
ある深夜のことでした。ケインさん(ぼろバケツで、現在ブレイク中)からプレゼントしてもらった、廃盤LPのサウンドトラック「彼のオートバイ、彼女の島」を聞きつつ、わたしは思案にふけっていました。
どっちなんだろう〜
「彼女は 死んだのか? 生きているのか?」
ストーリーテラーの語り口からは、どっちにでも解釈できるよなあ・・・・。まあどうだっていいことなんですけどね。
が、しか〜し。
なんとこのテーマについて、すでに「風俗刑事さん」は、かのダブワン界の重鎮であるあのお方と、かつて討論をしたことがあるそうです。その重鎮さまは、この映画のレーザーディスクを見るために、パイオニアの「LD-W1」という機番のプレイヤーの設備投資をなさったそうです。
うーむ。どこまでもDeeeepでお茶目な方達ですね。ちなみに、その議論がどう決着したのかについては、わたしには教えてもらえませんでした。ジブンで考えろということなのでしょう。
さて、わたしが、こうした個人的な感想をネタにしているということはなんだか、ちょっとまえに世間を少し騒がせた「磯野家の謎」みたいになってしまうキライがありますが、映画中の伏線と思われるシーンや様々な設定を根拠に、仮定もまじえて(つまりイイガカリみたいなものですね)、考察してみたいと思います。
お母さんが故人という設定になっていましたが、これは人件費の削減とは考えにくいですよね。だって、いつもの大林映画の重鎮キャストがあれだけ出てらっしゃいますし、「今ではこんなしわくちゃだが、昔は岩子小町と呼ばれた」に違いない島のおばちゃんを起用してでも、アタマ数をあわせていないってことは、きっと、これはなにかの伏線なのでしょう。
原作では、まったく触れられていない「島の盆踊り」を二度に渡って、しかも回向の概念とかご詠歌を、あそこまで細かく表現してるのはなぜなのでしょう。白石さんとお母さんとの接点が、盆踊りに祀られた位牌であるということ、そしてその時はお戻りになっているということも、見逃すわけには参りませんよね。
「彼女、死ぬぜ・・・・。おまえなんかに、かないっこない。」
沢田さんの台詞なのですが、原作では、例のキザで理屈っぽい小川さんが、愛情溢れるアイロニーを込めて、このせりふを言います。
どうして沢田さんがサーキット(日本サイクルセンター)で、あんなことを言うんでしょう。「おれとおまえの間には、なんにもないよ」と言ったわりには、ちょっと寂寥感さえ覚えました。ということは、やっぱりコレも伏線なのでしょう。
たしかに多数のオートバイとライダーが出演しているわりには、強い思い入れを持っているキャストが描かれてはいません。しいて探してみると、ヒトリだけいました。青春レーシングのタンクローさんがそうです。
もしかすると監督は、オートバイについてあんまりトキめいてなかったのかもしれないですね。ジュブナイル「タイムトラベラー」いやちがった「時をかける少女」で、原田知世扮する主人公を寵愛のまなざしで切り取ったカメラワークとは、はっきりと違いを感じます。
「主人公」が愛するオートバイを自分でメンテナンスするシーンは、せめて欲しかったと思います。セリフによる状況説明だけではあんまりですよ…。
ロケをした季節の都合かもしれないけど、あるいは死を暗示させるものなのかも。
というわけで、こうした伏線が何にも反映しない消化不良の状態を継続したままで、エンドマークが出てきてしまうのです。困ったものです。そしてダメ押しと言うべきでしょうか、終わりごろあたりのシーンで
というパラレルワールドが出現します。かなり強引でかつ、訳がわからないシーンです。
ひょっとして、ここにすべての伏線が注がれているんでしょうか・・・そう仮定したときに、どっちが現実で、どっちが回想イメージのシーンなんでしょうか・・・。
あー よ〜わかりませーん。もしかすると、ここいらの背景を細かく描写するシーンが、例の15分にもわたる編集カットをくらってしまった箇所なのかもしれません。そう考えたなら、だいぶん気分的にスッキリします。あのころの、角川映画が採った「原作崩壊」手法ならば、このくらいのことがあっても、不思議ではありませんよね。
そして「モノクロームで始まる夢物語」の回想シーンは、モノクロームで表現されているものばかりだということに留意してストーリィを追うならば、どうやら彼女は不慮の事故〜トレーラーの下敷きに遭ってしまったのだ、と解釈してみました。そうすると、初めて観たときからの違和感が、ついに氷解するのを感じました。
カラッとした男と女、そしてスコーンと抜けるような夏空、そして大好きなオートバイとの係わり合いを、二年にまたがる季節の移り変わりを描いた原作を、映画でそのまま表現するのはムリだったのでしょう。うーん。やっぱり意識的に、原作破壊をしたのでしょうね。全体にウェットなイメージを感じましたもんね。
ある方からE−冥府が届きました。それに寄せられたシナリオに関する噂によると、
「白石さんは懐妊がわかったということで、身重になる前の最後のツーリングに出た。そのとき、道端から飛び出してきたウサギをよけ損ねて・・・。」
うぎゃ〜 もう想像したくないよ〜。そのウワサの真贋はさておいたとしても、わたし個人としてはむっちゃ恐怖です〜。
わたしたち夫婦が結婚して初めてのGWのことでした。妻がシルクに乗り、わたしはW1S-Aでキャンプツーリングに出ましたが、峠越えするワインディングの最中ずっと、どエラい雨に遭ってしまったことを、わたしは思い出していました・・・・
ずぶぬれになってしまったわたしたちでした。何とか事故にもあわず、家に帰りついたものの、雨のダメージが妻を襲ったのです。わたしは高熱にうなされる妻を、病院に連れて行きました。
病名は「急性虫垂炎」でした。
でも医師は、わたしに言いました。
「おめでとうございます。だいたい受胎2ヶ月です。」
うひー。
胸中は、ほんとうに複雑なものでしたよ。(しかも、このテキストを書いていてめちゃ恥ずかしいー)妻といっしょにオートバイライフを楽しむことの裏側に潜むリスクを思い知りました。もしあのとき、何らかの問題がおきていたなら、どんな悲嘆にわたしは暮れていたことでしょうか。
まあそんなこともあって、大型免許を取った妻本人が希望するV-MAXを、わたしが却下したり、EJのパートタイム・ライダーを妻が楽しんだりすることが、今こうしてできているのも、あの日にウサギが出てこなかっただけかも知れませんわね。
はい。たまたま運が良かっただけでした。
いつか機会があって、映画「彼のオートバイ、彼女の島」ディレクターズ・カット版が発表されるなら面白いだろうなあと思うことがあります。何が、どのようにカットされているのか、知りたいものです。ラマルク研究者の心境ですわ。
もしもメディアがDVDのみだったなら、わたしもDVDのモジュールをきっと買うでしょう。たぶん「DVD-W1」という機械を探すことになると思います・・・が、エクソシスト・ディレクターズカットのように、想像以上にすげぇ怖かったらどないしましょ〜。
それでは、最近ではちょっとも珍しくなくなった「新人主演女優の裸体」やら「カワサキ650RS W3」が出てくる、個人的サイコホラー映画「彼のオートバイ、彼女の島」に関するコラムは、次にディレクターズカット版が発表されるかもしれないその日まで、打ち止めにしたいと思います。
ビデオも、しばらく見ないでしょう。だってやっぱり、決闘するW3-AとW1Sよりも、編集カットされたと噂の高い「つるんで走るW3-AとW1S」を、画面の上で見たいじゃないですか。
きっとそのシーンがあることで「わがままな男たちの書いた絵」がグッと引き立つことでしょうー。楽しみです〜。
次のネタ探しは、「ディレクターズカット版」でやりたいと思いますわ。いちばん好きな「信号待ちのあのシーン」を見れないのは、ちょっとツラいような気もしますけど(しかも、このテキスト書いてて恥ずかしいー)、じぶんのW3-Aでいつでもできますのんで、これは諦めますわー。
あー、ちなみに「知らねぇぞぉ〜 置いてくぞぉ〜」の一瞬も、二番目に琴線を響かせるモノがありましたね。竹内力さんの叫びとW1Eの咆哮の見事なハーモニーがス・テ・キ♪
ははは。
♪ パ〜 パラッパパ パッパララ〜 チャラ ラ〜ン ララ〜ン