オーバーフロー用のドレンチューブが 無いのです。
どこかにひっかかっていないものかと懸命に探してみましたが、もはや見当たりません。
フロート室内側の真鍮パイプは 残っていました。
右側のものには 突起がありません。NGです。ちなみに左側のものは、以前に購入した中古キャブのフロート室です。
たまたま走っているときにオーバーフローしなかっただけ運が良かったと思いました。もしもこのまま気づかないで走っていたなら わたしのW1S-Aは火だるまになってしまっていたのかも知れません。
金色の部品は「真鍮製フロート」です。銀色にみえるところは、今から2年前に穴があいたをハンダで修理した時の傷痕ですが、わたしにとっては勲章のようなものです。
今回作業するのにあたり、タンク・シートを車体から取り外したわけですが、そのときタンクを落下させるなどのトラブルから回避するために、すぐ隣にあった純正タンクキーパーに設置してみました。これなら ものすごく安心です。
というわけで、中古キャブのフロート室を、ドナー移植しました。パッキンの食いつきに不安はありましたが、そのときにはどうしてもW1S-Aに乗って行かないとならない用事があったため、あせりながらもなんとか修理完了させました。
その日は100キロくらい走りましたが、問題ないようです。そして今度は、壊れてしまったほうのフロート室を修理しなきゃなりません。
<教訓>
普段から 余計なことをすることが 役にたつこともある。