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Buried Alive in the Blues

Nov 18,2008

何年もかけたままのシートをめくる勇気があるかどうか、それが問題さ。 まるで酢豆腐の製造(培養か)にも似た行為なんだけど、昔のメッキは根っこが丈夫に出来ていると信じているみたいだ。手遅れになるかも知れないのに。

いつだったか95%の成功率だと豪語した。そして失敗。

今の俺は金属の塊、スクラップ同然だ。インゴットウイトラスト。特に意味は無い。


ちょっとインフォメーション

続く内容についてですが、拙サイト来訪が初めての方や、まだあまり免疫が無いという方は、「彼のオートバイ」シリーズを先にご一読くださってから、当コラム「俺はいつも俺」に進まれることをお勧めしておきます。過去のエピソードを巧みに織り込むことができるような筆力が不足しているせいです。申し訳ない。


ナポリを見てから死ね、って言葉があるんだっけ。

いろいろ思慮に耽って憂鬱になって、もしも死にたい気持ちになったとしたら、ガラスの仮面の最終話について考えろ、っていつもアイリーさんは自分に話しかけていたことを俺は知っている。

少女マンガっていっても侮れない。とりわけ、最終章クライマックス寸前で連載を休止しているせいで、ニッポン全国のいや世界中のファンは放置プレイに晒されっぱなしなのだ。紅天女のクライマックスはどうなるのだ。落しどころは何だ。着地点はどこだってね。アイリーさんだってそう。その続きが気になって気になって死ねないさ、ってそんな調子で。

それがどうだい。待ってたらついにこの夏ごろから連載が再開されたらしいって情報を、どこかのウエブサイトのコラムで知ったアイリーさんは、職場近くのネットカフェに会員申し込みして「別冊花とゆめ」のバックナンバーを読み漁ってる。

長生きはするもんだね。待ってみるもんさね。

でも俺はどうなるんだろう。

アイリーさんは言った。
「あれ?ガラスの仮面って、どんなハナシやったっけ」 すっかり記憶は風化しているようだ。再び動き始めた物語が、アタマの中でつながってこない。市立図書館に「ガラスの仮面 1〜41巻」が蔵書されているのを知っている。ネットカフェだと課金されてしまうけど、図書館ならタダだし、妻や娘と回し読みできるぞと踏んだ。お金は大切だ。アイリーさんはMacを起動してインターネット予約システムを表示させた。5冊ずつ貸り出すことにしたらしい。アイリーさんの場合だと缶ビールと同じで、あればあるだけを一気に読んでしまうおそれがあるのだろうね。なにせアイリーさん、バカだからさ。

んで、俺はどうなるんだろう。

倉敷市の図書館には既刊分では最後にあたる42巻が無いから古本屋で買い求める。一冊170円也。家庭内稟議の決済が通った。一家で回し読みしたあと、図書館に寄贈することで決着した。

アイリーさんは言った。
「あれ?ガラスの仮面って、こんなハナシやったっけ」10年以上昔に一気読みしたときの記憶はやっぱし風化していたようだ。

安達祐実と松本恵(莉緒)がテレビドラマで演じたのを見てしまったのがいけなかったのかも知れない。さらに、松本恵の代演を立てて作ったドラマ版完結編の出来栄えがさほど良くなかったせいなのかも知れない。あるいは野際陽子の月影千草が、あまりにも強烈にハマり過ぎていたのも影響しているのも知れない。中途半端な記憶の上書きをするのは、しばしばヒトの行動について方向性を狂わせることがある。

そもそも、いったいいつから連載されていたマンガなんだい? へえ、1976年からか。それなら俺は、もうこの世にいたなあ。 何度も何度も連載休止と再開を繰り返してきて、また始まったんだってさ。ということは、美内すずえ先生は、ここでついに彼女自身の紅天女を見つけたのだ、ってそう信じたいところだね。

近頃アイリーさんも何かをきっかけにして決心をしたみたいだ。 俺もまたいつかのように、道を走ることができる予感があるんだ。 うん、待つのも悪くはないね。


動線って言葉を知っているかな。商売なんかだと、店内をお客が歩く軌跡のログのことを指すのだけど。

ババシャツの幸さんは、全自動洗濯機の終了アラームを合図にしてキチンの椅子から立ち上がる。それから・・・・洗濯機から衣類取りーの。洗濯かごに入れーの。お勝手口のドア開けーの。俺がくるまっているシートにかご置きーの。物干し竿に、衣類を掛けーの・・・・。

つまり俺は、"ババシャツ"幸さんの家事動線にずっと含まれているってわけ。アイリーさんもすっかり慣れてしまっているみたいだし。俺はどうなるんだろうと暗澹たる気持ちになるのもわかってくれるかい。

次の春には、アイリーさんのお嬢ちゃんが中学生になる。お婆ちゃんに進学祝として新しい自転車を買ってもらう約束を、もう取り付けてあってすっかりご機嫌だ。ということは屋根の下にいる俺の肩身が狭くなる。

俺の横にはいつも彼がいる。狭い。

彼の継続検査も切れて久しい。俺は壊れたままだし。

いったい俺はどうなるんだろう、そう思っていたものさ。


「おいらのコシシタを使いなよ」
だれだ、アンパンマンみたいなことを言うやつは?
「ベアリングは新品だぜ」

いやあ、絶対にキミが使われることは無いよ。誰のオートバイくん。だいたいアイリーさんはそこまで腐っちゃあいない。どんな部品も使えば少なからず摩滅することを知っている。

「ぼく、もらいもんです」
キミを使えるもんだったら最初からそうして治していると思う。カムシャフトの軸受けのメタルブッシュを新造しないとキミは使えないよ。だいたいそこまでお金を突っ込めるっていうんだとしたら、アイリーさんのココロだって最初からきっとヘコんでなかっただろうし。

その俺というのはいつも俺で、フレームに刻み込まれたW1Fから始まる英文字と数字の組み合わせとその証明書類とが一式となって俺なのである。

アイリーさんの部屋のファイルケースの中に、俺の存在証明がある。日付をアップデートするなら道路を走ることが許される。
が、何年も更新してもらっていない。

そう、ムー式ガレージで海に浸かってからの俺はスクラップ同然。べつに、店のおじさんと喧嘩して逃げ込んだわけでもないのに。生きながらブルースに葬られているのか。

八月。南冥。わたしの死。
(このフレーズ大好き。出典は、志水辰夫「裂けて海峡」より)


俺と一緒に海に沈んだままになっていたアイリーさんの心を動かしかけた事柄は、これまでにもいくつかあった。だけどアイリーさん、ちっとも立ち上がろうとはしない。そんなある時だった。アイリーさんはふと何を思いついたのか、自分のサイトのリンク集をメンテナンスしようとしていた。心象に何があったかは内緒だ。Macを起動してFireFoxを開いた。いろいろ閲覧しながらメモをとる、そんな作業をしているうちアイリーさんの眼はYa-Hey!さんのブログに書かれてあった記事に釘付けになる。

“自分のエンジンを自分でオーバーホールする”ことへの後押しとなったのはナナニイを乗り続けて来た諸先輩方やネットを始めて知り合えた数多くのみなさま、とくに平成大阪マッハIIIクラブや進行性W病をはじめとするカワサキ系HPなどのみなさまによる、“自分のエンジンを自分の手と言葉で語る”ことの楽しそうな様を拝見させていただき、「オレもこんなこと書きてぇ&なりてぇ...」と思うようになったコトでございます。

Ya-Hey!さんありがとう。ホントにありがとう。アイリーさん、立ち上がっちゃいましたよ。サイトのメンテナンスなんかすっかり後回しにして、やおら工具箱の整理整頓を始めてます。

こうして進行性ダブル病「俺のオートバイ・俺はいつも俺シリーズ」では、Yaheyさんをリスペクトしつつも試みに"オートバイや部品自体が自分になって勝手に語る"ことになっちゃった。筒井康隆「虚構船団」風味でご機嫌を伺うみたいだ。三遊亭白鳥が二つ目「新潟」と名乗っていたころの「動物くん」みたくなる危惧もあるけど。


ある昼下がり、アイリーさんはバッキバキに乾いたリーバイスやらヘンリーネックのシャツを、奥さんに代わっていそいそと物干し竿から取り外して籠に投げ込んでいた。

竿やハンガーから衣類が無くなると、今度はコンクリートの床をシュロほうきで掃いて掃除している。

それから俺の上にあったシートをぜんぶ剥がした。明るい昼だな、というのが放置プレイから解かれたときの最初の感想。いったい何年ぶりの光だろう。それからアイリーさん、指でフロントフェンダーの埃を撫でる。あの日俺のメッキ部分に吹きかけていた灯油が捕まえている埃を。

やはり昔のオリジナルメッキは強い。銅メッキを一度施してあるだけのことはある。灯油やCRC5-56それからブレーキクリーナ・スプレーが使われて、俺のメッキパーツにある埃はおおよそ取り払われた。輝いているが、まだ金ではない。悲しい。

単純共鳴マフラーは既に取り外されていた。アイリーさんはフランジのナットを緩め、エキゾーストパイプを抜いた。続いてキャブレターを外す。エンジンから露出した4つの穴には、丸めたウエスが突っ込まれた。

今度は彼のシートがめくりあげられ、彼はコンプレッサが送る空気で埃を吹き飛ばしてもらっている。小島のマフラーとエキパイが取り外されエルシノ庵に仕舞われた。キャブレターも内部の状態をチェックされた後、ウエスに包まれエルシノ庵に行った。ずいぶん丁寧な扱いだ。エンジンの4つの穴にはやはりウエスが押し込まれる。

アイリーさんは、工具を片付けてコンクリートの床を掃いた。俺に、そして彼にシートカバーを掛ける。風でめくれないように古いタイヤチューブを前後にひっかけた。おや、今日はおしまいなのかい?

夕暮れにはまだ早い。でも、次の工程に進むなら、一単位が5時間くらい所要すると見積もった様子だ。もはや無理はしないと決めたのだろう。なにせ、待つのには慣れているからね。

やっと、始まる。

俺はいつも俺。


Buried Alive in the Blues / Janis Joplin

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続く

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