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オレの左手が捻った

Dec 12,2012

たしか二月のある日曜日。オレはそれの仕上げを急ぐあまり、普段やらない行動を取った。特に休日には遠方からの来客が多い師匠先生のお宅には日曜日には立ち寄らないことにしているのだけど、W1S-Aのプチ改造をやっていてそれに使う薄いアルミ板に正確に穴を開けたいのでボール盤を使わせていただこうとオレはジムニーで出かけてしまった。

案の定、師匠先生と数人のお仲間たちが戸外にいて、たった今しがた軽トラックから降ろされたばかりの煤けた黒っぽいスクーターを囲んでいた。べスパだ。 オレは軽くボケをカマしてみた。

「こんちは、みなさん。それから先生、わたしのためにべスパをご用意くださってありがとうございます」

師匠先生の目が光った。
「うん。乗ってって(「乗って持って帰って」の意。岡山弁)」 笑いながらカルくノってきて頂いた。

軽口をよそに本題のボール盤にて穴あけをさせてもらっている間だった。師匠先生が誰かと携帯電話で会話している姿が見えた。
「アイリーくんが要るといいよるけぇな、渡してもエエ?」

電話の相手はオレの師匠で師匠先生の弟子、N津のおっさん、だったようだ。複雑に絡み合った人間関係の温情ある遣り取りのなかで、今回のこのべスパも「どがちゃが」状態。
「好きなように直して好きなように乗りなさい、お代はいらないよっ」

「じゃけど師匠先生なぁ。納車ちゅうか我が家への搬入は3月末頃まで待ってもらうわけにはいかんじゃろか」

何と言ってもゲン担ぎ。長女が第一志望高校の受験を目前にしているとき、何か新しいモノを先に手に入れることについてはどうも気が乗らなかったし、あまつさえオートバイが一台増えるなんてのは時期如何に関わらず我が家ではデリケートなところであるのは言うまでもないことでして。

だからと言って何もしないなんてことがわたしの性格上あるはずもなく、空き時間ができるたびにべスパの勉強いや先人たちのWEBサイトを閲覧しては、そのナレッジを脳内にコピペする毎日が続き、まだ実物に触れてもないのに、実車を見たと言ってもせいぜい5分程度だというのに、いつでもかかって来なさいの状態。

べスパちゅうたら、昔むかし、大学入ってすぐの18歳のときにいっぺんだけ乗ったことがある。学校の中でほんの数十メートルだけ、お金持ちのご子息だったと記憶している同級生にお願いして試乗させてもらったという記憶だけがあって、印象は残っていない。彼はヘルメットを被っていなかったから50ccだったようで。

WEB上を徘徊していると、べスパの車体番号が判れば年式と形式を判定してくれるというサービスがあることを知り、慌てて師匠先生のところに行って、鉛筆で石刷り。ここで認識した車体番号によると、80年式の50Rというものらしい。その「50R」なる文言から紐解けば、いわゆる廉価版というものらしい。タイヤ直径が9インチで3速、キャブ口径が小さめだ、なんてことが情報として出てくる出てくる。最高速50km/hは無理だなんて情報もあれば、排気量アップしてビッグキャブで対策すれば常用に差し支えないくらいのモノにはなるというネタもあった。

三月の中頃、長女は自分の志望する高校の入学試験を受験してきた。まず不合格はなかろうと踏んでいても不安は拭えない。本人が一番落ち着かないのは言うまでもない。そこで鎮静剤として携帯電話を買い与えることにした。

携帯電話屋に行くと、ついしばらく前まで主流だった二つ折れの電話機の陳列がすっかり奥のスペースに追いやられ、店の中央にはいわゆるスマートフォンがずらりと並んでいる。長女はブラバンの部活動で仲良しだった友人と同じ機種にするつもりでいたのが、そのブランドの新製品が本日発売になったということでその新しいのを新規でご契約。その契約で保護者として同席していた妻が、二台同時にスマートフォン契約したら特典と従前からのポイントで機種変更料金実質無料と口説かれて、四年前夫婦でいっしょにドコモから移ったとき以来使っているガラケーからスマートフォンに乗り換えるのに品定めを始めたのには驚いたけど「ま、ええやろ、オレは別に今のやつに不満無いし」とスルー。

娘のと妻の契約がそろそろ終わりそうやな、そろそろ帰れるなあ今日の肴は何にしよと考えていたとき、「一家で同時に三台契約の場合、WiFiルータが実質無料になるんですが。それにお客様の場合ですとご主人様の端末も累積ポイントで・・・・」 「どがちゃがになるんですか?!」先に言わんかい。いっぺんに言わんかい。

ま、Auにしてやられた感は否めなくもないけど、そんなこんなでオレの手の中には白いiPhone4S-16GBがある。娘は不安からの逃避を手のひらの中のスマートフォンに委ねて「鏡よ鏡よ鏡さん…」なんてテクマクマヤコン状態ですっかり静かになった。妻は「いろんなことができすぎてコワい。こんなんを早いうちから子供に与えたらアホになってしまう」と、すっかりアホになっていた。

試験の合否発表が終わり、長女は志望する高校の生徒になることが叶った。そうなると周囲は忙しくなる。十日間ぐらいで支度を整えなければならない。嬉しいのと忙しいのに加えてスマートフォンでアホになってる妻にオレは言った。
「ベスパ貰うたんじゃ」
「ふーん」

かくしてドガチャガのうちにべスパ搬入に成功。タンク内部にもキャブ内部にも腐食だとか酷いスラッジがあったりするというわけでもなかったので、軽く内部洗浄をして普段から草刈機用に用意してあった混合燃料をタンクに投入してキック踏んだらエンジンはベベンと動き始めた。試乗は次回だ。なにしろナンバープレートが無い。

あとは年度をまたいだところでナンバープレートの申請だっ。

四月になった。すぐに役場へ出向き、ナンバーを交付してもらった。さっそくテストだ。クラッチを握ってオレは左手を捻った。左手首の操作でギアシフトが行われる。一速、二速、三速。それなりに動くが車速は遅い。

停車しようとリアブレーキペダルを踏むとエンジンが止まる。またハンドルを右に切ると同様にエンジンが止まる。これが仕様である筈もない。

悩んだときには詳しい先人に質問を投げかけてみる。被害者はチバさん。寄せられたご回答によると、ブレーキ踏んでエンストするのはテールランプが球切れしているのが原因。その状態でブレーキ踏んだらキルスイッチ状態になるせいでプラグに火が飛ばなくなる。

なんかスゴいね。ベスパの電装って。オレには難易度高すぎ。

  • どうしてレギュレター無しで平気なの
  • どうしてブレーキペダル踏んだときブレーキランプスイッチの接点が離れてランプが灯るの
  • どうしてホーンボタン押したら接点が離れるのにホーンが鳴るの

考えてもキリが無いけど、何はさておき方向指示器が暗い。エンジン回転が低いと点滅すらおぼつかないし。

おっしゃ、発電コイルの配線を変更して最適化を検討してみよう。レギュレクチをブチ込んで直流でLED化とか、リアブレーキペダルおよびホーンを接点接触でオンに、とか。

そこでフライホイルをガッと取り外したら、三個のコイルがあった。うち一つはスパークプラグに火花を飛ばすためのコイル。残り二つがヘッドライトやら方向支持器やらホーンを動かすためのものらしい。赤黄緑青黒の電線が取り出される。 30年以上経年した電線は被覆がモロモロっと脆化していたんで、半田ゴテを持って配線をやり直した。ついでにブレーキランプの電源になるらしい青線が接続されてある箇所は緑線に直列接続しておいた。

ハンドル切ったらエンジンが止まる、という件もおそらくは電線の劣化によるものだろうから、全部交換したいしワイヤーの類も新品にしたい。が分解するのも一筋縄でいきそうにない。リアブレーキペダルを取り出すのに地面に養生シートや木材を置いて車体を横倒しにしてみた。

ああ、これは酷い。このべスパ50R、オリジナルは黄色だったのね。ろくすっぽマスキングしないで濃紺を上から吹いただけなのね。

いずれなんとかなるやろ、と全塗装にも挑戦。チバさんが夢枕に立って囁いた「黒板べスパ」仕様にしてみようか。

腐食した箇所はポリパテで、リベット穴は半田で適当に埋めて錆止めペンキでベタに塗って磨いて。

リア周りの裏側は緑のペンキで刷毛塗りして。

トバンゾールという商品名の、塗ったものは何でも黒板になるっていうスプレーを吹き付けて。

このトバンゾールってどちらかというとサフェーサ塗ったときのような具合。下の地がすぐに隠れてくれるもんで、缶スプレー一本でべスパ一台オッケー。乾燥を待って組み立てに、と進んでいくわけでありますが今回はこのあたりまで。

続く=(仮題:オレの指が出血した)=

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