悪いねえ、お若いの

このサイトのなかで、わたしが渾身の力を込めて捻り出したギャグやキャッチーなネタが、さらりと読み飛ばされていることに気付いたのは「2000年5月のGWオフ会」の時だった。

Yuzuru君が言った。

「へぇ〜。短距離ライダー・・・ってえのも、駄洒落なんですか〜。わからなかった〜。」

無理もないか。自分の年齢とゲストさん若者たちの年齢の差について考慮するのを、すっかり忘れていた。それから、たいがいのライダーだったら、このネタについて、まず一般教養レベルで知っているもんだと勝手に思いこんでいた。拙サイトのコンテンツをご覧いただいて笑ってもらうためには、どうやら「57歳前後のライダー」という前提条件が必要になってくるみたいだ。

そりゃあ確かに、いくらオートバイが出てくるって言ったところで、もっとご年配向けの「軍隊モノ」などは、わたしらでもまず読んだりしていないもんなあ。きっとそれと同じことだよなあ。

というわけで、幅広い年齢のゲスト様をフォローしようと反省して、せめて各コラムのタイトルの元ネタについては明示することにしました。しょ〜もない駄洒落の解説を自分でやってしまうのは、けっこう恥ずかしいものがあるし、痛みを伴うわけですが、もうこの際だから居直ることにいたします。もちろん大きな問題が内在してしまいますが、それは内緒です。

彼のオートバイ、彼女の島 1977

なんとあの片岡義男さんが、うちのご近所にある白石島に、ヨットを操ってわざわざご自身が出向かれて取材したのだ、と昔はきっと白石小町と呼ばれたに違いない、天野のばあちゃんから聞いた時には、読後すでに10年近くが経過していた。なるほど道理で白石島のコーストラインだけでなくて裏路地に至るまでかなり精密な描写をしているわけだ。そういった点で、個人的に好印象の強い小説だ。

何が良いって 「ねえ わたしの島に来ない?」というフレーズには、特に強烈な印象があるのだ。それだけで、男は東京から岡山まで、KAWASAKI 650RS-W3で走って行ってしまっちゃう青春小説なのである。

それはまるで 「のお。わしの児島に来んか?」(岡山弁) とわたしに言われて、千葉と岡山を往復した「くらげさん」の姿がちょうどオーバーラップして、わたしにはつい思わず涙腺に熱いものを感じるのだ。


拙サイトの開設以来ずっと、この小説をメタファーにした小ネタ作りに没頭しているわたしがいるが、そのくらい「オイシイ」小説なのであると同時に、わたしが勝手に選ぶ片岡ランキングのトップ3でもある。

この文庫本は映画化の影響もあって、何度も重版されたようだ。だからいろいろな装丁の表紙を見ることができて、楽しい。原田貴和子さんが一人で写ったもの、わたせせいぞう氏のハートカクテルな絵・・・そういったのもかつて書店で手に取ったことがある。今度見つけたら即購入することだろう。

ちなみに・・・・・・

わが倉敷市には図書館が5つ存在していて、その蔵書を検索できるシステムがウェブ上に公開されている。わたしはある調べごとのついでに「片岡義男 and 彼のオートバイ、彼女の島」という条件で問い合わせてみた。

すると、わたしの居住地「児島」の図書館では

と、こんなふうになかなか面白いことになっていましたとさ。

彼のオートバイ、彼女の島2 (1986)

この作中で片岡さんは、小説で映画を表現できれば面白い、という旨を述べていた。もしかしたら、映画化された内容についてご自身は納得されかったのかも知れない、ということを勝手ながら推察することができる。

導入部で、わたしならこのように描く、というような手法論を展開なさっていたが、もしもあの映画が、同時上映の映画との力関係に敗れたり、10数分にわたるカット編集の末に上映されたりしなかったとしたら、この本は出版されていなかったかも知れない。

また、この本の物語の中心となるオートバイが、トライアンフT110に差し替えられているという点でも興味深いものがある。もしかして、片岡氏は 3台のWを売り払って「ワンテン」に乗り換えたのかな?と勝手に想像するのも また楽しいが、まったく大きなお世話である。

わたしが愛して止まない小説「彼のオートバイ、彼女の島」のほかにも数多くが発表されていて、そのなかに「オートバイの詩」シリーズというのがある。四季とオートバイをモチーフにしたものであるらしい。

春:長距離ライダーの憂鬱 1988

本文中にでてくる主人公とは別の女性ライダーのイメージが、わたしらの世代では故 堀ひろ子さんをイメージさせてくれますが、物語の中に描かれてあるオートバイは不明です。どんなに一生懸命読んでも、さっぱり見当がつきません。とほほ。

もしも看破することができた人は、そ〜っとわたしに教えてください。



夏:幸せは白いTシャツ 1983

プータローのおねえちゃんが、CB450に乗って旅する小説。

表紙・文中に挿入された写真のモデルは、かの三好礼子さん♪



秋:ときには星の下で眠る 1980

本文に挿入されている写真は、W1S-AにW3の緑タンクを載せた車両。読んだのがいつだったか思い出せない。内容もよく覚えてないなあ。

また、暇な時にでも読み直してみようと思うが、たしかW1S-AとTX650(XS1かも)とCB750が ターンパイクを走りまくるといった物語ではなかっただろうか・・・

(2001年4月15日 追記)

インフルエンザで倒れたとき、布団のなかで一気に読んでみました。あらためてよく考えてみたところ、作中にあるカワサキの650は、どうやらW3のようです。(断定)



冬:淋しさは河のよう  ???

これがほんまに存在している本なのかどうかは知らん!持ってないし読んだこともない。書店でも未発見だ。

じつに謎の小説である。もしかしたら文庫の帯に発刊予定とは書いたものの、企画倒れとなったか?!


ごく最近まで知らなかったが、片岡義男さんの角川文庫が絶版になってしまっている。個人的には残念に思う。図書館や古本屋などで手に入れるしか手段は残っていないのか。

今の時代背景で読んだとしても面白いかどうかは保証しかねるものもあるが、いつか再販の機会が巡って来て欲しい本もたくさんある、とわたしは思う。だからそのときのために、紹介を続けることにしよう(←偉そう)。

マーマレードの朝 (1979)

こげ茶色の顆粒をお湯に溶かしたものより、バッグ入りの紅茶が良い。

トーストにはマーマレード。

ピーナツバターや、プリザーブのストロベリーではだめ。

朝のトーストは、マーマレード。

一日のぜんたいが、金色で始まる。



おれのハートがNOと言う (1981)

いやだいやだってアイリーは言うよ

それならママだっていやだって言うわ・・・・



味噌汁は朝のブルース (1980)

一夫多妻制を認めない国でずっと育ったせいか、わたしは不倫だの二股だのってことが生理的に嫌いです。もちろんそんなもんはブルースでもなんでもありません。

ブルースってのは、自分ではどうしようもないこと、です。だからそこいらの整理整頓ができていないことをだらだらと綴ったこのお話は嫌いなのです。



アップル・サイダーと彼女 (1979)

片岡作品の中で一番お気に入り。もしもわたしが、たんにライダーじゃなくって、サーファーでもあるとしたら、そのランキングは変わるかも知れないけれど、ライダーのわたしにとっては、何度読んでも良い、素晴らしい短編集なのです。




さっきまで優しかった人 (1985)

知らないことでまんまるなのに 知ると欠けてしまうものがある



スローなブギにしてくれ (1976)

「彼女年増」と双璧を為す、オリジナル駄洒落となった。

近年、松井秀喜氏が出演するTVCFで、その駄洒落と酷似したコピーが出回った。



離婚しました (1991)

わたしには、死というものと同様に観念上ありえないことなもんで。



ターザンが教えてくれた (1982)

安易に「人生は野菜スープ」を使わないところが俺の腕前の見せどころさ。



ドライ・マティーニが口をきく (1983)

駄洒落の神様が、また降臨してきた。おれの腕が、またひとつ上がったねえ。



メイン・テーマ (1983)

カーレイディオから流れてきた南佳孝。その瞬間、わたしのあたらしいコラムが始まったのだ。

愛ってよく分からないけど
傷つく感じがイイね
泣くなんて馬鹿だな 肩をすくめながら
本気になりそうな俺なのさ


スタンダード・ナンバー / 南佳孝



スターダスト・ハイウエイ (1978)

80年頃の初版本って、どれもこれも表紙がいいねえ。



ぼくはプレスリーが大好き (1971)

ジョンレノンもプレスリーが好きだったと言う。残念ながらわたしはプレスリーのことはよくわからない。

よくはわからないけど、UB40の「好きにならずにいられない」は大好きだし、友部正人が歌う「ラブミーテンダー」は好きだ。

だけど西田敏行さんやグッチ勇三さんがテレビで真似をしている姿はあんまり好きじゃない。やっぱりよくわからない。知らないだけなのかも知れない。



波乗りの島 (1979)



彼らに元気が出る理由 (1990)


コーヒー もう一杯 (1980)

短いものほど面白い、と思うのがわたしの片岡評。「アップル・サイダーと彼女」と双璧だ。

ちなみに書中のコラム「そして、小さな島へ」は、岡山県笠岡市白石島に、おそらく初めてヨットで行ったときのことを話題にしている。島の天野のばあちゃんが言っていた話題とぴったり整合するのがおもしろい。

やっぱり片岡作品は会話文で埋めつくされていないものが、短ければ短いものほどおもしろい。



10セントの意識革命 (1973)

とびっきりのウイットを込めて、セントをポンドに置き換えたあの日、わたしの意識革命は始まった。



いい旅を、と誰もが言った (1980)

死んで来いなんてことは、普通なかなか言わないだろ。



道順は彼女に訊く (1997)

えっ。

わたしは驚いた。

大片岡の推理小説を手にするのはこれが初めてだったから。



サーフシティロマンス (1978)

これも見つからない。本棚にも納屋にも無い。だれかにプレゼントしたか、貸したままそれっきりになってしまったか。またまたあるいは、もともと持っていなくて誰かから借りて読んだか・・・・・。どこかで調達してこなければなるまい。ううむ。



ブックストアで待ち合わせ (1983)



タイプライターの追憶 (1987)



僕が書いたあの島 (1995)

駄洒落もそろそろ苦しい



一日じゅう空を見ていた (1984)

活字中毒傾向のわたしに、友人「ライナスの毛布」氏がわたしにプレゼントしてくれた駄洒落。

文豪「中島らも」の毒気を見事に吸収した見事なタイトルになっている(参考:寝ずの番)。しっかしこれは酷い・・・



私はいつも私 (****)

俺はいつも俺。待つのに慣れている。



Ten Years After (****)

「ジミーちゃん!やってる??」

「やってる!やってる〜!!」



もうずいぶん昔の昭和55年頃に、「金曜娯楽館」〜「今夜は最高」というテレビ番組があった。その番組のメインスポンサーは、オーディオメーカーのパイオニア社。「So Much In Love」がBGMに流れ、ボディがピンクに塗られたキャデラックのコンバーチブルが映る。それに「男は・・・云々・・・・ ロンサムカウボーイなのである〜」というMCが乗っかったCFがあった。片岡義男を映像化したそれは、カーコンポ(死語やなぁ)の宣伝だった。

また同じ番組枠内では、家庭用オーディオのCFもあって、渡辺香津美さんが「ユニコーン」のメインリフを弾きまくる映像のものもあった。

わたしが中学生になって、多少 色気づいてきたころだ。

当時、田舎の中学生たちの間では、もちろん片岡義男も渡辺香津美も、ほとんど話題に登らなかった記憶がある。ほとんどの同級生たちの話題は、上田馬之助さんの竹刀反則攻撃だったり、E・Y*Z*W*さん(← ぜんぜん伏せ字になってないぞ)の歌なんかに、その中心が置かれていた。ちょっとさみしかったような記憶があるが、本当のことはもう忘れた。なにせ田舎のことだから。

バイオレンスを嫌う中学生にとって、片岡の世界は魅力的だった。知らない世界を垣間見たような錯覚をおぼえたし、それが憧憬となった。

高校生になると片岡特有の世界にすっかり慣れて、わたしの興味は別のところに向かった。目の前にあるYAMAHAミニトレGT50とドラムセットに夢中になっていたし、自分たちのことを語り合うことができる友人にも多く恵まれた。青春というものを自分で掴んで、自分のものとしようとするとき、赤い背表紙の文庫本は、段ボール箱に詰められて納屋の奥に追いやられることになった。

わたしが自分のウェブサイトを作り始めたころ、まったく方向性が定まっていなかった。せっかく始めたんだから、と方向付けとネタ探しのために何冊かを段ボール箱から発掘してみた。すると当時買ったときにはまったく意識していなかったことだが、手元にあるのは初版本がずいぶん多いことに気付いた。きっと、手当たり次第に手に入れたんだろうなあと少年時代のフィーバーを省みることになった。

あらためて何冊かを読み返した。「彼のオートバイ、彼女の島」に寄せられてあった解説文に目を通すと、このようなことが書いてあった。

「現実にはありそうで なさそうな世界が片岡小説なのである。」

おいおいおい。そうだったのか〜。最初っから 作り話ですよ、と断わっているじゃないか〜!

大人への憧れに似た感情と熱のせいで看破できなかった15歳のときをおおいに恥じながら、このときわたしは拙サイトのタイトルを「ダブルに乗ろう」というホノボノ系から、毒気たっぷり「進行性ダブル病」に差し替えることにした。それが意味することは、わたしと同じ年齢の人ならすぐにわかるかもしれない。

わからないかもしれない。

そして次のネタは、かねてから温めてきた駄洒落「彼女年増」これで行こうと決めた。

こういった理由で、若いゲストさんたちにはちょっとわかりにくいタイトルばかりのコラムになってしまっている拙サイトを、お許し願いたいと思う次第である。

半分は表紙が目的だった (2000)

ええ。そういうことです。

コメントが先細りしていったのは、このラスト・ギャグのためにむりやりタイトルと表紙だけを集めたせいなのです。

ON ANY SUNDAY

あれあれ もうひとつわすれていたぞ。

これは片岡義男さんから範を取ったものではなくて、映画にインスパイアされてのオマージュなのです(大袈裟)。

YEAH!ooh!

それでは、おあとの支度がよろしいようで・・・

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