夏が近づいてきました。
ということは、亡父の墓周辺の草刈りをせねばなるまい・・・・・。そうした義務感に駆られたわたしは、思わず妻に言いました。
「赤オイル買ってきておくれ〜。」
本来なら25:1くらいの混合比を、メスシリンダとジョッキを使って作ればよいのでしょうが、めんどくさかったので悪怖狼頭くんよろしく、じつに適当に、ガソリンを注入してあるタンクの上から赤オイルをブチこみ、適当にシェイクしてみました。
やがて始動した草刈り払い機のマフラーからは、もくもくもくと白い煙が・・・・
妻:「おっさんおっさん、さっきから見てたら、どう見ても混合比は、15:1くらいなんやけど・・・・。」
わたし:「け、ケムリ、よーさん出てますやろ〜(アフロくん風味♪)」
一度エンジンを停止させてから、TB2号にブチ込みました。そしてバーゲン500円で購入した作業用ツナギを纏ったわたしは、クマデの準備をした妻と共に出撃です。
オヤジのトコがキレイになったついでに、妻の実家にそのまま乱入。(正確には、父の墓掃除にはちょっと邪魔になる娘をあずけてあったのを迎えに行った、と表現するのが妥当か。)
今度はここでも、大草刈大会〜!
ヒト仕事を終え、軍手を脱いだ手には、冷たい缶ビールが、それからさっきまでの脈動が残っていました。
(わたしの病気のコトを知っているヒトに連絡♪「そりゃ典型症状じゃ」とは言わんとってね〜)
この腕の中で、ツーサイクルが概ね三時間以上も回っていたなんてのは、10年振りのことでした。
草いきれとともに、夏がやってきました
え〜、唐突ですが、「'89RM125たぶん不動」を、ある筋から例によってタダで貰ってきちゃいましたが、ご存知!保全命令の監視下にあっては、エンジンが始動するかどうかを確認するまでもなく、このRMは不動車であると断定しました
ええ、ですからこれは部品のカタマリなのです
そそくさと、インチキ工房に運び入れまして、スパナ・ボックス・ハンマーにドライバー、いろいろな工具を適当に使う、猟奇ショーの始まりはじまりです。バラバラにしてしまうなら、車両調達の保全は適用されない筈です。しかも!しかもですよ、前後ホイールはシルバーアルマイトです!
前後ブレーキのディスクロータの厚みもちゃんとしているし、波打ってもいません
フュエルタンクは、一応市販レーサーだけあってポリタンクですから、セッティング専用タンクに使えそうです
キャブレターも、なんかややこしそうなの(TM式)が付いていました。
うおおお〜、、これは楽しい!
Deeeepな「は〜さんとふつうのカップルズ」と、いつか一緒に林道ツーリングするための車両の準備ができそうです。
コンセプトは、エルシノアの足回りを、適当に交換するだけなのですけれど、まあ、小さな問題点を挙げるなら
ぐらいでしょうか(簡単に書くけど)。
もしもフレームを切った貼ったするならば、ステップ位置の変更はおろか、フルフロータ式モノショックを固定するステーも追加できるでしょうし、全体の強化加工も可能かと思われます・・・・。
いやいや、切り貼りしないで仕上げるのも、ひとつの方法というか美学ですよね。ツインショックこそ、70年代トレールの象徴ですし!
ただ、あれこれ悩むわたしの意を汲んでいるのか、ご存知のとおり書類付きのほうにフレームには、断裂を修理した溶接処理があります。溶接修理したフレームが、どれほどの強度を持っているのか、わたしにはわかりませんけど、本来の設計上理論値からは乖離しているくらいの想像はできます
さて、部品の集合体RMからリアスイングアームをかっ剥ごうとしたときのことです。
どーやっても、スイングアームとフレームとエンジンを貫通するシャフトが、抜けないのです。ネジ山が潰れるのを覚悟して、ハンマーで叩いてみたところで、ビクともしません。完全に固着しているようなのです。
こんなときには、グリスニップルを取り外して、そこから潤滑剤をスプレーするのが常道だと、ニップルを探しました
が、さすがはコンペティション・マッスィーンだけあって、走るごとにシャフトを抜いてグリスアップしろ、ということなのでしょうか、グリスニップルがどこにも見当たりません。
ムダな抵抗かとは感じつつ、シャフトに潤滑剤をスプレーしてみました。
しばらくすると一応、シャフトはシブく回転してくれるようになりましたが、あいかわらず抜けるような気配はありません
これは弱りました。
最悪は、エンジン腰下を破壊しないと、スイングアームを取り外すことができないのかも知れません
もういちどスプレーしてからこの作業を諦め、今度はフロントサスの分解に取り掛かることにしました
こちらのほうは、どうってことのないイージーな作業です。
エルシノアフレームに、このRMのフロントまわりの取り付けを試みましたが、軸受けの形式もサイズも全然違うタイプだったので、ちょっとあわせてみただけに留めました。当然RMでは、ボール&レースではなくてテーパーローラーベアリングでした
フロントフォークは猛々しさを醸しました。
ノーマルスイングアームとノーマルリアサスを仮付けしたところで、跨ってみました。
あきまへんー。
いわゆるステレオタイプなチョッパ〜では、ダートなんてきっと走れません。やっぱしフロントをそうするのなら、リアも相応しいものにしなくてはダメでしょう
つまり、リアスイングアームをフルフロータにするとか・・・・・。
残念なことに、スイングアームシャフトは、まだまだ抜けてくれそうにありません。
ここで、ちょっと気分転換しようということにしました。
くわえタバコで、Kさんのエルシノアを、ジ〜ッと観察しているうちに、トホホなことを発見!
エルシノアのドライブスプロケットは、スイングアームシャフトに対して、ものすごく前に位置していたのでした、、現代のモノ、つまりリアサスの稼動領域を大きくとるために、スイングアームとドライブスプロケットを近接させる構造とは、かなりかけはなれています。
要は、ノーマルのリアサスを長いものに変更したとしたら、いきなりチェーンがスイングアームピボットに干渉して、そこを削ってしまうことになるのです。
だめだこりゃ〜。足長化は、やはり不可能ですわー。
ジブンのアタマをフルに使って得たアイディアが実現不能になったときの落胆は、おおきいものですね。
だが待てよ!
わたしはタバコを揉み消して、やおらノギスを手に携え、エルシノアのノーマルフロントサス、シルクのフロントサス、クラブマン付オイルクーラただしオイルクーラーなしのフロントサス、つごう3種類のインナーチューブ直径を測定することにしてみました。
今度は、せめてブレーキだけでも強化できないかという愚考について、検証の開始なのです。
うーん
エルシノア:35パイ、シルクロード&クラブマン:33パイ
この測定結果に、わたしはアタマを抱えました。むりやりコンバートしたところで、フロントフォークは細くなりますから、強度的に良い効果が得られるかどうか疑問ですよね。
ただよく考えると、本気走りをしないならOKかも知れないし、またあるいは、バイアルス・イーハトーブなんかもっと細かったけれど、スタビライザを付けたらグニャグニャ感は収まったよなあ、という18歳のころの記憶を掘り起こしました。
ここで、わたしの方針は明確になったのです。
強度・剛性は、ある程度妥協する=このくらいで堪忍しといたることにしました。
さて、シルクロードとクラブマンのフロントサスペンションですが、インナーチューブについては、シルクのほうが数センチ長く、アウターについてはブレーキ構造の違いから、クラブマンのほうにキャリパを固定する穴があります。
わたくし今度は、クラブマンとRMのフロントホイールハブに着眼しました
というよりも、それぞれの車体から前輪を取り外している際に、よく似ているハブだなぁ、と思ってたりしていた経緯がありましたが、比較してみると、相違点は2つ、色とスピードメータ・カウンタの有無、という、たったそれだけでした。
実際に使用することを考えるなら、RMのハブにカウンタを取り付けるということでOKでしょう。
ということは、ボトムケースがクラブマンで、インナーチューブがシルクロードという構成なら、ちょっと長めのサスに、前ブレーキをディスク化できそうです。
リアスイングアームはノーマルを組んで、ホイルはRM、ブレーキもRMという状態を仮に作ってみました。
クラブマンのリアサスは、角断面風味でカッコいいし、程良い長さでしたが、いざリアホイルを組んだとき、ノビータイヤならば溶接部分に干渉してホイルが回らないことを発見したので、検討候補から外しました。
もしかすると、シルクのものを使うかも知れませんし、そうなると、多少リアサスの霊ダウンを検討するかもしれませんが、まあいずれにせよ、トルクロッドでキャリパを固定するだけですから、リアブレーキについてはそれほど深く考えないことにしました。
ここでは、チェーンラインのオフセット量変化のほうがよっぽど気になるところですが、こちらのほうは、だいたいゼロでした。正確に測定するなら数ミリのズレがあるでしょうけど、年代の違いこそあれ、レギュレーションで定められた幅のノビータイヤを履くオフ車同士では、それは当然のことなんでしょう。
では、しっかり考えないといけないことを、ふたつ。
・ステップ変更
1974エルシノアのステップは、いちおう可倒式ですが、分厚いステップゴムがシャフトに刺さっているような格好です。ブーツを履いたらきっと滑って、足がステップから離れる危険があるのはあきらかなので、いわゆる現代のモノに変更したいと思います。
できれば、もう10cmくらい後ろに位置を変更して、現代オフ車のポジションを作りたいものなのですが、W3改造のトラウマが、おおきくわたしを引きずっていますので、ノーマル位置で堪忍しといたることにしました。
・リアブレーキペダル関係の変更
エルシノアのリアブレーキは、ワイヤー引きです。ちょうどKA-1みたいですね。
踏みこむと、支点を軸にして「引く動作」でワイヤを動作させるのが、ノーマルの仕様ですが、リンクなりを追加して「押す動作」に変換しないと、マスタシリンダを動かせないことになります。
また、リザーバタンクをマウントさせないといけませんので、ここいらを何とかするため「貼る」あるいはボルトオンする工夫が必要となりました。
コレが決定した段階で、このまっかっかフレームを、黒くリフィニッシュするつもりですが、自家塗装となりますと、いろいろめんどくさいことが多いものです。
ということで、エルシノア2台分のフレームと、W1Fが1台の、つごう3組をまとめて同時に作業しようという計画だけはしております。
一週間が経過しました。
わたしは、お仕事で東京に出かけました。
昼間のシゴトが二日続きましたが、夜はわたしの自由な時間でした。
上野はマルイ横のハンバーガーショップではJoh君とお茶を飲んだり、ペイさんの職場でイチゴのタルトを食わせてもらったり、そしてなんとあろうことか、ペイさんのオゴリで、rastamanさんとわたしとは横浜チャイナタウンで生ビールの伝票が正正正正正正正・・・・・・・、というような、すばらしい時間を過ごさせてもらうというスバラシイ東京出張でした。
自宅に戻った翌日の日曜日は、翌週の計画の準備に充てることにしました
来週の予定は
・土曜の昼間=せとうちW倶楽部ミーティング
・土曜の夕方〜日曜日=岡山県北ライフルマン別荘にて宴会および裏山ダート走り放題
妻にW3を乗らせて、わたしと娘はエルシノアを積載したTB2で追っかけて「せとうち」に行き、現場でW3もバイク載せをして、一路岡山県北に向かおうという計画だけが立案されました。
そこでわたしは書類無しエルシノアを、自宅裏の物置から引っ張り出して来て、ガソソソを注入。
キック10発後には、周囲はまっしろ!、赤オイルおそるべし・・・・・。
そのまま、9丁目チャイナタウンを駆け抜けて、しんえもんさんちの前を通ってから、あともう2回右折して、スタート地点の自宅に到着しました。
やはりあたりは、しろくたなびきたっていましたが、思っていたのよりはイイ走りをしてくれたことに感激しました。どっぷりとOHVに漬かっていたわたしでしたが、久しぶりに味わう2ストロークの脈動に、懐かしさを憶えながらわたしは覚悟を決めました。