わたしのサイトに来ていただいていても、しりごみなさっているかあきれたりしているという理由からか、BBSに御参加いただいていない方のなかにも すごい方が何人もいらっしゃいます。

なあんだ そうだったんだ! って泉昌之さんの描いたウルトラ兄弟のお話のように見事なオチがついてひっくりかえりそうになった日が、まるで昨日のことのように思い出されます。

from 高松

高松といえば、ファンキーなW1S-A乗りの「がんぼ君」と「YASUZOU君」がいるわけですが、いままで散々ネタにさせてもらってきましたから、おふたりには失礼ながらも今回は、別の方を紹介してみたいと思います。

ある日曜日の夕暮れどきのことでした。

わたしは庭先に植えてあるバジルの新芽を摘んで、買い置きのトマトピュレ缶詰とあわせてパスタソースを作り、今日はいつもよりすこし早めの夕食にしようということで、ガーリックを焦がさないように慎重にソテーしていました。

今宵の8時半には、ワールドカップサッカー日露戦争の実況中継をゆったりと見るつもりで、その時間までに、なんとかあとは一家全員が屁ぇこいて寝るだけ、という環境を整えといたろという計画です。

みじん切りのガーリックをオリーブオイルで均一にゆっくりと温めるのは、なかなかの集中力が必要であることはご存知のとおりで、地震でもないかぎり火を止めることはできませんし、その場を離れることもできません。

携帯電話の着信音が聞こえてきました。あたりに妻がいたなら受信してもらうこともできるのですが、あいにく外で草むしりでもやっているのでしょう、その電話は空しくも、放置プレイにさらされてしまいました。しかしその着信音があまりに長い間わたしを呼びつづけていましたもんで、ガーリックのチップがバター・スコッチの色になったところで鍋を火からおろし、左手にはフライパンを持ったままで、充電中の電話を取り上げました。

ん〜 やっぱりあなたでしたか〜。そうではないかと思っていました〜。

「毎度〜 いや僕も急だったんだけど、客人が二人来てさぁ。そのまま帰り道に君んちあたりを通過することになるみたいだから、今からどこかでコーヒーでも飲みに行こうよ〜!」

ケインさんはどうやら、彼ら客人にあわせてお店から抜け出してきているみたいでした。

ここでわたしの脳内の良心回路=286DX=が、強い葛藤とともに演算を開始しました。

彼らの現在位置から察すると

  • この時間帯ならば、双方が動いたとして合流には30分くらい必要だ
  • 家から東西北に30分の半径にまともなコーヒーを出す店なんて一軒も無い
  • あと20分もあれば、ポモドーロソースもジェノベーゼソースも仕込むことはできる・・・

え〜い!

「じゃあウチに来て下さい〜!」

一見客はお断り!という敷居の高さでは悪名が高いうどんペンションアイリ−庵でしたが、このときの電話には、なにかしら強い予感を持ちました。へいぜいのこの時間帯ですと、やはり丁重にお帰り願うことにしているものなのですが、今日はどうしたことか気まぐれにも、そう答えていました。

やがて音が近づいてきました。

いつもならケインさんが近づいてくるとき、だいたい妖怪アンテナが3本立っているんですけど、今日はどうしたことかまるでその予感を裏付ける前触れのように10本くらい立っていました。

まずは銀色の側車を引くケイン号が、日曜日朝駆けモード時の定位置に滑り込みました。続いてキャンディブルーのW、それからルミナスポラリスブルーのW650が、ウチの庭先に入ってきました。

シルバーフレイクのヘルメットに取り付けたスモークシールド越しに、キャンディブルーの彼はわたしに向けて会釈しています。わたしはようこそと声をかけながら、ちょうどヘルメットを脱ごうとしている彼を見ていました。

あっ!

オレハ、カレヲ、シッテイル・・・・・・286DXが焼きつくんと違うかというくらいの速度で、彼の目、彼の鼻、彼の口、そして声を認識しながらファイルの検索をしていました。そして断片がヒットしました。

「君、×〜〇くんやろ!Z1Rの。たしか踊りの勉強をやっていたよな・・・」

「えっ なんで知っているんですか??」

「ほらほら、君がChar演ったときに、対バンでシカゴブルースをやってた・・・」

「あ〜っ!!!」

恐ろしいことに、わたしがマルーンに塗り替えてCB50JXの足回りを移植した郵便カブに乗っていた当時のことやら、そのころドレッドロックスにしていたことまで、彼もわたしのことを覚えてくれていました。それはたいへん嬉しかったのですが、これについては10年早かったってことで余談にしておきたいと思います。そしてW650の彼には悪いことをしたなあと思ってしまうくらい、わたしと×〜〇君の話題は暴走をはじめました。

ややこしいので彼がWEB上で名乗っている名前でこの先を書くことにしますが、彼−KAZ君はわたしより一歳若くて、15年ぶりに逢った今では4人のお子さんのお父さんになっていました。彼があのころにZ1Rを足にしていたことを鮮明に覚えていましたから、どうにもそのイメージが強くてまさか彼がダブルに、しかも前期型W2SSに乗っているなんて、思いもしないことでした。

「おまえのそのダブルって ニセモンやろ〜 っちゅうてよく言われて、往生するんですわ」

一見するとやはりダブルワン。だけどよく見ると、ショートフェンダーにツインカービュレタ、オイルタンクにはSSのロゴが貼られてあるし、それにサイレンサは細くて短いもんなあ・・・・。たしかにその仕様を知らない人にとっては、そのように解釈されてもしょうがないかもしれないなあ、と思いながらわたしは思わず別の言葉を口走っていました。

「ガブソンにフレッシャー、ギャバンみたいなもんやな」

「そんなんよー思い出しますねぇ〜 でもそれを言うたら、グレコも同じでっせ」

ぐはっ。その名前を聞くと少し胸が痛みます。どうして痛いのかということはまた何ぞの機会に長々と作文することもきっとあるでしょう。

夕暮れが近くなるまえに、ヘッドライトに不安があるからと、ケインさんがまず離脱されました。W650は常時点灯ですから問題は無いとして、KAZ君のW2SSが少し心配になったので聞いてみましたところ、「楽勝です。リレーはカマしてませんが、ず〜っとシビエです。バッテリも充分です。」

おおそれは頼もしい。それじゃあもうすこし話をしようよと、これまた本当にW650の彼には気の毒だったのですが、あの人は今どうしている元気にしているのかという具合で、ずいぶん長く会っていない共通の友人について、どんどんと話の輪は広がっていきました。それはまるで、法事の宴会みたいでした。

「なんや〜 アイリーさんて ハラダさんやったんや〜 どおりで・・・」(讃岐弁で読んでください)

しきりにKAZ君はその言葉を連発してました。そうですか、納得していただけましたか。よかったよかったワッハッハ〜。

やがて夜がとっぷりと暮れるころ、2台は良い音をさせて闇に消えていきました。

なかなか良い感じにヤレているし、きっちり手がはいっているW2SSと彼との再会−このストレンジな巡りあわせは、久々の「ツレのオートバイ」のネタになるなあと思いながらスパゲティーニを茹で上げたころ、サッカー日露戦争のキックオフがTVに映し出されていましたとさ。

解説〜ウルトラ兄弟のマンガ

たしか18歳の頃に読んだ、ガロか宝島に収録されてあった漫画だったんですが、風呂無しで、共同のトイレと炊事場があるような安アパートで、薄〜い壁を隔てて住むふたりの若者のお話でした。

ひとりは、ラスタマン・ボレロを羽織って「やっぱり、スコーンと抜けるレゲが一番よのう」と、今日もバッファローソルジャーに合わせて踊っていました。

もう一人の青年は「チャゲアスの叙情溢れる音が好き」みたいなかんじで、やっぱりLPに針を落としていました。

ふたりはお互いに隣室の音がウルサイと感じていました。そしてその音を掻き消すために、アンプの音量を少しずつ上げていったのですが・・・

ええい。もうがまんならぬわ! かくなるうえは、と二人の青年はそれぞれの部屋で憤りを爆発させてしまいました。アパートの天井を突き破りながら二人は巨大化して・・・・

「あれ?!」

「あれ!!」

レゲの兄ちゃんはウルトラマンでした。チャゲアス好きの兄ちゃんはウルトラセブンでした。

「なあんだ、それなら早く言ってくれたらよかったのに〜」

ウルトラマンとウルトラセブンは、もうこんなボロアパートには用は無い、とウルトラビームとスペシウム光線で跡形もなく建物をフッ飛ばして、空の彼方にある光の国に戻っていきましたとさ。

おしまい

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