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鎮静剤

Jan 07,2009

死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です

マリー・ローランサン「鎮静剤」(堀口大學 訳)より

俺のいるすぐ隣の場所で、アイリーさんは彼に立ち向かってスパナを振るっていた。暦を読むと今日は祝日『文化の日』だ。なぜ文化の日なのか???なんでだっけ。ま、いいか。ケータイからの電波に操られる若者の姿も文化ならば、ダブワンに立ち向かうアイリーさんだって文化なのだよ以下省略。

くどいけれど俺ってのはW1F****、つまりW1S-Aのフレームだ。ここでいう彼は自動的にアイリーさんのW3-Aのことだってのは解ってくれているかい。

なんだかんだで結局、俺は彼のエンジンを抱くことになった。彼がヌケガラになってしまうのは残念だけど、アイリーさんにも諸事情がある。所詮キレイ事にしか過ぎないが、ニコイチだとは言われたくはない。せめて「ふたつの命がひとつになって〜」くらいに留めて欲しいところだ。妖怪人間の反対だ。

彼のオートバイにはW3-Aオリジナルのシリンダーヘッドが乗っかっていた。つまり冷却フィンが9枚のヘッドだ。これから俺つまり初期型W1S-Aに載せ替えようというのに9本フィンは許せない。まるで後期型みたいになっちゃうじゃないか。アイリーさんのコレクションにはW1S用のヘッドもW1S-A用もあるから、自動的にそっちを使うことになるだろう。10枚フィンじゃなきゃ俺は嫌だよ。

俺のいるすぐ横の場所で、作業はどんどん進んでいる。作業の手抜きを考えることもなくタペットカバーを取りオイルのT字パイプを取りロッカーケースカバーを取りヘッドが引き剥がされた。

彼のエンジンは、オイルクーラー&オイルフィルタを増設してある都合でノーマルよりもちょっとだけややこしいので少し余計に時間がかかるかも知れないけど、数日前に俺のエンジンを降ろした作業のおかげで、かなりのスピードでバラされているのがわかる。

一次ケースの分解もすっかり慣れたふうに見える。10年前のアイリーさんとはエラい違いだ。俺は嬉しいよアイリーさん。W3C推奨の文法を知らなくてもホームページが作れたり、ただ俺に乗っかってるだけでダブワン乗りだって言っていたあの頃がなんだかひどく懐かしいね。でもアンタはもうその場所には居ない。良くも悪くもそれなりにひとかどのウエブサイト・マスター&レストアラーになってしまっちゃったから。しばらくサボってたけどさ。アンタはそういった楽しみ方を俺と彼の中に求めたんだよね。

さあステップとシフトペダルを取って、ヘキサ・ボルトに変更されたネジがサクサクと外されていく。ケースのカバーには木片をあてがってプラスチックハンマーで叩きまくる。クラッチハウジングからプレートを抜き取る。早い早い。(何を言ってるのか分からないってヒトは、進行性ダブル病の「彼のオートバイ」とか「誰のオートバイ」とかを一読すればよいかも知れない。でも「誰の〜」ってのは未完だけど)

後輪のチェーン引きを緩めてからミッションのアジャスタも緩める。エア・インパクトレンチでハウジングを固定してあるナットを緩めたらクラッチを取り外す作業は終了だ。普通ならね。

ここでアイリーさんの手が止まった。なにやら考え込んでいる。普通だったらドライブチェーンからクリップを取って連結のコマをバラしてチェーンを外すのだろうけど、しまった、シールチェーンを使っている。ってことは専用工具が無いなら手が出せない。そのシールチェーンを捨てる気なら何も考えなくて良いのだけど。

さんざん思案した結果、後輪をアクセルシャフトごと取り外して輪っかのままのチェーンをギアボックス方向にたくし込んでいた。なんとかなりそうな雰囲気だ。

ドライブチェーンのループをフレームに残したままで、一次系とエンジンはフレームから降りた。ここまで来れば、ミッションを取るのはさほど面倒なことではない。単なる時間の問題だ。

内燃機なしのフレームは、やはり寂しい。チェーンを床で汚さないように針金で吊り下げてあるから余計に淋しく見える。アイリーさんの心次第で、俺がそうなってしまっていたのかと思うと苦しい気持ちになる。とは言っても、現段階では俺と彼はエンジンを抱いていないという点ではまったく同じ姿だ。ナンバープレートがあるだけ上から目線になってしまってる。申し訳ない。

さあアイリーさんは白っぽいウエスをたくさん持ってきた。ちょっと前までは乳児用の肌着だった、娘ふたりを育てたコットン100%の布は、何度も何度も洗濯されている。だから柔らかくてアルミ地肌とか塗装面を磨くのにはちょうどいい。

灯油を浸潤させたウエスで俺を拭き始めた。ねっとりとコビりついていた埃と油を擦ってぬぐう。あらかた汚れが落ちたところで、今度は目の細いコンパウンドを新しいウエスに取る。エンジンが載ったなら容易く手が届かない部位には特に念入りに俺を磨く。タッチアップが必要なところは特に見つけられなかった。準備されていたPOR-15は肩透かしを食らった。

今度はミッションおよびエンジン表面の掃除だ。使い古した乳児用の歯ブラシを数本。それから真鍮ブラシを硬さを違えて数種類。いわゆるブレーキ・パーツクリーナをワコーズのとクレのとバーゲンで買った安物なんかがずらり並んだ。

それらを駆使してもらえば、梨地仕上げの部分に限れば、ずいぶんキレイになる。ウエットブラスト処理なんかには到底敵わないけど。貝あわせクランクケースとかミッションのギヤボックス部分とか。

トランスミッションケース・カバー(ミッションの外側)は以前に本気でバフ掛けしたことがあるのが良かったのか、ネバーダルとピカールで磨いたら、わりかしあっさりとアイリーさんの妥協点に入った。もちろんキックスターターシールは剥がしてもらった。俺には似つかわしくないからね。

Y字ケースはまた今度の時に掃除するみたいだ。こんなところはいつでもできるもんね。

ワイヤブラシとかダイスが、これからマウントするボルトナットを掃除してようやく支度が調った。

もう後戻りはできない。Heaven Helps Those Who Helps Themselves.だったっけ。淡々と作業は進行している。

今日のところはエンジンとギアボックスが俺に載っかったところで時間切れ。というか体力と集中力が尽きたというのが正解か。

それから抜け殻になった彼のこともある。きちんと整理整頓しておかないと、本当にただのゴミになってしまう。アイリーさんはさまざまに交錯する矛盾した現象と心の葛藤に悩んだ。

彼の置き場所が確保できない。これは大問題だ。フレームから車輪やサスペンションを取り外してムー大陸式ガレージに格納する手段も考えたが、諸事情で避けた。だいたい分解してしまったらきっとアイリーさんはその存在を忘れてしまう。ニンゲンは忘却の動物だ、とは言うが、さいきんのアイリーさんは特にひどい。

それから後に、ふとしたやりとりの中で交渉というかお願いした結果、しばらく彼を預かってくれるという殊勝な人物が現れた。その件はまたいずれかの機会での話題になることだろう。どうしてそのリリースを遅らせようとしているのか、それにはそれで事情がある。書きたいけど書けない事情に悶えるアイリーさんにも、鎮静剤が必要なのかも知れない。

しかし良かった。たとえ一時的にせよ彼の居場所が確保できて。これでもしもアイリーさんが忘れてしまってもホワイト・ナイトの大家さんが憶えていてくれる。少なくとも。

次のホリデイ。フロントチェーン・ケース(通称:一次ケース)を取り付ることになったようだ。そういや昨晩のうちにアイリーさん、ガスケットを自作してたな。手ノミとかポンチとか使って。メーカーから出るのかも知れないけど近頃ではバイク屋さんに行くほうがアイリーさんにとっては億劫な行為みたいだ。それにW1クレイジーズさんたちのお手を煩わせるまでのことでもないだろうし。ケースのほうは先日俺から取り外すなり、いきなりバフがけしていたから、なかなかに輝いているし。

取り付けに必要になるボルトなどを全部準備して、仮組みをしている様子だ。自作ガスケットのチェックを兼ねているのだろう。なんでこんな手間を割いているのか解説すると長くなるが俺には分かる。アイリーさんは以前彼に奢った38Tのリア・スプロケットを俺にマワそうとしていて、それは気に入った走行フィーリングの良好さだけではなく38Tに長さを合わせた現代のドライブチェーンをそのまま使うのが、おおごとであって難儀なのである・・・・と書けば聡明なかたにはすでにお気付きのことだろうが、この作業には一気呵成が必要になるのだ。手戻り無しで、一発で成功させるための準備を怠らないのも技術のウチだ、と。先にも書いているけどW3に使っていた現代のドライブチェーンってのはシールチェーンで、つまりすでに輪になっているものを利用したいってことだから始末に困るってハナシなのですよ。いかがです。長いでしょ。

一連のチェックの結果について満足したアイリーさんは、彼に被せてあったシートを取り外して車体の左側に回りこんだ。スイングアーム取り付け部分に貫通マイナスドライバを宛がう。ピボットシャフト・ワッシャはナットの回り止めのために曲げられてあるが、それをジワっと元の形に戻す必要がある。それからナットを緩めた。今度は右に回ってピボットシャフト自体の回り止めとしてフレームに固定してあるビスを取り外した。続いてリアサスペンションのボトム側のボルトを両側とも抜いてから、先程フリーにしたピボットシャフトを引き抜く。これでW3Fスイングアームがシールチェーン付きで摘出された、ということになる。

この瞬間、アイリーさんのアタマにランプが燈った。

リアーハブのカップリングアッシー(リアスプロケとかダンパーとか)がスイングアームに残った状態だったのだ。そこでいっそのこと、スイングアームを入れ替えたほうがいろいろ楽でメリットがあることに気付いたってわけ。W3Fスイングアームのスリーブは、W1クレイジーズさんの通称「砲金ブッシュ」に交換してあって、どう考えても俺の乳酸まみれ(擬人法)なスイングアーム・スリーブより状態は良いはずだから。リアスプロケを入れ替えるのにカップリングアッシーを取り外さなくたって済むし、おまけにダンパーのゴムは新品と交換したばかりだし。

アイリーさんは、俺のピボットシャフトを引き抜く準備を始めた。ピボットシャフト・ワッシャの曲げをジワっと元の形に戻してナットを緩め、ピボットシャフト自体の回り止めのボルトを取り外した。

「えっ。ボルト?!」W1S-AとW3-Aとの仕様差なのか、これまでの整備改造の中で違うものが取り付けられたのか判断できないなあ、とアイリーさんはクラッチハウジング問題を脳裏に浮かべながらひとり嘆いて「650:W1S-A パーツカタログ」を紐解いた。

ほほう。W1S-Aはボルトだと記載がある。今度W3とかW3-Aを見かけたら拝見させてもらおう。

それから予想していた通りで、俺のスイングアーム・スリーブは乳酸まみれ(擬人法)だった。すっかり忘れていたけど俺は海水浴していたんだよ、ああ。錆び付いてしまっていたわけでもないけど、スリーブは見事に固着していた。いろんなケミカルを使ってなんとか引き抜いてもらったが尿酸値も高いのかも知れない(擬人法)。洗浄後にグリスアップされて彼(W3F)に取り付けられてしまった。さらば俺の下半身。

砲金ブッシュにグリスを塗りつけながらアイリーさんは考えていた。「パーツ温存策はもう止めよう。先に俺の人生が終わるかも知れん。そして新品パーツが残った、なんてのは悲しくてやってられない」

最近アイリーさんは、ふくらはぎやら手の指が攣るようになって困っている。バセドウ氏病のせいかも知れないけど、単に老化なのかもしれない。それからアイリーさんの父親と、そのまた父は50歳代半ばに病気で亡くなっている。そのことがココロに影を落とす。

アイリーさんにも若い時期があって、がつがつと部品を集めていた頃があった。ガバナーとかIGコイルとか持っている新品あるいは良品パーツをぜんぶ俺に組み込むことにしたみたいだ。「さて、どんなパーツをどのくらい持っていたっけ?」記憶が曖昧なのがじつにアイリーさんらしい。「今度いっぺん棚卸せなあかんなあ」とボヤきながら一気呵成の作業に移っていった。

リアホイルはアクセルシャフトを残して外されてある。ドライブチェーンの輪をリアスプロケのギアから落とした。

ドライブチェーンの輪をギアボックスのシャフトより左側に多くたくし込んでおいて、それを一次ケースのチェーンカバーに収めてから、よっこらしょとミッションのスプロケットに引っ掛けようとする。上手くいくまで何度もトライする。何度も何度も繰り返した。何度目のアタックか忘れたころスプロケットにシールチェーンがきちんと乗っかった。

やった。なんとか本来の流れの作業の位置に戻ることができた。38Tのリアスプロケットに現代のドライブチェーンを架ける。

クラッチ・ハウジングの取り付けは後回し。タイヤとかブレーキシューの交換など後輪に関連するチェックが全部終わってから作業したほうが都合が良いことがある。それが何なのかは知っているよね。

一次カバーは埃よけとして仮のものつまりW3-Aだったものが付いた。正式名称はフロントチェーンケース・カバー。ニックネームはW3の一次カバー。1-N-2-3-4の刻印が眩しいぜ。

リアブレーキペダルをピボットシャフトに組み戻したところでこの日は終了。ずいぶん作業は進んだ。それが嬉しい。アイリーさんお疲れ様。今日いちにちで仕上げることが出来るなんて毛頭思っていないし、上等上等。

俺はいつも俺、待つのに慣れている。

退屈な女より もっと哀れなのは 悲しい女です
悲しい女より もっと哀れなのは 不幸な女です
不幸な女より もっと哀れなのは 病気の女です
病気の女より もっと哀れなのは 捨てられた女です
捨てられた女より もっと哀れなのは よるべない女です
よるべない女より もっと哀れなのは 追われた女です
追われた女より もっと哀れなのは 死んだ女です
死んだ女より もっと哀れなのは 忘れられた女です


鎮静剤 / 高田渡

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続く

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