三年くらい前のことでした。岡山県に住んでいるわたしは、法事で香川県の親戚宅に行くそのついでに、うどんを食うだけでなく、粉を調達しておくべし、と「まえば」さんに立ち寄ってみました。何種類もの専用小麦粉を小分けして販売してくれるのと、ご子息たちによるウドン系夏休み自由研究が燦然と壁に掲示されてあるのを拝見しながらうどんをススることのできることでも有名なあのお店が「まえば」さんです。
ちょうどその時は偶然にも大将が比較的お手すきの時間帯だった様子で、4種類の粉を持ってレジに並んだわたしをつかまえて 「あんた。そんなにいろいろ持って、よう打つんな?」と訊ねてきました。
わたしはわざと、ぜんぜん違うタイプの粉をそのときには選んでいました。その中には「さぬきの夢2000」も含まれていました。
「普段は、白椿で打っていますが・・・」
「ああ そいやったら、さぬきの夢2000以外は、いけるの(大丈夫だろうね、の意)」
「えっ。さぬきの夢2000は難しいですか」
「さぬきの夢2000は難しい。ま、いっぺんやってんまい(一度試してごらん、の意)」
「どう難しいんでしょうか?」
「それはひとことでは言えんの。いろいろあるなあ。しろうとさん向けではないんや」
そうした会話が呼び水になって、大将は他にもいろいろと、粉の仕込みかたを話し続けます。
朝イチに出すうどんと、昼まえ頃のものと、昼のと、それ以降のやつと、粉のブレンドや加水について、それぞれ違えているのだ。麺台の寝かせに必要となる時間を考慮したり物理的な要素を加味すれば、そのようになることはすぐに判るだろう。店の考え方にもよるだろうけれども、朝7時に出すうどんは、深夜に仕込んだものではなくて、前日の夕方しこんだものを使う、というテクニックもある。実際そうしないとカラダが持たないし・・・。
おいしい讃岐うどん。コシがあって滑らかな、それでいて噛むと麦の味がする讃岐うどん。そんな讃岐うどんを毎日作って客に供するというのは、たいへんなご苦労があるのだとを知るところになりました。わたしはプロにはなれません。
さてプロフェッショナルが苦労されているのを垣間見たその一方で、わたしと言えば、自分のなかで設定した水準を突き抜けたあの日から、完全自作手打ちウドンがどうしてあんなに美味しいのか深く考えることはありませんでした。
だって、オレのうどんってウマいんだもの。マズいウドンが持つ要素が、ちっとも含まれていないんだもの。それ以上に何を求めたいっていうのさ、ってな調子でしたね。
そうしたビッグマウス野郎のわたしが思う、マズいウドンの要素なのですが、そのひとつに「妙な硬さ」ってのを挙げたいというのがあります。
以前どこかで、固いウドンとコシがあるウドンは違うのだ、という主張を書きましたが、わたしなりにいろいろ実験をやってみた結果として、品質の悪い粉や古い粉を使えば固いウドンを作ることができることは知っていました(きまぐれに在庫したままの粉で作ったらウマくなかっただけです)。またあるいは、たとえ上等の中力粉でも雑に作ったら固くなります。(きまぐれで適当にやったせいです)
あくまでも経験を根拠にした主観のレベルなのですが。
さて、小麦粉に塩や水以外のものを巧みに混ぜて作る「固いウドン」の存在をご存知でしょうか。そうした確信犯的な「固いウドン」について、わたしは今回のコラムのネタにしてみたいと思います。
わたしは以前から「食料品の含有比率の表示ってルールはどうなってるの?」という疑問を持っていました。スーパーなどで販売している、茹でたら食べられる蕎麦の袋の裏には「原材料:小麦 蕎麦 塩」と記載されているのを見たせいです。わたしが知る限りでは、蕎麦には小麦を混ぜても塩は入れませんし、ソバなのに一番初めに小麦と表記されてあるのはどうしたことだ、と思ったものです。
すぐに調査しなけりゃ夜も眠れない、ってほどの疑問でもなかったので、当分の間ほったらかしにしていたのですが、伊勢の和菓子メーカーがやってくれちゃったりした関係で、テレビのニュース番組が「JAS法に則った原材料表示」について、何度も何度も声高に繰り返し教えてくれました。個人的には調べる手間が省けて助かりました。
原材料は使用量の順に表示することになっているそうです。
伊勢の和菓子メーカー事件 注釈
製造日付の偽装をやったり、原材料の調達地が表示と違っていたり、JAS法で定められたとおり、使用量順の材料表示をしていなかったりと、いろいろな問題点が毎日日替わりで報道されていました。
返品リスクを背後に抱えた大量販売を目論んだ上での確信犯でしたね。
冷凍ウドンや袋に入って玉売りされてあるウドンには、商品名をはじめとして、いろいろな情報が袋に印字されてあります。原材料のところには、当然JAS法に従って原材料が表示されています。「小麦粉・塩」とシンプルに表示しているなら納得できるわけですが、かなりの比率の商品には「小麦粉・でんぷん・塩」と表示してあります。さらに安物なら「小麦粉・でんぷん・塩・pH調整剤」と、さらに新たな物質が加わっていることに驚きます。(安物がダメだ、だから俺は食わないぞ、と言っているわけではありません)
ここで記載されている「pH調整剤」ってのは、たぶん酢のことじゃないかと思います。たしか昔に、わたしの祖母のイトコにあたる方(香川県人)から「暑いときには、酢を入れて打ったらエエんや」って言っていたのに記憶があります。きっと品質保持のためのテクニックなのでしょう。
それから「でんぷん」。ウドンを麺棒で伸ばすときに打ち粉としてコーンスターチあるいは馬鈴薯澱粉を使いますから、原材料として確かに必要不可欠なものでしょう。
わたしのウドンは1kgの中力粉に、だいたい50gの塩を入れます。そのときの塩の嵩は、小さめの茶碗に軽く一杯ってとこでしょうか・・・・・。
あれ。ちょっと待て。待ってくれ。1kgの粉でうどんを打つときに、わたしは茶碗に一杯以上も打ち粉は使ったりしないぞ。ということは、つまり・・・・・。
スーパーの袋入り「ソバ」を例にするとわかりやすいように思います。「原材料:小麦 蕎麦 塩」と書いてあるのは、蕎麦粉が高価過ぎて、売りやすい値段に設定できないから小麦粉比率を多くしているのだ、ということは容易に想像できますよね。大量生産のウドンの袋に記載されてある「小麦粉・でんぷん・塩」、その背景には何か特別な秘密が隠されていることが想像できるわけです。
世の中って謎だらけです。
伊勢の和菓子屋事件と同じ頃に世間を騒がせたのが、東北地方の鶏肉加工メーカー。歯ごたえがあるのと固いのとは違う、ということがバレちゃって摘発されてましたよね。
廃鶏(はいけい)といわれる、もう卵を産まなくなってしまったブロイラーの肉を、地鶏だと表示して売っていたそうで、仕入れ金額が一羽数十円の鶏でやるのだからそりゃ儲かる儲かる。本来、いわゆる地鶏の肉は、よく運動した鶏ですから筋肉が発達していて歯ごたえがあります。その一方、普通の若鶏つまりカゴで飼育されたブロイラーの肉は柔らかいけれどそのブロイラーの親鶏の肉だったら固い。固いのは歯ごたえがある、地鶏だと言い張ってみよう、バレなきゃオイシイってな具合で材料をスリかえちゃった犯罪でした。
Another one bites the dust. Hey Hey♪
わたしの持論、固いウドンとコシがあるウドンは違うのだ、という主張ですが、廃鶏の親鶏とブランド地鶏の関係とちょっと近いものがあるよなあと感じた次第です。(固いウドンを製造して販売することが、禁固罰金刑を科される犯罪であるとは申しておりません。念のため)
ある程度以上の品質の中力粉と塩と水を使って、あるレベル以上の打ち手が作れば、コシがあって滑らかで香りのある美味しい讃岐うどんを作ることができる、とわたしは思っていましたが、その理由を科学的な根拠で示してくれる書籍に偶然出会いました。それから得た見事な答えで、目から鱗が落ちていく瞬間を感じたものです。
明快に「固いウドンとコシがあるウドンは違う」ことを証明してくれた書籍でした。
その書籍というのは、「さぬきうどんの小麦粉の話 / 木下敬三著」。ある日わたしは石臼について見識を深めようということで図書館に出かけ、その道のオーソリティである三輪教授の研究著書を閲覧していました。蕎麦の自家製粉を目論んでいるわけなのです。
石臼の研究やら製粉の技術やら様々な本が並ぶ書架の前に立っていたとき、わたしの目に留まったのがその本で、開いたとたんに、目のウロコがはらりはらりと落ちて来ましたね。香川県は坂出市にある製粉会社の社長さんによる、ていねいでわかりやすいウドン解説書でした。
わたしは熟読しました。
そして謎が解けました。
どうして自作手作りウドンが美味しいのか、それから大量生産ウドンに塩よりも多く含まれているデンプン、その謎がすべて解けたのです。これから自作ウドンの習得を目指す方にあってはぜひ一読してみてください。その価値はありますよ。
これまでにわたしが抱いていた謎や疑問を、本から得た知識と突き合せて、書きます。(結論を知ってしまったから、このコラムが存在する、とも言うんですが)
もはやわたしのバイブルとなった【さぬきうどんの小麦粉の話】によると、ウドンの袋に印字されてあるデンプンとは、タピオカ澱粉のことのようです。われわれの世代ですと、義務教育の社会科で習った「キャッサバ」を搾って採った澱粉です。中華デザートなんかによく入っている、ぷちぷちグニグニ食感のつぶつぶ、アレの原料です。
そのタピオカ澱粉を混ぜてウドンを作るメリットは、特に冷凍ウドンで最大になるそうで、あのぐにぐにクミクミとした食感は、タピオカに由来するものだそうです。一方デメリットも多少あって、ウドンの角あたりがなんとなく半透明っぽく見えてしまうそうです。スーパーで売っている安物の葛切(くずきり)みたいに。
ちなみにそうした安物の葛切の主な原料は馬鈴薯のデンプンです。葛粉なんて、まず入っていませんわね。
混ぜ物があるということは当然、小麦の味が減ることになります(わたしにはタピオカ自体の味はわかりませんが)。JAS法に照らしてその使用量を考えたら、「タピオカ二八うどん」ってことになるのでしょう。でも、もしもキャッサバの消化の良さまで考慮するならヘルシー志向のあなたにぴったり、なんてことになるかもしれませんね。
もはや、あの歯ごたえがある冷凍生うどんの隠し味は、タピオカなのですよ、って言ってくれても別段構わないのにね、なんてことを個人的には思う次第です。
つまりはあくまでも、固いうどんの話なんですけどね。
テレビ放送のニュース番組を見ていました。
日々のニュースには、もはやオイルショックと呼ぶべき原油高騰と食品偽装が必ず織りこまれてあることに辟易して、政府は何をやっているのだ、と激昂していますが、そんな中で、またひとつ気になる話題がアタマに残りました。
ガソリンの代替となるバイオ・エタノールについて。
バイオ・エタノールの原料にトウモロコシを使うのは、食料の確保の点で問題があるので、今後中国ではキャッサバを原料にしてバイオ・エタノールを作り出すという研究が始まったのです、というニュースが流れました。ニュースキャスターが言い切ったのには、中国ではキャッサバをほとんど食用にしないとのことです。横浜とか神戸のチャイナ・タウンで売られているタピオカ入りドリンクとか、食料品店の中華食材コーナーにあるタピオカについて、あれはいったい何なんだろう、と一瞬思いましたが、直後にあれらタピオカはキャッサバ由来の原料ではないのかも、と推論を続けたりさえしました(もはや最近何が材料でも驚かなくなりつつあったりして)
原油高とオーストラリアのかんばつの影響で、現在は小麦の値段がハネ上がっちゃってますけど、今度は中国のバイオ・エタノール関連で、タピオカ澱粉が手に入りにくくなって、固いウドンさえもついに安価に食べられなくなるような日が来るのも、もはや近い将来の話なんですね。やれやれ。