わたしにとって、人生の師匠は何人もいる。
いまから13年前、わたしがさぬきうどん大学を卒業したころのことだ。その日は、当時わたしが入っていたブルースバンドのベーシスト「Jさん」(仮名)といっしょに、共通の友人のお宅にお邪魔していた。
わいわいがやがやと、ビールを飲んでいた。BGMの代わりにビデオ映画が流されていた。
そのとき見ていた映画は「The BAND /LAST WALTZ 」だったが、なにかのシーンで わたしにとって気になる部分があった。そこで、巻き戻しをしてもう一回その部分を見たいことを申し入れると、Jさんがわたしを一喝した。
「おまえなあ。映画は一気に観るもんやで〜。そういうふうに作ってんやで。映画に失礼やろが。どこの映画館で巻き戻しが出来るんやっ、ちゅうねん。その発想はインスタントやな。ビデオ文化が悪いんやろな。まあ、おまえも現代ッ子やな。」
Jさんは、わたしより11歳年上。今でも人生の師匠の一人である。
やがてわたしは、W1S-Aを手に入れて ブリブリと乗りはじめた。
そのころ、誰が言ったかは忘れたが、映画は観たか?という質問を受けたことがある。そりゃ観ないといけないと思ったものだが、もうとっくに上映は終わっているので、レンタルビデオのお世話になることにした。
「観てから読むか 読んでから観るか」
そんなキャッチコピーを思い出した
「悪霊島」だったか「汚れた英雄」だったか ぜんぜん違う角川映画だったのかは忘れた。ただ、その小説を読んでから映画を観たときに、その内容の差にがっかりしたという記憶が残っている。
そういった苦い経験を思い起こしながらも、ヴィデオデッキの[PLAY]を押した。原作小説のとりとめのなさを更に増幅させた娯楽映画がテレビに映し出されていく。
いろいろなポイントで違和感を感じながらも、途中で止めず、巻き戻しもすることなく頑張って最後まで観た。
わたしがまだ若かったころに、Jさんから受けた影響は本当に強い。
「あのシーンはいったい何がどうなったんだろう?」
小説あるいは映画について、いずれかの内容をご存知のかたならば記憶に残っているかもしれない「決闘」のくだりのシーンのことだ。オートバイを操縦しながらも、木刀で殴り合うという、ややこしい場面のところである。
観たままの情報を羅列してみよう
この状況から判断できる材料を 残像のなかから集めて、推理した。
激しい転倒 あるいは事故を経験したことがある方には、この感覚を理解していただけるだろうと思う。
しかしながら結局、最後までわたしの違和感を解消させる説明もないまま 草原で写真を撮って終わってしまったので、この推理は成立しない。
推理のポイントを替えて さらに考察してみた。
C級ミステリー小説で稀にみられる類の「終章の目前になって突然現れた人物が真犯人」のパターンだが、これが一番正解に近いのかなと思ったりもした。
そんなことを考えたところで何にもならない。わたしは思考を止めた。
やはりある程度の年齢になって、家族が増えてくると、ビデオ映画をイッキにみるといった時間を持つことは不可能になってきた。秘蔵映画「89」をはじめて見たときも、失礼ながら一回だけ途中休憩を入れてしまったことは、わたしの記憶に新しい。
「娘を寝かせないといけないので、青のSAが通りすぎるシーンまで観ました。つづきは明日見ます」といった旨を含めて、しらやまさんにお礼のメールをしたらすぐに返事が来た。
「途中で止めてもイイから 飛ばさずに一通りみてくださいね。しかし、よく気づいたよなあ〜!! あれに乗ってんのはわたしです〜。」
こうしたやりとりがあったことが なんだか 懐かしく感じられる。ええ。少なくともわたしの妖怪アンテナはW1系について、かなり良い仕事をするのですわ。
さてわたしは、これ以降のネタを書くために、Jさんから授かった「掟て」を破ることにした。どうしてもどうしても、転倒オートバイに、ツッコミをカマしたいのである。
それでは、問題のシーンを勝手に考察してみることにする。
「ウッヒッヒッヒ〜」
「ヒャホホホホ」
「ぴぎゃあ ぴぎゃあ」
わけのわからない笑い声のなかで 決闘シーンが始まる。
尾崎紀世彦さんが、Ninjaに乗って するりと発進する。
この時点で、1983年以降の設定であることがわかる。
「ぴゃほほ」
再び デビルマンの原作を彷彿とさせる笑い声が聞こえてくる(あれも、原作のほうが好きだなあ。アニメ版も悪くはないけどね。あの耽美性は、一話完結では表現できないからなあ・・・回想終わり)
Ninjaがウイリィしていく。もうちょっと角度あるいは距離をしっかりして欲しいもんだな。そんなことではKZ1300でテールレンズを割りながらも前輪を上げ続けたわれらがキング「ダグ・ドモコス」は語れんぞ!!と思った。しかし、そもそもこのシーンが何かの伏線にもなっているわけでもなんでもないので、これはこんなもんでもよかったのかも知れない。
キャラバン・ホーミーのクラクションが鳴って、決闘が始まった。
1回目の交錯が終わり、2台は振り返って、仕切り直しをする。
ここで、三浦沢田W1Sは突如アクセルホルダを、ガムテープでブレーキレバーにぐるぐる巻きにして固定するというシーンがある。本当はスロットルストップ・スクリュでキュキュッと締めて走り出してはみたものの、一般の方には あのネジの存在は まずわからないであろうから、カ〜ットNGのダメ出しがあって、ガムテープ止めにしたのだろうなあ。
W1Sが車体の右側を見せる格好で停車している。やがて、右足のつま先でシフトペダルが蹴り上げられた。決闘再開である。
なぜか、発進のシーンの次では、沢田三浦さんは オートバイに乗っているようには見えない。木刀を上段に構えているだけのように見える。やがて、対向してくる橋本竹内さんの背後になぜか存在している白色の強い灯りに幻惑される。沢田三浦さんは、あいかわらずオートバイに乗っているようには見えない姿勢で、対向車の動きを見失っているような仕草をしている。
この空々しい情景が、このあとに続くシーンへの期待をぐっと盛り上げてくれる。
2台がすれ違う瞬間、鈍い音がする。ここからが、問題のシーンなのである。
さあ今から転倒しようとしているオートバイ。進行方向は、左から右。かろうじてY字カバーが見えることから、車体は右側が見えていることが明確にわかる。裏焼き映像なのではないのだが、前輪のドラムブレーキに注意を置くと、ブレーキパネルが見当たらない。ぺったりとした面が見えている。
どうやら、この時点でW1S-Aに切り替わっている。この転倒した「W1Sにはとても見えないオートバイ」には、みょうちくりんな飾りが、タンクに施してあるみたいだ。おそらく紙製と思われるカバー状のものだと思われる。だから転んだオートバイが「変なW1S-A」なのかW3なのか、じつはわたしは混乱した。
この映画について、レーザーディスクで検証している方々もいらっしゃると聞いたことがある。つくづくうらやましい。うちにあるプアなビデオデッキでは、スチル画像を鮮明に見ることができないから(号泣)。
Y字カバーにはWのロゴが見える。また、右足ブレーキがはっきりと映っている。交換して撮影しているのだったらどうにでもなることだから、はっきりしたことは言えないが、シリンダヘッドのフィンは ウチのポンコツテレビ&ビデオによると9枚に見える。そしてリアサスは半分剥き出しSA仕様のように見える。ゆえに、わたしにはW1S-A後期型に見える。どやっ!がしかし、真偽は定かではない。事実は 闇の中にのみ 存在するのか・・・
つい先日、Jさんはもうすぐ中学生になる息子さんを連れて、わたしの家を訪ねてきてくれた。わたしはJさんに、いつかのビデオ映画鑑賞の掟を破っちゃったんだ、ということを言ったら、彼は答えた。
「ああ あのころには、俺にゃあ子供がいなかったもんなあ。最近は俺も時間がなくってさぁ。実は俺も・・・。」
そうだ。13年前には、この2点も彼はわたしに授けてくれていたのだ。そんなことも思い出した。さすがは、師匠Jさんだ。漏れも抜かりも無いのである。