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= 1999年の夏 =

笠岡港に行こう!

なんと夏休みをとることができた。島に行こう。高速道路を使ったので笠岡の港には30分くらいで到着した。

島に渡る船の時間待ちを兼ねて、港町の商店で買物をする。350mlのビールを1ケース買って、クーラーボックスに叩きこんだ。

ここからは、車を港の駐車場に捨てて、徒歩である。キャリーカートに荷物を乗せて、船着き場まで運んでいった。それからわたしたちは白石行きの定期便に乗船した。

やがて「彼女の島」が視界に入ってきた。やっぱし ええなあ〜。そしてどんどんと大きくなってきた。

島では 「島の踊り&盆 白石踊り 8月14日 PM6:30より」という内容の大判ポスターがいたるところに貼られていて、わたしたちを出迎えてくれた。

「昨日やんか〜!」

まあ別にいいのである。今夜も、また明日も踊りがあるってことをわたしたちは知っていたのだ。

わたしたちが大好きなキャンプ場までは、島の港から徒歩で15分。毎年訪れている、あのなつかしい景色が眼前に広がっていく。

そして、ばあちゃんもじつにお元気そうだった。今日はわたしたちのほかには誰もキャンプに来ていないらしい。ラッキー! 静かで良い。

娘は早速、先西キャンプ場から徒歩10歩の砂浜を「プライベート砂場」として楽しんでいる。ここの浜は、瀬戸内海ではちょっとなかなか珍しい、さらさらの砂浜だ。

「みんなは、ウチの前にあるこの砂浜が、だぁいすきなのよー。こどもは水と砂があったら、勝手に育つのよー」

ばあちゃんは、まるで少女のような笑顔を満面に浮かべながら、こんなことを口癖のように言う。

「あの人は、ヨットに乗ってやって来たんじゃ」

おっ、始まったぞ。わたしはぜんぜんその話を振っていないのに、やおら突然に、ばあちゃんは、片岡氏の話を始めた。ばあちゃん口述による片岡論は、ひじょうに面白い。そして今年もまた 去年とは別のお話をうかがうことができた。

夜が来た。飯も食ったので、盆踊りの櫓まで行くことにした。

「よ〜ほい よ〜ほい よ〜いやさ〜〜」

踊りの輪を遠巻きにして観はじめて10分くらい経ったころ、突如、バケツをひっくり返したような雨が降ってきた。残念なことだが、連れている娘のことを考えたら、即撤収するのはしかたがないことだ。わたしたちは、走ってキャンプ場に戻った。

この雨は、明け方まで続いたのだが、娘を寝かせつけたあと、わたしたちは さらに雨を肴に飲んだ。ビール1ケースは、やがてあっさりと消費されてしまった。

帰りの船は、午後3時くらいの便を使うことにした。車やオートバイを渡していないから、フェリーと比べてはるかに便数の多い、定期旅客船を選ぶことができる。その時間が来るまで、海に浸かってひたすら遊ぶことにした。

晩夏の海は 本当に静かだった。こんな穏やかな波で、娘を海に慣らすことにした。

娘は、まだ 小さな水を楽しむのが精一杯だが、ばあちゃんの孫から借りた浮き輪が ずいぶんお気に入りの様子だった。次に来るときには、買ってやろう。

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