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−第6章 4節 How Do I Make You−

Apr 25,2010

地球温暖化のせいなのか、三月の上旬にはもう雪のコンディションが良くないということで、ナオキくんのココロが雪山から降りてきた。週末が近くなると、わたしのカラダの空き状況を問い合わせる連絡が携帯電話に届く。「新婚さんがそれでいいのか」と軽くツッコミを入れるが、昨年秋から止まったままのエルシノアを何とかしたいという気持ちのほうが強いのだと言う。彼が何をどのように気に入って現代のバイクではなくて自分より年嵩のエルシノアを選んだのか、詳しいところを聞いた記憶が定かではないけれど(たしか「コレ可愛いっスね〜」とか「マジ、やばいっス」のようなバケラッタ系統の文言だったような気もする)、初心者を自覚したうえで自力でなんとかしようとするガッツには敬意を払いたいとわたしは目を細める。

「それに・・・それに・・・」昨年の春には、彼のオフィスの裏山にエルシノアで分け入って、ワラビなど山菜取りをする昼休みを何度も過ごしたという。「キミんとこの職場は、まるでイボン・シュナードさんが経営しているあの会社みたいじゃの」などと言いつつ、お土産に貰ったワラビを食した記憶がわたしにはある。

ワラビなんて、などとバカにしたものではない。買うと高い。かき揚げなどにして食うと旨い。自動的に、わたしはエルシノアのリビルドのお手伝いに着手することになる。

材料はすべて揃っているはずだ。それに下拵えもほとんど終わっている。あとは作業をするだけなのだ。熱した中華鍋に油と食材をブチ込んで作る料理みたいなもんだ。

リビルドするエンジンはすでにフレームから降りている。以前のコラムでネタにしたが、スワップしたエンジンも一次圧縮が無かったという大惨事に見舞われたその影響である。

On Any Sunday

約束の時間どおりにナオキくんはウチの物干し場、つまりバイク置き場に姿を現した。バイク置き場なのか洗濯物干し場なのか、わたしと妻との主観は異なるが、近頃では長女が中学二年生、干されてあるものもお年頃なモノもある。ナオキくん・しんえもんさん・師匠先生を除いてはノーアポイントでの登場はご遠慮いただきたいという、じつにプライベートなスペースでエンジンの修理は開始されることになった。

何の修理をするのか。「クランクシャフト両端のオイルシールを交換して、混合気の一次圧縮を復活させる」これが主題だ。どちらのオイルシールもすでに本来の機能を失っていて、右つまりクラッチ側はミッションオイルにガソリン臭が混じっていたし、左側にいたってはコイルやらポイントが油で汚れていたという次第だ。外側に混合気が漏れていたのは明らかで、この状態でエンジンが動いて、修理のためにウチまで自走してくることができたということについてなんだか奇跡めいたものを感じたものだ。

作業の前にちょっと打ち合わせをした。予測される所要時間と今日はどこまでやるかについて。それから作業の手順、具体的な流れなど、エンジンの分解・清掃・組立が初めてのナオキくんに、できるだけ丁寧に説明したつもりだ。決して遠くない将来、わたしがいなくなったとしても彼にエルシノアを諦めてほしくないから、そうなったら自分でやれよ、という気持ちも込める。

今日のところは分解まで、という基本ラインを決めて作業を開始した。まず一番にしたのがSSTの準備である。缶ビール24本を梱包する段ボールを5箱分ほど用意した。本当は発泡酒の段ボールだ。正直に言えばリキュール(発泡性)の箱だったものだ。それからクレヨンと色鉛筆。これらはもちろん娘たちからの「お下がり」である。段ボールは全部切り開く。印刷されていないほうの面に、わたしたちは用事がある。

「じゃあ、いちばん最初に、シリンダ・ヘッドを除去しよう。工具を使って4本のボルトを取り外してくれ。んで・・・・・」外したボルトはSST段ボールにて保管されることにする。クレヨンやら色鉛筆で描いたシリンダヘッド鳥瞰図に、リーマーなどで穴を開けて本来あった場所にボルトを通すだけのことだ。この作業が部品紛失とか破壊とか、レストレーションを阻害するいろいろな問題を解消する下準備として重要だと思う。なんといっても組立のときに楽チンだ。組立時こそ、これのその威力を発揮するということをわたしは経験から知っている。

わたしは彼がやっている作業をずっと見ていた。あくまでもアドバイザとしてクランクケース分割までの一連の作業に立ち会うのだ。やがてシリンダ・ヘッドが外れ、シリンダが外れ、クラッチカバーが外されクラッチがバラされる。ボルトは次々と全部が段ボールにセットされてある。突然出現するナットやらスプリングやらワッシャやらシムリングは、メモと一緒に100円均一ショップで調達したジップロックのビニル袋に仕分ける。

クランクケースをセパレータで分割する。

さらにクランクもセパレータで押し抜く。

いろいろ取り外す。段ボールに描いた絵が増える。リップが破断して、スプリングがむき出しになっていたクランクシャフトのオイルシールをメリメリと抜く。クランクシャフトベアリングも抜く。

ウエスと使い古しの歯ブラシで汚れを落とす。10年前にW3-Aのシリンダヘッドを掃除するのに調達した粉末洗剤「デイトナ・カーボンクリーナー」の在庫がまだまだ残っているので、まずはこれをお湯に溶かして使う。それからブレーキクリーナー。近頃ではディスカウンタやホームセンターでもこれの缶スプレーが、ものすごく安価で売られてある。毒性がちょっと気になるのでそれほど多用したくないところだが、そのコストパフォーマンスに、つい甘えてしまうことになる。ステンレスのザルに部品を置いて吹き付ける。準備していた受け皿に汚れた液体がしたたり落ちる。これが床のコンクリートに垂れたらシミになって汚いことこのうえない。

ケースの合せ面に残っていたガスケットのカスを取り去る。オイルストーンで表面を均すべきところはそうする。それからエア・ダスターで部品の表面にあるゴミを吹かし、ミッションオイルを塗って、ビニル袋にひとつずつパックする。

お互いのスケジュールを考えると次回の作業は三週間後になりそうだ。納屋「エルシノ庵」に整理整頓して安置したところでこの日は終了となった。

On Any Sunday

午後から花見の予定があるわたしと、夕方に商用ができてしまったナオキくんは、今日は午前中の二時間だけの作業ということで、クランクシャフトのベアリングをセットすることにした。

近所の機械部品屋で在庫にしてあるベアリングは、金属プレートでシールされているタイプのものだった。今日のナオキくんの作業は、そのプレートをマイナスドライバの先で取り外すことから始まった。始めは結構手間取っていた様子ながらも、つごう4回同じことをするわけで、最後にはずいぶん手慣れたものだなあとわたしは思った。

スチールボールに封入されてあったグリスを、パーツクリーナやガソリンで洗い流してからヤマハ・オートルーブを注油した。アウターレースの外周のオイル分をウエスで拭ったらベアリングの打ち込み開始だ。

前回叩き抜いた古いベアリングはすでに洗浄乾燥されていて、廃棄前の最後のおつとめを果たしてもらう準備は整っている。クランクケースの打ち込みたい面に新しいベアリングを乗せ、その上に古いベアリングを重ねた。絶対に外周部分は叩くなそれからあまり強く叩くな、とナオキくんにハンマーを渡した。

カツカツ、コツコツと打音が鳴り響く。地道な作業が進んでいく。作業の終端は打音の変化で分かる。エンジン修理は下り坂に入った。

On Any Sunday

今日は本丸、クランクシャフトのオイルシール圧入からスタートする。

アメリカ帰りのNOS部品と国内手配した純正新品の一対を叩き込む。やりかたはベアリングのときと同じで古いものをSSTとして利用する。それほど難しい作業ではない。

続いてナオキくんがスターターのシャフト、シフトペダルのシャフト、ドリブンシャフトのオイルシールなどを交換している間に、わたしは次の工程の準備を始めた。

液体ガスケットとわたしが切り出したガスケットシート、それから拡大コピーしたパーツリストを持ってきて貝合せ式クランクケースを組み立てる最終チェックをした。

クランク合せ面用のガスケットシートの両面に液体ガスケットを指で塗ってくれ、と伝えたとたんナオキくんの悪戦苦闘が始まった。「うげげ、塗りにくいです〜」唸っている。

クランク・インストーラを持ってきて、右ケースを通してクランクシャフトと接続した。「こんな風に使うものなのだよ(偉そう)」とインストーラのナットを締めこんでいくとグググと音を立てて所定の位置にクランクは収まった。合せ面のガスケットを置き、ミッション周辺のシムリングの存在を確認してから左ケースを取り付けることにする。

「さ、やってみな」ナオキくんがエンジン前側からインストーラのナットを締める係をする。わたしはエンジン後方でフォローに回る。フォローも案外忙しい。左手に木ハンマー右手にプラスチックハンマーで、クランクシャフトがハマることで前部分だけが締め込まれるのを後方から防ぐ仕事をする。

ナオキくんが少し締める、わたしが少し叩く。これを何度も繰り返すうちに貝の口は閉じられた。段ボールにセットされたネジがナオキくんの手でエンジンに戻されていく。

シリンダがシリンダヘッドが、クラッチが組み付けられていく。やがて段ボールに残るネジがオイルポンプ周辺だけになったところでエンジンを車体に載せることにした。

どっこいさのさ〜♪
力技でエンジンが据えられたところでキックを試みさせた。チュポンと元気な吸入音が聞こえてきたので、修理の成功を確信してキャブレターをセット。

エルシノアの潤滑油の供給は、インテークマニホールドに設けられた給油孔から行われる。今回のオーバーホールではオイルラインまで掃除してしまったから初期稼動チェックは混合給油で行う必要がある。オイルポンプが正しく動作してオイルラインに潤滑油を圧送するのを確認できるまで、潤滑油の給油孔はボルトと銅ワッシャを使って仮のメクラ蓋をする。

農機具用に携行タンクで保管してあるレギュラーガソリンを100cc用意してオイルを2cc混ぜた。テスト用タンクは、壊れた耕運機から拝借したものだ。

物干し場の作業場から庭先へとエルシノアは場所を移動した。どうしても排気ガスが洗濯物に影響を与えることがある。やはり油くさいパジャマを着て寝るのはイヤだ。

ジェネレータカバーもドリブンギアも取り付けていないままでエンジン稼動チェックとオイルポンプの動作チェックをしよう。

「さあチョークを効かせてスターターを踏んでくれたまえ」当然ながらエンジンは動き始める。2,000回転くらいを保持してくれとナオキくんに伝えて、樹脂製で半透明のオイルラインの中に潤滑油が流れるのを確認することにした。初めのうちはエアを噛んでいる様子だったのが連続して吐出するようになったので、正常稼動していると判断した。一度エンジンを止め、マニホールドのメクラ蓋を取り外してオイルラインを本来の姿に戻した。再びエンジンを始動させる。潤滑油の比率が濃い分、排気ガスの白さも濃い。またエンジンを停止して、ミッションオイルのゲージを抜いてニオイを確かめる。当然ガソリン臭は無い。ジェネレータ側もおそらく問題は無さそうだ。雰囲気で判断するのは危険だけど。

続く作業はナオキくんの手によって、そのまま庭先で進められた。一台を仕上げるうちに彼の腕前はずいぶん上達したのが分かる。みるみるうちにチェーンが付き、ジェネレータ側のカバーとオイルポンプのカバーが付き、フュエルタンクが付いてエルシノアMT250が仕上がっていく。同時に、これまでバイク屋にほとんど立ち寄ったことが無い「なんちゃって旧車乗り」が、「本寸法」のエルシノアMT250スペシャリストに化けようかという瞬間に、わたしは立ち会っていることになる。(「本寸法」なんていう最近まで広辞苑に載っていなかった言葉は、揶揄的に使われることもある、なんてのは言うまでも無い、と補足してみたりなんかして)

うーん残念。ガソリンを注いだとたん、フュエルコック周辺に問題があるのを見つけてしまった。燃料漏れだ。これはOリングを新調する必要があるだろう。自賠責を掛け直したり、バッテリを充電したりする必要もあるぞとナオキくんを説得し、この日のところは作業を終えて仕切りなおしをすることになる。

ともあれそんなこんなで、なんとかワラビ採りの季節には、まだ間に合いそうなかんじではある。

ある、ど平日の夕方

日没までのわずかな時間を使って、わたしひとりで作業をする。問題のあったOリングを新品に取替えたり、数日間の充電で12Vをわずかに超えるあたりにまでなんとか復活したバッテリをセットしたりして仕上げようとしたが、完成には至らず。

その次の日

夜明けを待ち、出勤までのわずかな時間で追加作業をする。出来上がったところでエルシノアをナオキくんの新居に届ける。快調快調。復路は徒歩5分、ヘルメットを手に提げて戻る。

さらにその次の日(依然、ど平日)

正午をすこし過ぎたあたりで、わたしの携帯電話に着信があった。「クラッチが切れません〜」握っても手ごたえがないと言う。もしやこれは一大事、クラッチアームが折れたとかカムが欠けたとか、プッシュロッドが破断したとか、そんなことがアタマをよぎった。

わたしが自宅周辺にいたなら、すぐ救助に向かうこともできただろうけど、そのときはそれが叶う場所にいなかった。それでもいちおう尋ねてみた。「キミ、今どこに居るんや」
「山のテッペンです。なんとかして、このまま下山してみます。んー、山を登っている途中から少しづつおかしくなってきたんですよ」

その彼が、おそらくグライダー走行で山を下っている頃、わたしは職場に持ち込んでいる自分のノートPCにある、エルシノアのクラッチ周辺の画像データを見ていた。

「あ!!」ひとつの希望に溢れた推論が浮かんだ。「少しづつ」という現象が気になる。その確認をしようとナオキくんの携帯電話を呼び出したが、グライダーの操縦に忙しいのか応じてはくれない。

しばらく後、わたしの携帯電話に着信があった。「今、自宅ガレージまで戻りました」 これにはわたくし驚いた。「えっ?どうやってそこまでグライダー走行で、この短時間で戻ったの?」彼がいた山は、わたしたちの居住エリアから車で10分ほど東に行った場所から登るのが普通のことだとわたしは思っていましたから。

「下り坂を利用してエンジンをかけて、そのままクラッチを一度も切らずに適当にシフトチェンジしながら稜線を伝って下りてきました。最後あたりでどうしても信号がある場所でエンジンを止めて、そのままちょっとだけ押したりなんかして現在に至っております」

さすがはクロスカントリー・ランナーでボルダーのナオキくんだ。よく山道を知っている。そのルートを想像したら、山を三つ通る必要があることが浮かぶ。

「ポケットに10円玉はあるかい」クラッチ・アジャスターの状態を確認してもらう。窓を開けて、アジャスタとそのロックナットの状況を調べてくれと声をかけた。

「ナットは、ゆるゆるです」
「おっ!マイナスドライバで、そのナットの中央のネジを回すことはできる?」
「できますできます」
「クラッチレバーを握ってみて」
「あ、手応えが戻ってきました」
「ビンゴ」(言い回しが、どうしても古い)ロックナットの締め付けトルク不足が原因だったみたいです。とほほほほ

On Any Saturday (Apr 24,2010)

休日が揃ったみたいなので、都合が良くなったところで連絡くれたら、わたしが工具持参で出かけるよっ、と言っていたつもりだったのに、ふと気付くと玄関先にエルシノアが来ていた。 「適当にアジャスターを調整したら動くようになったんで、そのまま来ました。チェックしてみてください」窓を開けて、ローにシフトしてリアブレーキを踏んだ状態でナットをロック。これで安心。

阿吽で立ち上がって、そのあとわたしの山菜取りデビュー。なるほど、これはハマるわけがわかる。おもしろいおもしろい。

道幅を考えるなら、ジムニーで分け入ることさえ躊躇するような「ナオキ・ワラビ・スポット」への道中だった。ふむ、近所にこんなトコロがあるんだ。まさに、牛に引かれて善光寺参り「ありがてえ、かっちけねえ」ってやつだ。ああ、オフロードバイク万歳。

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