−第5章 1節  Blowin' In The Wind−

Jun 03,2008

2007年 秋 某日

ある夜にナオキ君が、ひょっこりとウチにやってきた。わたしら夫婦の仲人さんの息子さんだ。ちなみに彼は、ハワイ大王夫妻とも一面識ある。

ナオキ君はウチに来るなり、いきなり本題に入った。

「普通自動二輪免許を取りました〜」

はて、異なことを。普通自動二輪免許とはなんだろう?

彼に詰問した。どうやらわれわれの世代では<自二は中型に限る>と余分な一筆がある自動二輪免許のことのようだ。「齢三十にして、突如一念発起したのですワ」と本人談。彼女がいないってわけでもない、独身自由人は続けた。

「DT-1買おうと思っとるんですけど、どう思いますか??」

「なんでまた?どうして??」わたしは尋ね返した。どうしてもアレじゃないとダメだって言うなら、アドバイスなんて何の意味もないってことは分かった上での行動だ。

「アップマフラーが良いんです」ナオキ君は答えた。

もしも、選択の理由が本当にたったそれだけのことだったなら、ほかにも選択肢はあるだろうにとわたしは思った。

「あんまり古りいオートバイが、マイ・ファーストじゃゆうのは、えろぅ良えことにゃあならんと思うで。銭ぅドブにほぉるような目に遭うたりするかもしれんし、せぇから2サイクルじゃし、やっちもねえことになるでぇ」

流暢な岡山弁で意見し、そのアドバイスの一環として、わたしは彼にモーターマガジン社刊の金ブックを手渡した。

その本から1974年あたりのホンダのページを探して指差した。

「DT-1じゃないけど、エルシノアならウチに在庫がある」

何日かしてナオキ君が金ブックを返却しに来た。それからぜひ一度エルシノアの実車を見せて欲しいと彼は言った。エルシノアは条件が整えば海中に隠れるガレージに格納してあるから、また時間の都合を合わせて明るい時刻に立ち寄ってくれ、ということにした。

実車を見たとき、彼はすぐに売って欲しいと言った。なるほど逞しい人ならこうしたときに商売につなげたりしていくのだろう。わたしと彼とは古い古い友達。貸与してあげよう。(ときどき強引に返してもらって乗り回そう、と同意)

「売ってやることはできない。でも乗りたきゃ乗っていてくれ。そして飽きたら返しておくれ」

実働するエルシノアの中古車相場がいったいどれくらいのものなのか、わたしは知らない。わたしと彼の間柄で金銭トラブルの原因になってしまうのも困る。だから車両の無償貸与というのは、良いアイディアだと思う。

きちんと整備してから渡す。でもその出来上がりがいったいいつになるのか見当がつかないから、それほどの催促はしてくれるな。タイヤとドライブ・チェインは新品にして乗れ。バッテリーは買え・・・・。貸与の前提条件など、いろいろとアバウトな約束を交わした。

彼と別れてから、わたしは腕組みをして少し思案に耽った。

わたしが一度組んだオートバイだから、もうひとつ信用できない。なにしろ、ドライブ・チェインとステップを組みつけていないのだ。つまりフレームを入れ替えて以来、一度も実走していないオートバイなんだから。

2001年の秋口のことなんて、ろくに憶えているものか、先週いや昨日のことだってかなり怪しい。記憶の正確さについて自信など無いよ。

ただ、間違いないことがある。キックスターターを蹴りこんで、ゴンゴンゴゴンとエンジンは始動してくれたけど、スロットル操作をしていないのに回転が跳ねあがった。あたりに漂う赤オイルの白煙のなかでキャブやら電装を一度きちんとチェックしないといけない、そんなことを思ったはずだ。その直後いろいろな成り行きがあってエルシノアから手を離さざるを得なくなったのだ。

How many roads must a man walk down
Before you call him a man ?

今回ナオキくんが、わたしのココロの起爆剤になってくれた。おかげで重い腰を上げることことができた。来る「リスタート」にあたって、何か参考になりそうなサイトはないかとウエブを彷徨うことにした。情報は少しでも多いほうがよい。

エルシノアの型式名はMT250だ。キーワードを「MT250」で検索してみる。むう、どうやらヤンマー社にはMT250という名前の管理機(小型耕耘機)が存在していたことを知ってしまった。それは「W650」でググッて、奥行きが65cmの業務用タコヤキ器がヒットするのと同じだ。それは「W3」で手塚先生の名作がヒットするのと同じだ。

ざざっとTOP50くらいを拝見してみて、時間は経ったけれどそれほどエルシノアを取り巻く世の中は変わっていないことを感じた。やはり参考になるのは拙サイト進行性ダブル病のオンエニイ仙台なのか・・・。なんて手前味噌なんだろう。さながら、自分の血液を保存しておいて、試合直前に自分の体に戻しす血液ドーピングみたいだ。

ひとり笑い転げるわたし。

The answer my friend is blowin' in the wind
The answer is blowin' in the wind

ムー大陸式の共同貸しガレージは、今日の潮位と気圧配置だったら海中にあるはずもないだろう、とトラックを借りてきた。エルシノアを作りこむためのスペースを作るため、一時的にシルクロード他2台をわが家からガレージに運び込み、エルシノアを連れて戻るという壮大な計画を実行に移すことにしよう。

ステアリング・ウイールを握ってクラッチを踏み込み、ギアを2速に入れてアクセルぺダルを踏みクラッチを巧みに操作する・・・と、イスズ・エルフはガレージに向けて走り始めた。中古オートバイ買います業者に見えてしまうきらいがあるのは、致し方ないというところだ。

そのせいだろう、おじさんが釣れてしまった。「エルフの荷台を見て、すれ違いざまUターンして後ろをついてきた」とご本人はおっしゃる。ベンリイとオートペットを見て、何かを感じたのかも知れない。例えば、荷台の中に趣味に合うものがあったら買い叩くつもりだったとか。

わたしとしては、すこしでも早くガレージのなかにあるエルシノアを引っ張り出して、シルクロードとベンリイとオートペットを格納したい、その後ですみやかにトラックを返却したいところだったのに、そのおじさんがいろいろと話しかけてきたので、トラックから三台を降ろすところまでやったところで、作業は中断した。

わたしが業者でないことを理解してもらうのに時間を費やし、おじさん所有のバイク自慢談義に時間を費やし・・・。

わたしが作業の手を止めているのは、今日はじめて会ったばかりの人がそこにいるからであって、単に話し好きというわけじゃないんだ。共同ガレージだから、わたしの所有物じゃないモノだってたくさんと押し込まれている。けっして他人に見せたいものなんかじゃないし、ある意味ゴミみたいなものでいっぱいで恥ずかしいし。しかしそのゴミに価値を見出すことのできる人にとっては宝に見えてしまうかも知れないわけで、なにか事故があっては、お互いの幸せに影を落とすことにもなりかねないわけでなかなか油断ならない。ご用心ご用心。

そんなことをイラっとしながら考えていた。

どうやらどうしてもガレージの中を眺めてみたいと思っているおじさんは、わたしが単に手を休めていると信じているのか、こうして放っているところの様々なイヤミには、確信犯的に気付いてくれないみたいで、とうとう我慢も限界を超えてしまった。

「迷惑なんですよ。バイク好きがみんな良いヒトだなんて、ボクはそんなこと決して思ってもいませんから。ひどいもんですよ、実際。わたしのことで恐縮ですけど、友達の友達の友達を、友達のところに連れて行くときだって、わたしはあらかじめお伺いをしてから連れて行くようにしています・・・以下省略」

感情にまかせてしまった。わたしも加齢で短気になってしまったようだ。

近頃だと友達の友達でも危険らしいと言う。ニッポンの法務大臣による「友達の友達がアルカイダだ」発言は、記憶にまだ新しい。

本来ならまったく使う必要のないエネルギーを消費して、ようやくお引取りいただくことに成功した。おじさんの感情を読み取ったり記述したりすることは避ける。

エルシノアは、ウチの庭に降ろされた。

車両ぜんたいをエアブロウしてホコリを吹き飛ばし、目に付く限りのメッキパーツにCRC5-56を吹きかけて、作業スペースに安置した。いつだったかPA屋社長の坂本君がプレゼントしてくれた、レーシングスタンドを使った。後輪のアクセルシャフトの両端でリフトさせるやつだ。エルシノアはサイドスタンドしかないし、しかもなんとも貧弱。がっちり正立させていないと作業性は低くなるからとても助かる。

それからシートカバーを被せた。

次回のわたしの気が向く瞬間までのエルシノアの塩漬けの一丁上がりである。

と、ここまでが去年。2007年の11月ごろのことだった。

2008年3月某日

気温が緩み始め、黄砂がエルシノアのカバーに積もりだした頃になってようやくわたしは中身が気になり始めた。

「雪山の季節もあと一週間で終わりにします」そんな感じでナオキ君がやんわりとチャージしてきたせいもある。

ちっちっち。しょうがねえなあ。

確かコレだったよな、と鍵をしまってある箱の中からキリンのキーホルダが付いた片面キーを取り出してきた。シートのロックに差し込んでみる。よかった、この鍵であっている。フュエルタンクとオイルタンクを取り外してからエアクリーナボックスを取りはずした。さあて、キャブレターの掃除をはじめよう。

あれ?この構造についてまったく記憶がない。

フロートケースを開けてからそれは確信に代わった。中身を見た記憶がないのだ。失念したわけでは決してない。見たことのない構造の部品がメインジェットにくっついてあるから間違いない。つまり前に組んだとき、キャブのメンテナンスをしないままでエンジンを始動させようとした、ってことだ。情けないなあ。それからわたしが見たことが無いと言い張っている部品だって、じつはポピュラーなものなのかも知れないからビッグマウスは抑えておきたい。

いつもながら思うことだが、ガソリンが腐った物質ってものは刺激的な臭いがする。

師匠先生から貰ったスペシャルツール(拙サイトコラム「メイン・カルマ/ティラーもう一台」参照)とキャブクリーナを駆使しながら分解と掃除を進める。

スラッジとケミカルが混じった臭いで、なんだか酔ってきた。ラリホー

楽しいぞー。

しつこい汚れにはキャブクリーナをスプレーする。インスタント・コーヒーの空き瓶を用意して、分解したキャブのパーツを入れる。瓶の口をビニル袋で押さえてから蓋をした。いくらかは揮発を抑えることができるのではなかろうか。いずれにしても今日の作業にはならない。

フュエルタンクの内部の状態も、怪しい。

ガソリンを少しだけ注いでから、ステンレスのナットを何十個か放り込んだ。縦横に揺すってガラガラと汚れを掻き落としたい。んー。この作業、ナオキくんに手伝ってもらおうか。面倒だし。

火花はどうだったっけ?

プラグをシリンダヘッドから外してアースした。スタータを踏むと見事なスパークを見ることができた。こりゃあハナシが早いかもしれない。

2008年4月

ある休日に、キャブを組み立てた。エアクリーナボックスとオイルタンクも車体に取り付けた。オイルがエンジンに送られていることを確認した。

テスト用のフュエルタンクを支度した。「メイン・カルマ/ぼくはトラクターが大好き」で部品取りにした小型耕運機から不要になった樹脂製の燃料タンクだ。テスト用タンクをキャブにつないで、燃料を注いだ。燃料は50:1でオイルを混ぜたものを使った。あくまで始動するかどうかのテストだ。いきなり焼き付かせてはなんにもならない。

イグニッション・キーをオンにしてチョークを引いた。スタータをキックする。

一発で始動した。スロットルは効いている。チョークも効いている。

嬉しい。

あたりは真っ白だけど嬉しい。

ああ、この作業を四月上旬に終えておいてよかったなあと思った。近隣のお宅の窓は、この時期だとたいてい閉められているから。

わたしだって住民トラブルは怖い。正義はどこにあるのかわたしにはわからない。みんな正しい。きっと正しい。そんな妄想をしながらエンジンを停めようと思った。

イグニッション・キーをオフにした。

あれ?エンジンは動いている。

キルスイッチをオフにした。

あれ?エンジンは動いている。

ギアを入れて、無理に止めるか?いやいやドライブ・チェインが無いから有効ではない。

仕方ない。プラグキャップを引き抜こう。

ビリビリが怖い。でも住民トラブルはもっと怖い。

エンジンは止まった。

そして課題が残った。あたかも正しく接続されているように見えるハーネスに、何か問題があるらしい、ということだ。悲しいことに、わたしは電気は苦手だ。

やるだけのことをしたら師匠先生に助言を願おう、と勝手に決めた。電気については、バッテリーレス化だとか12V化とか、試したいことはたくさんある。もちろんわたしひとりでは到底無理だ。ジブンのことは、そろそろよくわかる分別になってきた。

それに、もうちょっと白煙も押さえたい。ナオキくんのお母さんのしかめっ面を想像しながら、そんなことも思った。どうしよう。

ああでもないこうでもないと工具を握って考えて作業するのもきっと、オートバイに乗るのと同じ感覚だってこと、近頃そんなことを感じる。♪The answer is blowin' in the wind♪

そして、季節は春から夏へ。エルシノアの”初心者ライダーに優しい”オートバイ化は、静かに進んでいる。

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