
わたしは、不慮のできごとで左足首を怪我していた。車のクラッチペダルを踏みおろす、あるいはオートバイのシフトペダルを蹴っ飛ばそうとしたときには、激痛が走った。だからしばらくのあいだ、おとなしく日々を過ごすつもりでいた。
我が家にはAT車など存在しないのである。
その週の休日に、 決してヒマだったわけではないのだが、突然ラーメンを食べたくなった。
「運転手は君だっ。車掌は僕だ!」妻(ジムニー歴7年)にドライバーを任せた。ステアリングウィールを握る妻は、ルート2を通って西を目指した。
「ハイウエイなんて使わなくても二時間あれば着くわよ。」
と、妻はグレイハウンド4×4を走らせはじめた。
この店には 大盛というメニューはない。それは、丼の大きさの都合なのかもしれないし、麺とスープの絡み具合のバランスを一定に保つためなのかもしれない。よって、替え玉もない。おかわりするしかないのだ。
しょうがないので今日も、一家3人で ラーメン5杯を軽くたいらげてしまった。
とりあえずラーメン食いたい病は治まったが、いつものお約束ということでアイスキャンディ屋に行くことにした。
例によって、フェリーに乗った。車に大人2人と幼児で220円らしい。
乗船時には、サイドブレーキをかけてエンジンを停止し 車のなかで着岸を待ってください
そのように書き付けてある注意書きの看板をぼんやり眺めていたら、あっという間に向う岸に着いてしまった。尾道市と向島(御調郡向島町)は海を数百メートル隔てているのにすぎない。
アイスを食った。
(中略)
向島のすぐ西隣にある岩子島(御調郡向島町)には、向島とを結ぶ赤色の鉄橋が架かっていて いつでも無料で渡ることができるようになっている。
その約100mの橋を渡ろうとしたとき、眼下の港には、さっき尾道から乗ったのと同じ形式のフェリーが係留されていた。
気になって周囲を調べてみたが、どうやら渡しのための航路は 今はもう廃止されているのだろうか、岩子島側に着岸できそうな場所は存在しないようである。
橋を渡り、岩子島(IWASHIJIMA ISLAND)に到着した。
今日のテーマを「小学校跡地を探せ」と、設定したわたしたち(正確には、わたしに無理やりつきあわさせられている妻子とわたし)を乗せたジムニーは、トマト栽培用ハウスやミカン畑を結ぶ農道を突き進んだ。
「あれあれ! あの辺りが そうなんじゃないの〜?」
ステアリングウィールを握る妻が言った。
まずは、細い登り坂があった。妻はせいぜい2回しか映画は観ていないはずなのだが、すくなくとも50回は観ているわたしが発見できなかったものを、あっさり見つけてしまった。
その発見に至った理由を尋ねてみた。
すると、明快な回答が返ってきた。
「嫌いなものとか危険なものを避けるためには、それを記憶していないと逃げようがないものでしょ」
うーむ。そういう考え方もあるのか〜。
わたしが期待していた模範回答は 「そんなこと聞くもんじゃないわ」 だったのだが、まあ仕方ない。
その坂道は、民家と農機具倉庫がある路地の間を山側に入ったところにあった。
なんの変哲もない道路なのだが、白いワンピースを纏った女と撮影技術だけで、ドラマをひねりだすことができるのだなあ ということに感服したのだった。
ふとわたしは、思い出し笑いをしてしまった。
「火の無いところに水煙〜」という据え置き型殺虫剤のCFが、アタマのなかを駆け巡っていた。
路肩が崩れ気味のところもあったが、ジムニーは坂道を登りきった。
大林組の底力を そこに垣間見た気持ちになった。
道の頂上には墓地があった。あたりには、人家を見つけることはできなかった。
おお あれはオカルト映画なのかも知れないぞ〜と思いつつ、頂上から別の方向に伸びた道を少し下ってみた。
農業改良センターという建物があった。もしやと思い、敷地内に入ってみた。
やはり そうだった。校庭だったところには、楕円状の轍がくっきりと残っていた。
軽トラの方向転換に使われているのだろう。
石碑が据えられていたので、読んでみた。
中央に刻まれた絵は、映画から切り取られたかのごとく、馴染み深い、同じものだった。どうやら、ロケの年あるいは翌年に廃校になってしまったようである。
島の小学生は赤い鉄橋を渡って、向島まで通うのだろう。おそらくは、廃校になることを知っていたうえで、ロケが行われたのだ。粋な話だ。
もしも、あの映画の興行が大成功していたなら、このレリーフに残された校舎の実物が保存されていたのかも知れんなあ、と同じく瀬戸内海に浮かぶ別の島のことをわたしは思い浮かべた。
今でこそ、ホームヴィデオキャメラが普及しているが、1985年当時はどうだっただろう。自分の学び舎が、廃校・校舎取り壊しとなってしまったあとでも、映像に残されているということは、その卒業生にとってはありがたいことなのかも知れない。
「なるほど。」
ここに立つと、盆踊りの櫓が見えるような気がしたので、わたしはひとりごちた。
「でもねえ・・・」
妻が何か言いたそうだ。
「浴衣姿ということは、最近の娘はスニーカーを履いてるバカもいるけど、ふつうに考えたなら 草履か下駄でしょ。 わたしだったらイヤだわ。 だって、ここから一番近い海岸って どう考えても、10分は下駄履きで ダウンヒルしないといけないのよ〜。」
いやしかし2回目のシーンではCB400F改が映っていたじゃないか、と言いかけてやめた。
わたしが想像する以上に、設定をよく覚えていることに感心したこともあったが、やっぱり、1回目の盆踊りシーンの説明をでっちあげようとしても、そこには整合性は見つからないのだ。
浴衣を着てダブワンが操縦できるとも思えない。むろん、わたしだって 草履でこの坂を通って海辺まで行くのは嫌だ。しかも汗ひとつをかくことも無く、逢瀬を楽しむなんて芸当はとても真似できない。
わたしは汗かきなのだ。
そして、石灯籠のある海岸なんて、どこにでもある。探すのは困難だろう。今度のよっぽどヒマなときに、コーストラインをシーカヤックで回ってみようかと思ったが、今から7年前に、因島で素潜りを試してみたときの印象が、あまりに悪かったのを思い出して、没にした。
帰りのフェリーに乗りながら考えた。
呼子丸は 係留保管されてるのに・・・
もしも、この船にWで乗ったとしたなら・・・
このそれぞれのステップを、10秒間隔で処理しないと到底無理だな。
やってみてできないことはないけれど、キックリターンスプリングが摩滅するだけムダムダ〜だよなと思ったので、実行に移すことはなかろう。
そのとき、わたしの気持ちはすでに、焼肉ドライブイン方面に、トリップしていた。
その場所について だいたいの見当はついていたのだった。
しか〜し、今回は 発見には至らなかった。作戦は失敗に終わったのか・・・
やはり、ネッシーのように あるいはサザエの突起のように、謎は謎として残していたほうがよいのかもしれない。
わたしたちは、「名誉ある撤退」をした。
「夏になったら、みたくなるのよ〜」
ソーダ水を マイヤーズのブラック・ラムに注いだ飲み物を、わたしに手渡しながら、妻が言った。
わたしたち夫婦をご存知のかたは、すぐ理解できることだが、「揃って大酒飲み夫婦」なのだ。
そして妻は、3回目の映画拝謁をした。
おおお そして、画面の上にはこれまで気づかなかったいくつかの情報が発見された・・・・
そして、ともさん(仮名)からの秘密のタレこみの内容とも整合性がある。こうなったら、あと半日くらいのヒマがあれば決着できる状況にまで追い込んだのも同然なのである。
妻が、わたしに尋ねた。
「あなたは 本当はこの映画が好きでたまらないんでしょ〜?」
そんなこと ヒトに 訊くもんじゃないぜ
と わたしは答えた。
じゃあ あなたは この映画は嫌いなのね〜?
質問が変わった。
「うるせぇ〜。バカと言うもんが、バカなんじゃ〜。バカと言うもんがバカなんじゃ〜と言うもんが、バカなんじゃ〜。
バカと言うもんがバカなんじゃ〜と言うもんがバカと言うもんがバカなんじゃ〜と言うもんが、バカなんじゃ〜。
わたしは、お子ちゃまになっていた。
そして、バカとは わたしの心の状態を言うのだ。