
ジローはいつものように白いKA-1から降りて、背中からギターをおろした。本来ならば、もうとっくに自身が経営するバーのカウンタの中で、客と語り合ったりしていたはずだったのになあ、などと最近おこった出来事を回想していた。
オープンまであと10日というある日のことだった。 千林大宮のジローズバーは、あとは内装を施工をすれば開店準備が整う手筈だった。しかし、内装業者に金を持ち逃げされる事件のため、開店は、しばらく延期になってしまったのだった。
ジロー危うし!!
傷心のジローは、せっかく見つけた不動産物件をキープするために、まだオープンすらしていない店の家賃分を、いつもの稼ぎに上乗せする必要があった。それゆえ、いつもはあまり取らないような仕事もしなければならなかった日々が続いた。
その仕事とは、「ハコ」の専属ギター奏者だった。
お客とのやりとりが減るぶん、面白みに欠けるきらいがあるが、わりあいお金になるし日給制は魅力だったということで、気持ちを割り切って、しのいでいた時期があった・・・と、後で教えてくれた。
ある日のこと、ジローは開店の2時間前に店に来て欲しいと、ハコのマスターに頼まれた。ハコのPA機材を変更したので、サウンドチェックして貰いたいということだった。
これまでのツキアイもあるので、快く了承してその作業に立ち会った。
これはこれで捨てがたいものがあるのになあ、と今回の入れ替えで不要物になってしまうローランド社製スペースエコーのランニングテープを眺めながら思った。
たしかにレキシコン社PCM60のリヴァーヴのキラびやかな音のカエリを聞くとき、これも時代の移り変わりなのかな、と呟いた。
ジローは、ホールリヴァーヴを効かせたSM57をサウンドホールの前にあてがうと、軽く指慣らしを始めた。
Aのドミナントスケールでターンアラウンドしたあとで、それから、アランフェス協奏曲をジム・ホールのバージョンで演奏した。
すると突如、マスターの態度が豹変したという。聞いてもいないことを、どんどんひたすらに喋り続ける稗田阿礼モード全開に、突入したらしい。
ジローは、マスターの口述から、いくつかのキーワードを聞き取った。
僕は尾道に連れていってもらえなかったんだよ〜。
この言動をジローが聞き逃すはずは無かった。
その翌日に、受信データ量がやたらと大きい電子メールが、ウチに届けられた。
「う〜ん、聞いてもないことを、喋りつづけるってえとこで、ピンと勘が働いたねえ〜。こりゃ、間違いないと確信したわけよ。
そのハコは、喜連瓜破にあるんやけど、もし、アイリーさんの都合がよかったら、近いうちに、客として呑みにいきませんか〜?」
以上の文章を英文グラビア雑誌に書き入れてからスキャン処理した、と思われる、凝った画像ファイルが添付されていた。
グラビアに油性マジックで書いたらしい画像のなかにある、わたしへのメッセージを見て、わたしは苦笑した。
これじゃあ、中年男色物語「彼のオートバイ、彼の島」かあ?〜シマを巡る抗争が・・・。疲れた。よけいなことを考えるのは止めにしよう。
わたしは、急遽大阪に出向くことになった。
飛び乗った新幹線の車内で、妻からあらかじめ手渡されていたサクロンを服用した。
「グェ〜ップ」
われながら、汚ったねえオヤジになってしまったもんだなと自戒しつつも、封印を剥がすことにした。
ダブワンを10年以上安定稼動させているうち、そのオーナーには精霊が宿るという。くだんの封印を自分で解くことが自由にできるのも、その精霊のおかげである。
まれに祟り神が宿って大暴れをすることもあるとは噂に聞くが、わたしはどうやら、そうした魔の手からは逃れることが出来ている。それもきっと精霊の護符のおかげなんだろう。しかし今日は、これまでに禁じ手とされていたネタをアップするための取材だ。止むを得まい。
「あじゃらかもくれんいんどじんあなたはぎゅうにくをたべ・・・、(以下省略)」
呪文を唱えることで、封印は解けた。 自ら、結界の中に侵入することは危険が伴う。ミイラ取りがミイラになるということが、ハンムラビ法典に書いてあったなあ、いやあれは故事成語だったか、などわけのわからないことを考えながらも、武者震いする自分を戒めた。
ジローさんとは、京橋で待ち合わせた。そして大阪城の外堀を見ながら酒を飲んだ。ライムがよく効いたマイタイなどを舐めつつ、お互いの再会を喜んだ。
やはり、メインとなる話題は「夏になったら、ツルんで走ろう」ということ。W1クレージーズへの感謝。そしてリプロパーツ作成への憧れ。この3つに関することばかりだった。
そうしているうちにやがてわたしたちは、自動操縦モードに突入してしまった。その酔いにまかせるまま二軒目に移動することになった。
どこで電車をどう乗り換えたのかは、地の利に疎いわたしには記憶にないし、どこをどう歩いたのかすらまったく覚えていないが、たぶんここが「キレウリワリ」という場所なのだろう。
ジローさんに手を引かれて到着した店に入ると、カウンタの中でいそがしく働いている中年のご夫婦の姿があった。
店内の隅に目をやる。
「食品衛生管理責任者 小川敬一」
と書かれたプレートが壁に掛かっていた。
「ここはまさか?!」
驚愕の声をあげたわたしに「そうだよ」という意味なのだろう、ジローさんがウインクした。ジローさんは、わざとあのクサイ俳優のモノマネを、わたしにカマしたようだ。
そしてまさしく、ここは「うたえるスナック・道草」だった。
ステージの上には、いかにも大学生といった風体のバンドが、演奏の準備をしていたが、それはアマチュアバンドの宿命なのか、チューニングにずいぶん手間取っている様子だった。
わたしは、客前でチューニングに手間取るアマチュアギタリストが嫌いだ。そして、チューニングがろくすっぽできなくても、速弾きだのタッピングだのは、やたらに上手いヤツはもっと嫌いだったりするが、まあそんなことはどうだってよい。
「まだ、降りてきてへんようやなぁ」
ジローさんが発した言葉の意味が理解できないまま、わたしは タンカレージンをフローズンでくれ、と銀縁メガネのマスターにオーダーした。
おそらくコイツが小川敬一さんなんだろうなあなどと考えていると、ギターの学生が使っているコルグのクロマチックチューナーから「D4」のトーンが聞こえてきた。
調弦くらい10秒で終わらせろよな〜と心の中でツッこんだとき、外で雨音が聞こえた。やがて雷鳴とともに訪れたイナズマの閃光が、わたしを驚かせた・・・・。
なぜかマスター小川敬一さんの背後には白い壁が見えた。ギター学生のチューナーは、まだ基準音を発振しつづている。
チェン〜ジ、スイッチオン、ワン・ツー・スリー
おいおいマスター!なにをわけのわからないことを言ってるんですか〜と、わたしが突っ込む間もなく、ジローさん(36)の呟く声が聞こえた。
「ウエヘヘ、美味しいとこを持っていきよったな〜、、わいはCDIやないと、あかんのやけどなあ」
とにかく店のマスターが変身した、いや、何かに憑依されたのかもしれない。
おもむろにギターの学生をステージからひきずりおろした。と思った瞬間、ステージ上手に置かれていたアルトサキソホーンを手に取り、ブランフォード・マルサリスの曲をブロウした。続いて、ウエィン・ショーターのナンバーが演奏された・・・・
拍手を浴びながらステージから降りてきたマスターは、わたしたちの横に座った。
「俺かい?、名前は、良一と呼ばれていたなあ。 以前は、ギタリストだったこともあったんだ。 そのころは、マーチンのD-18をメインに使っていたんだよ。 あの映画のギターは、俺の吹き替えなんだぜ。
もうすこしくらいは、本当に弾いているように演じて欲しかったよな。 しょうがないなあ、ってことになって、ランプシェイドで左手を隠したんだよ。 まるで、にっかつロマンポルノの薔薇じゃねえぞって笑ったもんだ。
『クロスロード」っていう映画が、あれからしばらく後で公開されただろう?。
『ラルフ・マッチオ』に『ライ・クーダー』が吹き替えたギターで、『スティーブ・ヴァイ』と戦う、―勝ち抜きエレキ合戦―、を観たときには、悔しかったねえ。
あの少年の両指は、まさにライトニングサンダーだったなあ。あんな指に吹き替えができるのなら、そりゃあ冥利につきるんだけどねえ。
ネコの目マークのキャッツアイなんちゅうギターなんぞ、ほんとは弾きたくなかったんだ。しょうがなかったんだけどねぇ。」
「実際のダブルはどのように使われたのですか?、温泉建物の風景はあきらかに旅行案内とは違いますが、編集なんですか?、二年分の盆は、やはり一発撮り分割なんですか?、山道ロケで信州だという設定のところは本当は広島なんですか?」
わたしは矢継早に、良一さんに質問を投げた。
すると彼の表情に、苦悶が浮かんだ。どうやら、一方的におしゃべりするのは好きだが、他人に話しかけられると拒絶反応を起こすタイプらしい。
ひとしきり苦しんだあとで、マスターは変身を解いた。あるいは良一さんが、どこか遠いところへお帰りになられたのかもしれない。
ヒーローもの番組でのネタ切れ常套手段で「ニセ***」が出てくるのに対して、サスペンス・オカルト系では、事件の核心に迫る内容が全体を構成する時間の「半分よりも前」で、あばかれそうになる時、その語り部は口を封じられたりあるいは何かに怯えて、押し黙るというのが「お決まり」だと、少なくともわたしは思っているが、わたしは触れてはいけない「ヤバイもの」に近づいているのかも知れない。
平静を取り戻したマスターが、ジローさんとわたしにウインクした。
ふう・・・キザなヤツだ。
学生バンドは、「Get、Up、Stand、Up」を演りはじめた。ウエイラーズのナンバーだ。レゲエ好きのわたしはノリノリだったが、ジローさんは浮かない顔をしている。
「わいは、レゲよりもチャゲアスのほうが好きやなあ」
曲の進行がサビを迎えた。
すたんだっぷ、ふぉよぉらいつ
およ〜、よ〜お、よ〜お、よ〜
およ〜、およ〜、よ〜お、よ〜お、よ〜お
「よお」
ジローさんが、どなたかを口寄せてしまった。いったい誰が、ジローさんの身体を借りているのだろう。
わたしの、どなたですか?という質問には
「橋瓜功(はしうり・こお)だ。」と低い声で短く答えた。
そして彼は言った。
「ハシモトでなくて悪かったな。
ハシモト、ハシキを産めり。ハシキ、ハシヅメを産めり。
ハシヅメの子は、ハシウリを産めり、ハシウリ、ワキウリを産めり。
ワキウリ、キレワリウリを産めり、キレワリウリはその子ウリウリを産めり、ウリウリ、ウリウリガウリウリタクテウリウリを産めり・・・・」
「あの〜。大「筒井」の真似ですか。それってまさかダブリング創世記っていうんじゃないでしょうね?」
そう言いかけたとたん、橋瓜さんは急に不機嫌になった。
しまった。言葉が過ぎたか。
「なんだよぉ。転倒したオートバイだぁ?
知るかよ、そんなことぉ。
移動小道具トラックの中に、ウス汚ねえのがあったなあ。 フェンダーはないわ、タンクはないわで、ボコボコのポンコツだったぜぇ。まあ、あれを使ったんなら、W1S-Aなんだろうなぁ。
そんで、それがどうしたって言うんだよお。
なぁにぃ〜。焼肉ドライブインだぁ?
ロケの後で、広島じゃけえのお系の抗争に巻き込まれちまって、いまじゃあ浮遊霊、ってえ有様だよ〜。悪かったなぁ。
場所か?
尾道からちょっと北にいった場・・・・
ふふん、そりゃあおまえには教えられんな!!」
やっぱりか・・・。 わたしがこれから投げかけようとする質問を、ことごとく先回りする「サトリ」は「アマンジャク」なのでもあった。
「じゃあな」と告げて、橋瓜さんは、どこかにお帰りになった。
ウリウリの話を、もっと良く聞いてあげれば良かったのかもしれない。「瓜子姫と天邪鬼」伝説を、もっと早く思い出せばよかったのか。
ついぞ先日、国立文楽劇場の次回公演予定ポスターに、その演目を見たばっかりだったというのに、気づかなかった自分が悔やまれてしかたがない。
しかしいったい、なんなのだろう、ここの店は?! やはり結界の中心にわたしは来ているのか・・・・・・? ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ZZZZZZZZZZZZZZZZZZZ
「アイリーはん??、大丈夫でっか。」
ジローさんの問いかける声で、わたしは我に返った。
わたしはどうなっていたのか、ということを聞いたとき、戦慄した。
「わたしは、小林信彦です〜、うわ、しまった実在するじゃねえか〜。新潟の牛乳はえちごミルクじゃ〜、虎のロケットはタイガーロケッティじゃあ。」
などと、うわ言を口走っていたと、ジローさんは教えてれた。
いや、それは憑依されたのではなくって、酩酊状態にあったわたしが適当なことを口走っただけなのですよ、だって喋っている内容は、川勝さんに看破されたとおりの「くだらないジョーク好き」な人物そのままじゃないですか、と言い訳をしようと思った。
が、場の雰囲気に押されてヤメにした。
わたしは、見栄っ張りなのであった。
本当のところを言えば、もうお二人の別な方たちも、降りてきてくださった。
プライバシーの都合で、あまりネタにしてはいけないという前提ではあるが、いろいろな取材をさせてもらった。
そのうちのおひとかたは女性だった。
「妹が待っている未来に行きます。」
おしまいにそう告げて、あっさりとわたしたちのもとから、突然消えたりしてしまった。
ご姉妹で共用なさっているのか、ラベンダーの残り香があった。
最後に登場した、もう一人のかたは、「ともさん」だった。真打ちといってもよかろう。
彼も、あっという間に戻っていってしまったが、彼はわたしのサイト「進行性W病」を知っていてくれた。
「おまえ、死ぬぜ?!」
彼は続けた。
「慢性ダブル病におまえが冒されていくのは別に構わねえけど、Deeeeepさんのネタをパチっちゃあいけないぜ。エンターテイメント系ウェブサイトにあっては、天才に近いんだ!、おまえには、かないっこない相手だ。悪いことは言わない。死ぬのがいやだったら止めることだな。
そのうちおまえンところに、メールするわ。じゃあな!
後日、我が家のパソコンのメーラーに、妙な受信データが届いた。
「ともさん」からの[e-冥府]、だった。(←バカ〜)
内容を抜粋してみよう。
本文には、近ごろ天上界や冥府界にも「IT革命」と「ISO認証取得」の波が押し寄せてきたあおりで、恐怖新聞は休刊に追い込まれているんだよ、といったコメントが添えられていた。
しかしながら休刊の理由は、ほかにもあるとわたしは思う。
一日分が届いたら、百日分の寿命が縮まるってのは、日本人の平均寿命が長くなりすぎててあんまり怖がられなくなったし、非公式な筋からだが、厚生省・大蔵省からも、増税なき財政再建のために、大増刷依頼の打診があったと噂されたものだ。
こうした風評というのは、あっというまに広がってしまうから、「な〜んだぁ、つまんねぇの〜」ということになって、霊界でもブームが去ってしまったらしい。
ただ最近になって、ファイルをひとつ開いたら、ハードディスクがちょうど100MBぶんだけクラッシュするプログラムが仕込まれた[e-冥府]なるものが、霊界では大流行の兆しを見せているのだという。どうやらそれがうちに届けられたみたいだった。
そら、あんたウイルスやがな、と、わたしは心でツッコんだ。そして、ウチのメインPCは、すでに蝕まれはじめていたのだった。
そのウイルスプログラムの作者は、トニー谷さんだという噂だった。生前の名声に対して、死亡時の新聞報道での取り扱い面積とのギャップが、あまりにもアンバランスだった記憶が、私にはある。確かに、石原裕次郎さんと同じ日に逝去された、ということが、不運だったのだろうが。
「ど〜うして、60:1の扱いなんザンスか〜。ミーは怒ったザンス〜。」
そろばんを、ウインテルのパソコンに持ち替えた彼は、深い悲しみのなかで、このプログラムのソースをデバッグしていた・・・・。その記事を最後に、長年にわたって愛読された恐怖新聞は、一時休刊となってしまったと聞く。
谷は、このプログラムに名前を付けた。
「アイ・ブラ・ユー」ざんす〜。
べべべべべ ぎぎぎぎぎ
普段はあまり聞くことがないような異音が、わたしのパソコンのハードディスクあたりから発せられている。もはや、こうなってしまったら、[e-冥府]の全部を見てしまいたい・・・わたしは、そんな誘惑にかられていた。それに、「一般には忘却の彼方に追いやられているたぐいの情報」を得るためには、リスクを負うのは当然のことだと思った。
「これが出来るのは、俺様だけだ〜!!、」
妙な使命感のなかで、すべての画像ファイルをドクター中松な外部記憶メディアに移植し終えたころ、我が「Gateway G6-233」は、完全に機能を停止してしまった。
数日間におよぶパソコン復旧のあとで、[e-冥府]に添付された画像ファイルを見たわたしは、W3の使われ方についての真実を知らされることになる。
このほかにも
魅力的な表題のものがメーラーに毎日届き始めた。撮影現場に同行していないと知ることはできない情報なのだろう。こうしたオイしいネタを前にしてアップしないのはもったいない。わたしは今後も粘り強く、公開を続けていこうと決意した。
たとえ、アイ・ブラ・ユーの脅威に怯えても・・・だ。
場所は、再び「道草」に戻る。(←構成ヘタ)
ステージでは、ピンクのワンピースを着た女の娘が、唄い始めた。
「題名の無いバラード」、つまりサンシャイン ガールという曲の単調バージョンだったが、結婚行進曲のマイナースケールアレンジ"離婚行進曲"よろしく、なんだかよくわからない。
「ええぞ〜、やれやれ〜。」
そんな声援を送ったのも束の間で、やがて彼女の唄声は、かすれてきた。そのうち涙声になった。客がざわめきはじめたそのとたんに、娘はステージを降りた。カウンタを足早に通り過ぎ、そのまま店を出ていった。
その後姿は、まるで何かから逃げようとする姿のように映ったが、この店では毎年初夏になるとこのような光景にでくわすことがあるという。つまりは年中行事なのだろう。
別の女の声が聞こた。
「なによぉ、あのコったら。あたいの出番を奪った挙句に、全部唄わないで逃げちゃうなんてさあ。」
ややこしいのんが出てきたなと、ジローさんが言った。
銀縁メガネのマスターがウインクしながら、わたしたちに説明した。
その女の名前はナミ。
かつては、このハコの専属シンガーだったが、こどもを産んでしばらくしてから芸能界を引退したらしい。
「実は、わたしの妻なのです。」
そう言ったマスターに対して、カウンタの中で忙しく働いている、緑のドレスを着た中年女性がツッこんだ。
「わたしも妻です。」
彼女は、冬美ですと名乗った。どうやらこのへんが、ややこしいようである。
このあたりの描写は男女の機微に疎いわたしには、うまく表現できないので割愛するが、マスターと冬実とのなれそめは「Deeeeep:\ジローのマシン\MVX」が詳しい。
「若気の至りというやつでしてね・・・」
また、マスターがウインクしながら答えてくれた。
キザなやつだ。
「イ〜」
「ムッキ〜」
ふたりの妻同士が、つかみあいの喧嘩を始めた。マスターの仲裁でなぜかすぐに、事態は収拾にむかった。ふたりの妻は、再び、お互いの存在を無視することでバランスを保っているようだった。
「それゆえに時折、因縁をふっかけては、自分の存在を確認しているペシミストなのさ。」
また、おまえか〜。
日本の法律では、一夫多妻制は認められていなかったはずだが、今回取材したい内容からはかけ離れているので、わたしは、これ以上サグり・ツッコミをいれるのは止めにした。
「せっかく来たんだから、一曲どうだ。」
もういいかげんにマスターの立ち振る舞いにはうんざりしていたので、ジローさんのギターに伴奏をつけてもらって、わたしはデビルマンのエンディングテーマを唄った。
その曲のリリックは、会社の後輩「はらだ3.1君」が、付け直してくれていたものをそのまま使った。
「♪人の世に愛がある〜、ふたりめの妻がいる、その・・・」
はらだ3.1の替え歌センスは素敵だ。ちなみに、曲の終わりはこのようになる。
「今日もどこかで カラ出張〜 明日もどこかでカラ出〜張〜」
ダンガリーのウエスタンシャツのポケットから取り出したクシで、マスターが、自分の髪の毛を丁寧になでつけている姿を見た。先ほどの仲裁で乱れた頭は、薄くなりはじめていた。誰にでも老いは、やってくるのだ。
酒の一杯がもう一杯を呼び、どのくらい呑んだのかわからなくなっていたが、そろそろ帰らないといけない時間が迫ってきた。さすがにそのくらいはわかる。
キザ野郎の銀縁マスターに、勘定を頼もうとしたそのときである。 今度は、別の男が叫んだ。
「今夜は俺のおごり〜、みんな、じゃんじゃん、やってくれ〜」
ジローさんとわたしは、そのイカした若者のご相伴に預かった。
展開から考えると、この事態は予測できていた。これが、予定調和(お約束)というものなのである。
その「いかれポンチ」な若者のおかげで、わたしはその夜のカプセルホテル代を用立てることができた。新幹線の最終下り便は、もうとっくに新大阪を出発していたから。
自宅に戻ると、やはりわたしは、また妻に怒られた。
現実の世界には、やはり秩序が存在するのだ。
そして、わたしは封印の護符を、再び自身に施した。きっとまた有事の際には、解除することもあるのだろう。
この一枚のおフダから、何が始まるんだろう
と、妻に聞いてみよう
そんなこと聞くもんじゃないわ、
きっと彼女は、答えるだろう
すると季節は夏だろう
そして風が吹くだろう
風に感じる温度湿度は、個人差があるだろう
そして、個人差は、心のある状態なのだ
完
◆参考資料、文献、
立川志らく師匠、落語「死神」コント「サザエさん」
筒井康隆先生 小説「串刺し教授」小説「バブリング創世記」
諸星大二郎先生
、漫画「天孫降臨」
つのだじろう先生、漫画「恐怖新聞」
泉昌之先生、漫画(タイトル不明 調査中)
WAHAHA本舗 コント 一人羽織ポルターガイスト
◆協力サイト、
Deeeeep 、はらだ2さん
大阪マッハ 、ジローさん
きさら 、きさらさん
◆Special、Thanks、To
進行性ダブル病のBBSゲストのみなさん
映画関係のメールをくださった方々(パソコンのディスククラッシュのためアドレス不明)