エルシノアMT250をナオキ君(31)に貸与することにした。 つまり所有者はわたしで、使用者はナオキ君ということにするわけだ。
彼にとって、初めての合法オートバイとなる予定のエルシノアだけど、ヘッドライトが現代の基準を照らすと暗すぎると感じるのはどうか、ということでなんとか明るさを確保したい。
エルシノアMT250の電装は6V。6Vであることを仮に諸悪の根源として、なんとか12Vに改造できないものか考え始めることにした。12V化に成功したら、いわゆるハロゲン球を選びたい放題にできるぞ、と夢のようなことを語りたいのだ。
いいだろ?
だからと言って何をどうしてやったらいいのか、ほとんど分かっていなくって困ってしまった。電気は大の苦手だ。実際のところ、いろいろイジり倒したあげく、効用が得られることなくて、6Vのままで、そっとしておいたほうがよかったのかも知れない〜♪港に沈む夕陽がとてもキレイですね〜♪
なんてことにもなりかねない。
貫通ドライバを手にして、エルシノアの左側に座り込む。作業を始める。
「乗らない日 スパナを握って オン・エニイ・サンデイ」
ハナ歌ではなくて、つい七五調が口をつく。確実にわたしの加齢が進みつつある。
ネジを何本か取り外し、カバーを外すと、フライホイールが見える。
フライホイール中央のナットを、インパクト・レンチで、ブインと緩めて取り外す。適当な大きさのギア・プーラをフライホイールに掛けて、ギア・プーラの爪が、周囲を破壊しないように注意しながら、トルクをかけていく。
ゴツと金属音が聞こえた。フライホイールを外すと、今回の懸案事項となっている発電コイルなどが露出する。
三個のコイルが、円形のアルミ鋳物にネジ止めされていた。コイルのうち、ひとつには、点火用ポイントが配線されていて、クランクシャフトに直接カム山がある固定進角ということがわかった。
そこまではわかった。でも後が続かない。さっぱりわからない。
わが家には、エルシノアの配線図が無い。
「師匠先生〜 どねしよ〜」(徒然亭若狭 風味で読んでねお願い)
2007年の秋から翌年の春まで放映されていた、NHK連続テレビ小説「ちりとてちん」の話をしよう。
貫地谷しほり演じるヒロインが、女流落語家になって、一流を目指して精進するというステレオタイプど根性モノなのかと思いきや、ヒロインが本当になりたかったのは、一度は忌み嫌った母親であったことに気付く、というズッコケ系のドラマに、わたしは半年間どっぷりとハマりこんでいた。
そのドラマの根底にあるテーマは、「技術の継承」だったようにわたしは思った。散髪屋に魚屋、塗箸職人やら噺家、さまざまな職人が登場しては、伝承について、ひとくさり打ったり揉めたりするのが印象深いドラマだった。
もともと落語好きのわたしが毎日観ていた理由は、単に上方落語をモチーフにしたシナリオが気に入ったのに過ぎない。だから批判すべき点はいくつもあった。劇中で「一生懸命稽古して、師匠の落語を受け継ぎたいんです」というセリフが何度も使われ、そのたびにわたしは苦笑いしたものだ。いつから落語は伝統芸能になったのだ、とか。
落語の稽古は、口伝で行われるものらしく、録音やメモを取ることは、稽古場では禁じられているそうだ。聞き伝えで申し訳ないけど、どうやら本当のことらしい。
ホンダC70に乗って、師匠先生がわが家にお越しになられた。今日のスーパーカブは、推定で昭和47年式だとお見受けする。しかしながら、携帯電話で師匠を呼びつけるとは、なんて畏れおおい行為なんだろうか。ジャイアントロボをリモコンで呼んだほうがよほど罪が軽いと思った。
「うーん。コイルのひとつはイグニッション」うん、それだけはわたしでもわかった。その続きはいったい・・・・・。
「それからバッテリーに充電をするコイルと、ヘッドライトに電気を送るコイルがあるねえ」
うっ。この時点で既について行けていないことに気付いた。思考がスリップしはじめている。
「この12ボルトのコイルを、なんとかしてココにハメ込んでみよう」師匠先生は、ポイントとつながっていないコイルふたつを指差しながら、ヤマハ・セローの部品取り車から外してきたと言うコイルをわたしに渡した。
「ポイントからイグニッションに至る回路は6Vのままで置いておいて、12Vのコイルから発生した電流をバッテリーに渡すことにしよう。ヘッドライトは、バッテリーから直接取ればよろしい。すべての電球とウインカ・リレー、レギュレート・レクチュファイアは当然12V用に交換。それじゃ頑張ってね、アイリー君(仮名)。また会おう〜♪」
目から鱗が落ちるのより先に、わたしの脳みそにあるザルから、情報がこぼれ落ちる音を、ひさしぶりに聞いた気がした。がさがさ、という感覚だった。
師匠先生とC70を見送りながら、ザルの中に残っているのは、ヘッドライトはバッテリーから直接ってのと、すべての電球とウインカ・リレーは12Vに交換っていう二点だけということに気付いて、情けなく思った。
一を聞いて百を教えてくださるのは、本当にありがたい。君にも知識能力を授けてあげよう、といろいろ指導してもらえることも、じつにありがたい。
ここで一度わたしは自己反省した。そして聞く側のレベルが低すぎるのは、大問題なのだという結論に達した。
反省しながらも実践に移る。師匠先生の置き土産、コイルをなんとかセットアップすることを考えることにする。
セローのコイルの大きさや厚みを考慮すると、台座を削る必要がある。それから、薄い金属板を加工して、コイル固定のためのステーを作ればよいのか、と考えた。切った貼ったはできるだけ避けたいわたしだった。なにしろまだ、実験に近い様相があるし。
そこで、ジャンクエンジンを使って試行することにした。
今まで話題にしていたかどうか定かではないが、わが家の納屋「エルシノ庵」には、実働を確認してある2基のMT250用エンジンの他に、もう3基の在庫がある。そのうちひとつの分解をしたことがあった。このエンジンは、ピストンがシリンダに固着していた。焼き付いたか何かで、廃車になったのだろう。
そのジャンクエンジンを収めた箱を「エルシノ庵」から持ち出した。
コイルを固定してある台座プレートを取り出して、イグニッション系の発電コイルのみを残し、充電コイルとヘッドライト用コイル、それからポイントを取り外した。
イグニッション系の発電コイルから出た線の一端はポイントに繋がっていた。もう一端つまりアースは、ヘッドライト用のコイルに接続されてあった。
セローのコイルをどのように取り付けたら理想的な12Vを得ることができるのか考える。台座を削ってはコイルを組み付け、フライホイール内側とコイル外側との距離(もちろんほかの部分での接触干渉も含めて)を繰り返して、なんとか治まりの良い場所を調整した。
それから、ポイントの接点を磨いた。いつものようにダイヤモンドヤスリで平面を出し、ガラス板に貼り付けた#1000の耐水サンドペーパーで研磨した。
準備がようやく整った。セローのコイルがエルシノアのエンジン内部で発電するかどうかの実験をはじめよう。ノーマルの配線だと、エンジンからは5本の線が出されている。
ノーマルの桃黄に変わって、セローのコイルから白と黄と黒がそれぞれ1本でつごう3本の線が出ることになったが、数が違うというだけで、もはやわたしはパニック状態。
ポイントのアース側の線は、まだ結線できてないし・・・・。
「師匠先生〜 どねしよ〜」(やっぱり 徒然亭若狭の風味で読んでねお願い)
「アースは台座のどこかにしときなはれ、それからエンジンを始動して、それぞれにACの50レンジでテスターを当てて、13ボルト以上が出ていたら合格。それは位相が・・・以下省略」
エンジンは快調で、一発で始動し軽く吹けあがる。キャブを掃除して接点を磨いた甲斐があったというもんだ。で、周囲は当然真っ白。
さて発電についてはどうか。おおっ、どの組み合わせでも、テスタの針は12〜14あたりを指している。
そうかそうなんだ。このコイルとフライホイールは、電磁誘導で交流を発電していたのか。
別の時に師匠先生から借りていた、ホンダDioのレギュレート・レクチュファイアに、実験用の配線を施してエンジンを始動した。周囲を真っ白にしたと同時にわたしのアタマの中もまっしろになった。直流で約12ボルトがテスタの針で示されると思っていたのに、針がまったく振れない。
「師匠先生〜 どねしよ〜」(つまり、貫地谷しほりさんが、福井県小浜市界隈の方言風味で喋っているつもりで読んでねお願い)
C70が軽快にやってきて、わが屋の前で停まった。
自己弁護したいところながら、このとき何がどうなっていたかを残しておくことにしよう。
交流50ボルトのレンジでテスタを当てたつもりが、AC5Vのレンジだったこと。つまりセローのコイルは1V少々しか出力してくれていなかった。そのせいでレギュレート・レクチュファイアが作動できないから、直流も出てこなかった、ということが判明した。
師匠先生が原因を考察する。「もしかしてコイルがNGだったとか」
わたしも原因を考察する。「コイルとフライホイールの距離が開きすぎているとか」電気が発生する単純な仕組みは知らないわけではない。
情けない。とにかく情けない。
テスターの当て間違いも含めて、途方に暮れた。
電気はシロウトのわたしには目に見えない。だから苦手でもなんら問題無い、そんなかんじで居直っているままでバイクいじりをこのまま続けていてよいのか、自己批判をした。反省を繰り返した。
1983年には、国公立大学入試の一次試験は「共通一次」と呼ばれていた。その年の1月中旬に受験した共通一次テスト以来、わたしは電気に関するおおかたのことを忘れていた。家庭では料金さえ支払っていれば、AC100Vが湯水の如く提供されるものだし、屋外では発電機に燃料を入れたら発生する。車やW1には12Vのバッテリーが使われていて、電線の中に、ちいさなオッサンがいて頑張っている、そんな程度の知識・見解でも、今日生きるうえで、特に支障は無いと思っていた。
師匠先生の言っている言葉の意味からして、よくわからない。それは大問題だ。
わたしは師匠先生にアドバイスを請うた。授かったアイディアが、わたしのせいでだいなしになることは避けたい。
考えろ考えろ。 何が問題なのかさえわからないレベルからは、せめて脱却しよう。 考えろ考えろ考えろ。
いくら思案に暮れたところでやはりわたしには、電気は見えてこない。電気に対する考え方を改めよう。見えないのと見ようとしないのとでは、ずいぶん意味が違う。
わたしは、近所の図書館に向かった。
どのレベルから再学習を始めたらよいのか見当を付けるため、小学生向けのコーナーもさまよってみた。予想どおり、却って混乱した。
中学生高校生向けの入門書を何冊か捲るうち、わたしのなかの問題点が少し見えてきた。どうやら交流と直流の概念がよくわかってないことが、前提をおおきく揺るがしているみたいだ。
理科なんて久しぶりだよ、と一息入れたところ、脳みその内側に、シューベルトのピアノが蘇ってきていた。
魔王だ。中学の音楽の授業で習った。
坊や なぜ顔を隠すか
お父さん そこに見えないの
魔王がいる 怖いよ坊や それは狭霧(さぎり)じゃ
♪デデデ デデデデ グログロル ダッダッダ〜ン グログロダッダッダ〜
インパクトのあるピアノ伴奏に乗っかって、ゲーテのリリックが、一人何役かで歌われていることが印象深かった。それから、注釈の日本語訳を読んで思っていた。「いきなり魔王かよ」「オヤジ、見えてねえのかよ」
その音楽の授業から、さほど時間は経っていなかったと思う。
やはり学校で、英語の授業中に「魔王」を聞いた。
どのクラスにも、義務教育の授業に嫌気を感じていて、いかにして授業を妨害するか躍起になる生徒がひとりくらいいた。14歳にもなると、個性にもいろいろ花が咲く。わたしのいたクラスの、やんちゃな少年Nが、突然席から立ちあがって、独唱を始めた。
シューベルトの、魔王だ。
日本語訳を。一曲まるごと。
教師も、普段とちょっと違う、アカデミックな授業妨害に興じたのか、わたし達といっしょに笑い転げた。彼が教科書を手にしているのが珍しくて面白い、と思ったのかも知れない。音楽の本だったけれど。
ちょうど変声期の頃の声だから、不気味さを倍増させた。
だから、わたしは彼の歌声を忘れることができない。
♪坊や それは狭霧じゃ♪
電気は魔王なのかな。わたしには見えない。
数日後、セローのコイル施工ミス事件から立ち直るべく、わたしは師匠先生に尋ねた。
ノーマルではそれぞれが6ボルトで別の回路になっているところの充電コイルとヘッドライトコイルを直列につないだら、12ボルトになりませんか、と。
直流だったら12ボルトになりそうだと直感でわかることが、交流となったらいったいどうなってしまうのかよくわかっていないわたしにとっては、とっても恐ろしい質問を投げたもんだと記述しながら打ち震える。
「理屈の上では12になる」師匠先生は答えた。「部品取りのエンジンが複数個あるんだったら、という前提で充電用のコイルをふたつ直列に、あるいはヘッドライト用のコイルを直列に接続することは良いアイディアかも知れない」
ヘッドライト用のコイルの巻線は、充電用のものと比べて少し太くて、抵抗値の面からも優れていそうだ、ということでヘッドライト用のコイルを直列に配線しようと試みたが、ある理由から断念することにした。その理由がわかる人や既にご存知の人がいらっしゃったなら、わたしは尊敬します。ご一報くだされば、わたしからも労いの言葉をかけさせていただくことも可能か、と思います。
ある日の深夜。妻子が寝静まったのを見計らって、はんだ小手をコンセントに差し込んだ。ふたつの充電コイルの両端から出ている、桃と黄の線を確認した。直列に配線してはんだ付けした。それから絶縁被覆でカバーして、作業を終える。
純正ハーネスは、白に黄線、つまりヘッドライト用の電線を殺しただけの改造で済んだ。一応末端を絶縁した。
そろそろ蚊が気になる季節になった。
夏の戸外レストア作業は、蚊との戦いでもある。
蚊取り線香のニオイがあまり好きではないのと、ケムリとニオイの割りには、さほど効果を感じないので、近頃は金鳥カトリスを使うようにしている。
それ以来ずっと不戦勝が続いているように思う。
羽音が聞こえないことはないけれども、刺されて痒いと感じることがない。
どうやら結界をうまく張ることができているのだ。もしかして、ものすごい毒が撒布されていたりなんかするのかも知れない。
蚊にとってはカトリスが、目に見えない魔王だったりして。
本来は6Vを発電するコイルをふたつ、直列に接続してある。その両端からは黄色と桃色の線が出てきている。それぞれをテスタに接続して、今度こそ間違いなくAC50Vのレンジにあることを確認した。
エンジンからプラグを外したままで空キックした。テスタの針は、13Vあたりを一度示してから元に戻った。交流の適正な出力をついに確認した。
レギュレート・レクチュファイアは、CB250RSのものを使う。これは以前に一度、師匠先生に、書類付のCB250RSフレームなどといっしょに差し上げたものだったが、今回縁あっての里帰りとなった。
このレギュレート・レクチュファイアからは、茶赤黒がそれぞれ一本、それから白が三本でている。
おそらくは、こうだろうというアドバイス。
「茶は使わない 白はそのうちの二本を使え」
その黄と桃をレギュレート・レクチュファイアの白に繋げた。
レギュレート・レクチュファイアから出ている赤線をテスタのプラスに。黒をテスタのマイナスに。
エンジン空キック。
わお。
直流の50Vレンジで12〜3ボルトあたりまで針が動いた。
理論が実践に昇華した瞬間である。
ようやく電気が見え始めてきた、かな。
Mein Sohn, was birgst du so bang dein Gesicht?
Siehst, Vater, du den Erlkönig nicht?
den Erlkönig mit Kron und Schweif?
Mein Sohn, es ist ein Nebelstreif
魔王 / シューベルト&ゲーテ