−第4章 5節 Clazy Boldhead−

Feb 24,2002
修正: May 20,2006

2002年02月24日

今年に入ってすぐの頃です。わたしはエアクリーナ・エレメントを購入しようと思いました。

例の病気で、月に一度通っている病院から程近い場所に、ホンダの部品販売会社が所在することは、10年くらい前にお世話になったことがあって知っていました。おそらく取り寄せになるだろうから代金の先払いをしておいて、翌月の通院時にでも引き取って帰ろう、と計画しました。

たしかこのあたりだったよなあと、記憶を頼りにTB2に乗って迷うこと10分。周囲のどこにも、部品販売会社の看板は見当たりませんでした。

「おかしいなあ。」

近くにあった公衆電話に置いてある電話帳をメクり、お目当ての会社の電話番号を探り当て、電話してみました。

するとガイダンス音声が流れ始めてきました。わたしが電話番号を掛け間違ったわけではありません。それによると「物流の統廃合に伴って、支店は閉鎖されました。つきましては ドコドコに電話を おかけなおしくだされ・・・」

キィ〜!

部品調達は、別の手段を考えないとならなくなりました。

計画通りコトが運ばないと、存外ムカつくものです。


ナンバー登録しようと思いました。

EJのユーザ車検で陸運局に行ったついでに、エルシノアのナンバーを申請しようとしました。

窓口で手続きしようとすると、自賠責保険に加入してからでないと申請は認められないということを、教えてもらいました。

きぃ〜!

このときは、余分な持ち合わせおよび小遣い残高が、自賠責1年分くらいしか無かったので、当日の申請は断念することにしました。どうせなら、ものすごく割安感のある5年分を申請しておきたいものです。


キミキミ。乗りたいという気持ちはあるのかね〜?と、突っ込まれ放題の状況になってしまっておりますが、このダブルパンチ(死語)で、すっかり気分がノらなくなったのは、事実です。やれやれ。

気分を換えるために、Kさん号のレストアについて、すこしづつ進めることにしてみようと決めました。ですが、オートバイには、まだまだ直接触りません。


宝の持ち腐れ「アドビ・イラストレータ(WIN)」を起動して、四十の手習い(四捨五入)の開始です。

どのくらい、これの習得について、無為な時間を費やしてしまったものでしょうか・・・・・それは、もはや計測不能です。

ずいぶん前にも、なんとかマスターしようと立ち上げては、ベジエ曲線が思い通りに曲がってくれないことにハラを立て、すぐに終了してしまうということを何度繰り返したことでしょう。

いったい何度、こんどこそ!と一念発起したことでしょう。

何度涙で枕を濡らしたことでしょう。

ここで・・・・

プロのデザイナーを生業にされているハワイ大王さまよりのアドバイス

「書いて描いて、画きまくることれす」

そして、見事な作品を創造し続けているDeeeep工房のアクビさんよりのアドバイス

「ベジェ曲線はですね〜、いじってたらある日突然使えるようになるのです。 自転車の補助輪がなんとなく地面に付かずに走れた!みたいな感じです。 んでもってもっといじってたらウイリーもできるようになります。」

わたしは、お二人のアドバイスに従って、書きまくってみました。

ですがやっぱし、うまく使うことができなくて、半分泣いていました。それはダブワン啓蒙系ウェブサイトであるところの進行性ダブル病のコンテンツに、自己啓発コラム「さっきまで詳しかった人」という決意表明のページまで作成したうえで、貴重なアドバイスを実らせることができない悔しさと、自己啓発さえできないくせにヒトに啓蒙なんてできっこないよなあという反省からの涙でした。

でも、お二人にアドバイスしてもらったことが実行できなかったからといって、また別の人に訊いてみようという安易な気持ちには、さすがに至りませんでした。われながら人間的に成長したものです。ここで踏みこたえて、あともう少しだけ頑張ってみようと決意しました。

わたしはマウスから手を離して、これまでの人生の中で、ショボいながらも壁を越えてきた、いくつかの出来事について、逡巡してみました。

ギターのチューニングが出来るようになった最初の瞬間やら、ドラムセットを前にして、ひたすらダブル・ストロークを繰り返したときのこと。それから、トライアルでのグリップを得るライン取りの練習とフローティングターン・ジャックナイフターンの練習のこと・・・

いろいろと、記憶の底からよみがえってきたものは、わたしにとって、新鮮でした。

そういえば、そのどれもが、初めのうちは、ただ闇雲にデタラメにやっていたものでした。そしてわたしは、このときの壁を乗り越えた共通点に気付くことができました。

それは、音叉・メトロノーム・セクションマーカーでした。やはり基準を設定して、この身に叩き込むことが、いちばん重要だったのです。そして感性に乏しくかつドン臭いわたしにあっては、この基準をベースにした地道な練習以外には、上達の道は無かったのだということを思い出しました。

ベジエ曲線を使いたい目的は何だったのかというのを、わたしはすっかり見失っていましたが、ここでいきなりデジカメを取り出したわたしは、エルシノ庵に向かい、タンクを横方向から記録した画像を何枚も何枚も撮影してきました。

お手本は、エルシノアのタンク・ロゴに決めました。

ベジエ曲線を使いこなしたい第一の目的は、タンク・ロゴを再生させるマスキングを作るというものでしたから、練習には絶好でした。どうしてこれに気付かないままで、ただ単に新規ファイルの上で線を書いては、うまく曲がらんなあ〜と唸っていたのか、今では全く説明がつきませんけど、本当にコレは盲点でした・・・・・。


そして、その瞬間が、ついにわたしのところにも、やってきました。それは、わたしの勘違いと勝手な思い込みを捨てたとき、訪れました。

ウイリーが腕で引っ張るのではなくて、腰は引き腕は押すのであるのが判った瞬間と似ていました。ボーゲンとは、板をひたすらハの字にすることで速度を制御するものではないというのを理解した瞬間にも似ていました。

とうとうベジエ曲線が、イメージする方向に曲がり始めました。まだまだ、思いのままというレベルではありませんが、こうしたいときにはこうすれば、こうなるってのが、見えてきました。

むろんそれについて、上級者でも中級者でもないわたしですが、ウイリーも、ボーゲンからパラレルターンへの移行も、ダブルストロークとシングルストロークを組み合わせるルーディメントについても、一応は別の人に、きちんと理論付けて説明することくらいは、出来ます。(これ以上クドい説明は避けたいので、ここには書きませんが)

ああ、ダブリュワンのレストレーションとウドンも、わたしは説明できますね(クドイ〜)

いつかは、ベジエ曲線も理論付けて自分の言葉でお話できるレベルくらいには、到達したいもんだなと思いながら、ハナウタも混じる余裕が出てきました・・・

♪ イロハのイの字は ど〜かくのっ?

♪ あ こ〜して こうして こ〜書くの!


ニッポンのトラディショナルなフォークソング「尻芸」より。きっと著作権はフリーでしょう。もしメロディをご存知ないときには、お父さんに聞いてみてくだされ。

まず、習作をひとつ仕上げることに没頭してみました。

どヘタクソな作品にあっても、こうして発表の場があることに感謝しつつ、ハジを忍んで叩かれることにしましょう。

ええ、いつの日にか、マスキングの本番に耐えうるクオリティに至ることができるならば、それでいいんですよ。


さて話題は大きく変わります。

先日のことですが。アクビさんご所有のヴィデオ「ON ANY SUNDAY(監)」が、ICBMの弾頭にセットされて、大阪の枚方市から東京の大森界隈に着弾しました。そこでの大爆発の後、rastamanさんの手によって再び発射されたV2(古)は、大阪を通り越して、岡山県南部の我が家に襲いかかってきました。

全編が字幕無しの洋画を観たのは、わたしには初めての経験でしたが、その気になって見ていたら、なんとなく理解できるもんですねぇ。自分でもビックリしました。

ま、バイクレースを楽しみましょうってお話しが、エキゾーストノートと共に展開されるものですから、なんとなしに内容がわかっちゃうという点では、洋物エロ映・・・・いてててて。

ボブ阪奈さんとキング・ケニーと船橋オートレース、そして救難信号がわりのガソリンを引火させてのオートバイ炎上・・・・

しびれるぜ! ON ANY SUNDAY

あー もうすぐ、毎日が日曜日かぁ・・・・・・・

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進行性W病 www.w1-3.com 1999-2008
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