
「かなり調子いいエンジンじゃなぁ きっちり付いてきよったなぁ〜」
もうすぐ姫路バイパスという場所のドライブ・インでタバコ&トイレ休憩のため、エンジンを止めたときのことでした。普段ならダブワンのことを特に誉めるでもない「しんえもんさん」が、わたしのW3-A改を見ながら言いました。
この日のわたしたちは、途中でいろいろ寄り道をしながら、大阪まで走るという計画でした。
昨日というか、つい先程の午前3時まで呑んでいたというしんえもんさんと、午前3時にフト目が醒めて、暗闇のなかでトイレに立とうとしたときに娘を踏んづけてしまい、それから一睡もできなかったわたし、という二人は、例の近所のコンビニで、奇跡的に朝7時に集合しました。
ふたりとも、ヤル気満々。なにしろこのふたりだけでツルんで走るのは、かなり久しぶりのことだったのでした。
いちばん最後は、ちょうど今日乗って行こうとしているW3-Aをプレゼントされた前日だったと記憶しております。
住宅が密集している自宅の前で暖気運転する勇気を、わたしは持ち合わせていません。
整備が甘いせいでしょうか、まだまだ始動時には、グズりやがるのです。W3のようにスロットルを押さえるスクリュがあれば、暖気させっぱなしで車体の側から逃げておくという作戦も採れるのですが、わたしのW3-Aは、チョークレバーとスロットルとキャブのアイドル・スクリュを3分弱ほどの間、巧みに操作しないと安定稼動してくれないのです。
それはつまり、キャブの調整がカンペキではないことを意味しているわけなのですが、暖まったらちゃんと動くんだからオッケ〜というイージーな思考のもと、ほったらかしにしていました。
コンビニで缶コーヒーを買い求めて、そいつを飲みながらドドンと暖気開始です。
その3分後、わたしたちは雨上がりの海沿いの街から出発しました。
国道2号線にたどりついてからは、ただ、あとはもうアクセルを開きっぱなしで、直前を逃げていくZ1を追いかけていきました。そういえば、しんえもんさんとツルんで走るのにあたって、わたしのオートバイがW1S-Aではないのは、わたしたちが高校生以来という、これもまた、久々のことでした。
もうそろそろ岡山市を脱出しようかというあたりで、どういうわけかケインおじさんのW3/SCが前方から走ってきました。すかさずクロスカウンタを一発おみまいしながらしばらく走って行くと、冒頭の「ドライブ・イン」に到着していました。
ついに、自宅から60kmも離れてしまいました。もう後戻りはできません。
それにTB2をリモコンで操作できる距離ではなくなりました。なにしろ、なにが怖いってリモート・コントローラが怒ると怖いです。
ここのトイレでしんえもんさんがキジを撃っている間に、悪怖狼頭くんに電話してみましたが、どうやらわたしの電話で叩き起こす格好になった模様でした。聞いたところによると、つい先程の午前3時までキャブ調整をやっていたけれど、テストしようと外にでたら雨だったそうです。
「今日これから一発勝負です〜」
などと半分ネボケながら言っていました。
「じゃあ、姫路バイパスの別所サービスエリアで、30分後に合流しましょう。」
次の目的地が決まりました。
え〜。Z1とW3-A改(ヘン)のほうが、どうやら先に到着してしまったようでした。もしかして何かのトラブルに見舞われたのか・・・と心配しながら、待つこと約10分。
サービスエリアの入口方向から、ゴンゴンゴンゴロロンとついに登場〜。
「え〜、ボクにはよーわかりませんが、これはKA-1にH1Bの外装を付けて、さらに例のシーシーバーを付けたものですか。」と、彼にたずねてみました。
「そのとおりです〜。」
アフロくんは答えながら、荷物の中から馴れた手つきでプラグレンチを取り出し、3本のプラグの焼け具合をチェックしはじめました。
「この色ってどうなんでしょう・・・・」
彼が差し出したプラグは、すこしキツネ色に焼けていましたが、わたしは、つい先日のタヌキ屋本舗で、ジローさんとKammyさんのお二人が「普通のバイクのキツネはオッケーでも、マッハのキツネはヤバイ兆候〜」と笑っているのを思い出してしまいましたので、一応アフロくんにその件を伝えました。
「ちょっとウスイようなんですよね・・・・・」
そう言いながらプラグをもとに戻した彼は、プラグレンチを、シーシーバーに赤いベルトでタイ・ダウンしたバッグのポケットに、丁寧にしまいこみました。そのバッグには、一升瓶のアタマが覗いていました。
では出発です。わたしたち3台は、ひとまず、明石のサイクル・ワールドを目指しました。
アフロくんは熱価9番のプラグが欲しい、わたしはアース不良を直す電線が欲しいということで、バイク用品店に向かう必要がありました。わたしのW3のウインカが、今日これまでの道中で、時折出ないことがあるのは、そのへんがクサいと、わたしは思っていました。
サイクル・ワールドに向かう際、わたしとしんえもんさんは、煙幕の中にいました。途中の信号待ちで、わたしとしんえもんは、彼にそれをツッコむのは止めようなと申し合わせをしましたが、しんえもんの白いジャケットには、直径2mmくらいの黒い無数の斑点が・・・・・。
途中の給油のあと、アフロくんはバッグからヤマハのオートルーブ(青オイルですね)を取り出し、フュエルタンクにぶち込み始めました。
「ジロ〜さんに怒られるなあ・・・・。」
そう言う彼にわれわれは、んじゃあ赤オイルだったら後ろはいったいどうなるんだーと、戦慄していました。
アフロくんの今日の目的地は、長野県で開催されるトリプル・ミーティングでした。ジローさんとKammyさんと、高速道路のサービスエリアで待ち合わせたあとで一気に長野を目指すという計画だそうです。それならもう時間が押しているでしょうということもあって、サイクルワールドでアフロくんとは解散しました。
ここでわたしは自宅の妻に電話を入れて、本日早朝未明にわたしに踏んづけられてしまった娘の安否を確認しました。
わたしの右足のウラに残る感触は、おなかあたりをジワリと踏み抜いたようなイヤなものだったのでしたが、娘の自己申告によると、彼女のふくらはぎあたりだったようでした。
今が旬の「児童虐待致死の父親は、のうのうとツーリング」」というような新聞見出しが脳裏にチラチラしていたせいで、ここまでのわたしの走りには、もうひとつ精彩を欠いていたのですが、これで安心です。わっはっはー。
わたしとしんえもんさんは、次の目的地の神戸市須磨へ向かいました。
お昼ちょっと過ぎに、須磨にお住まいの、あの方の家に到着。そうです、わたしに、このW3をプレゼントしてくれた、I原さんのお宅でした。
「おお、こうなったか〜!、ああ、なつかしいなあ。これでよく東京−岡山間を何度も150kmで往復したもんだよ〜。飛ばしすぎで、バルブが曲がってしまって、交換したこともあったよなぁ♪」
おいおいおいおい。
「バルブはギタギタでしたよ〜。しかも、ピストンはワンサイズ・オーバーでしたよ〜。」
笑って突っ込みをカマしたところ
「うーん、それはもう一個前のオーナーの、仕業かもね・・・・」
ということは、最低3度はヘッドが開かれたエンジンみたいですね。
さらにもういっちょー
「ヘッドカバー(ロッカーケースカバー)を締めているボルトのうちで、一本は普通のネジだったでしょ・・・・・。」
とほほほほほ、それを早く言ってくださいよー、とはもう言いませんでした。前のオーナーからわたしへと至る、このW3-Aの持つ歴史のすべてを共有できているヨコロビにわたしは浸っていました。すべてが記憶のなかの笑い話です。
しんえもんともども、あまりに居心地のよい「I原」宅に、ついつい長居してしまいました。フト時計を見ると、午後4時です。
うっひゃ〜、5時半には、本日定休日のタヌキ屋本舗で、つねさんとKATAさんと合流しないといけないのにー。
生え際1mmの後ろ髪を引かれる思いでわれわれは再出発です。
が、しか〜し。なにがどう気に入らないのか、神戸市を通過しようとしているそれからのW1Eには、ジリジリ虫が住みついてしまいました。調整しないと、安心してブン回せないということで、芦屋あたりのコンビニの駐車場にて13ソケットとプラスとマイナスのドライバを取り出し、点火時期を調整することにしました。
約10分のロスでしたが、ここでKATAさんから電話が入りました。
「そこからだったら、伊丹経由で京都に行く道を通って、箕面で折り返したら早く着きますよ〜」
KATAさんによる遠隔操作に従って、Z1と、調整したばかりのW3-A改(ヘン)は、快進撃を始めました。
千里中央あたりで、胸ポケットに仕込んでいた携帯電話が、振動で着信をわたしに伝えました。
2台のオートバイは、そこいらの傍らで一時停止。万一、自宅からの連絡だったら、=娘は、じつは腹を踏まれていたとしたなら=極めてまずいわけでした。わたしはいつもより、ナーバスになっていたのした。
今度の電話は、今夜泊めていただく、つねさんからのものでした。
「ああ、そこからでしたら、あと15分ですねー。」
側道に入って、すぐにある交差点を左折したあたりで、本日初めて、わたしは、しんえもんの前に出ました。いつも彼は、わたしの先頭引きをしてくれていますが、現在はつい先日にKATAさんのサファリの助手席でわたしが見た道順のとおりを、しんえもんさんを従えて、トレースしていました。
「オッケー。道はまちがってないよー。」
そう思ったところで、左側に、タヌキ屋本舗が、そして、KATAさんの赤いH1Bと、ガンメタ?のR1Zが。
「すっごい音。これじゃあ、ボクのやつの音は、きっと聞こえないよ〜」
KATAさんは、わたしのW3RS(ボア・アップ仕様?)を見て、笑いながらそう言いました。
無事の合流を喜び、メシを食うかということで、天六に移動することになりました。
「このバイクだったら、ボクちょっと恥ずかしいですねー」と言いつつR1Zに跨るつねさんが先頭で、大阪の町を滑るように爆走ー。田舎モンのわたしには、怖くてついていけないよー。
そういいながらも、あっという間に、天満界隈に到着〜。うまーいネパール料理を喰いました。
その後4人は商店街の中を、じろじろと衆人に見られながらも、オートバイを押して移動しました。それから到着した点心の店で、お茶を飲んでいると、4人の周りの夜はどんどん更けていきました。
ここで問題が発生しました。
わたしのW3ですが、ライトを点灯するとエンジンの回転が悪くなるのです。
ヘッドライトを手で叩いてみたところ、突然ですが再び安定しはじめましたので、ちゃんと動いてくれるうちに、男どアホウ香里園に移動しましょうということになりました。それで、明日は10時に香里園駅集合と決定しまして、今夜は一度、KATAさんとは別れました。
それから35分ほどカッ飛ばしたあと、しんえもんさんとわたしは、荷物をオートバイから降ろし、つねさんのお宅にお邪魔しました。さあ呑みましょうということになりましたが、奥様がお留守の家の台所を汚すのも問題アリかということで、駅前の居酒屋へと、てくてくと移動してみました。
ああ、ここが「は〜さん」が前に言っていた、「ひやあつ」がメニューにあるウドン屋さんなのかー、勝手にひとりごちているうちに、目的の店に到着。
バババと大ジョッキを3本づつ空けた頃、もう閉店です、とニッコリ笑うお姉さんに店を叩きだされた3人は今日の締めということで、つねさんのお宅にて映画「89」の上映会をしながら、また、どぼどぼと呑み暮れました。
たしか寝たのは、午前3時くらいだったでしょう。ひさびさに濃い一日でした。
気持ちよく家を出させてくれた妻と娘。そして、しんえもん・ケインさん・アフロくん・I原夫妻・Kammyさん&ジローさん・KATAさんにつねさん、みんなに感謝しつつ、明日の濃さにも期待を膨らませ、眠ることにしました。
3人ともに、9時半にぐずぐずと起き出しました。
雨は降らないと断言したつねさんの荷物は、ウエストポーチひとつ。それから、デイパックひとつのしんえもん。わたしだけが工具とレインウエアを詰め込んだ振分バッグ+タンクバッグの重装備で、ツアー二日目が開始です〜。
香里園駅で、今日はW3に跨るKATAさんと集合しまして、それから「つねさんガレージ」に移動。R1ZをZ1に乗り換えたばかりのつねさんに先頭引きをしてもらう格好で、われわれ4台はスタートしました。
この日の午前中に、しんえもんさんは岡山に打ち返すという予定でいました。そして、つねさん・KATAさん・わたしの3人は、要するに夕方4時半ごろに、三重の亀山市に着けばよいという段取りでしたので、まだまだ時間はたっぷり余っています。
ゴールデンウイークの時期といえば、藤と石楠花。シャクナゲといえば、室生寺。山寺といえば、たいがい門前町があって、そこで蕎麦なんかをチュルチュル〜♪
「どや?」
「行きます行きます〜!」
何がなんだかわけがわからないうちに、ノリいっぱつでひきつづきしんえもんさんは山寺ツアーに参加することになりました。4台は渋滞の兆候がモロに見えまくっている針ICで下道に降りて一路、室生寺へ。
いや〜、よーすり抜けしましたわ。
田舎暮らしのわたしにとってちょうど一年分くらいの車をスリぬけながら、ついに寺にたどり着きました。
蕎麦をチュルっとできそうな店は、めっちゃ混んでましたし、なめとんのんか価格だったので、どこかに移動して適当なところに行こうか、ということになりました。しんえもんさんにあっては、家からどんどん遠くなってしまうわけですが、これもまあ止むを得ません。
とにかく先程に通ってきた道を、もう一度通りたくはなかったので、奈良の山から南東の方角に抜けようと決めたときです。わたしの携帯電話が鳴りました。
踏まれた娘になにかあったか?と電話をとりますと、くらげさんからの着信でした
名古屋での宴会を終えたくらげさんは、これから亀山に移動しますよ、ということで連絡をくださったので、それでは約2時間後にJR亀山駅でお会いしましょう、ということがまとまりました。
われわれは空腹を抱えたままで下山を開始しましたが、さきほどの大渋滞とはうってかわって、三重方面はまったく混んでいなくてガンガン快走できるワインディング・ロードでした。あんまり楽しくって、何軒かの傍らにあった食堂の前に停まることもなく、わたしたちは走り続けました。
突然、先頭のつねさんが停車しました。
なんだなんだと、あたりを見回したところ一軒の酒屋が。その看板には、「手打ち蕎麦」
これも、なにかのお導きーと、4人はいそいそと店の座敷に上がりこみ、朴訥なおねえさんにオーダー。
メニューは、もりそば、おろしそば、そばがきと、柿の葉寿司。かけつゆモノがないということは、強気&自信アリの店でしょうか。
われわれは期待に空腹を唸らせながら、しばらく待っていました。
われわれの前に通された蕎麦は・・・・・、KATAさんの見立てによれば福井式ということでした。そして、かなり美味かったのです〜。
これはひとつ、は〜さんと、くらげさんにはキッチリ報告して、地団駄を踏んでもらわないといけないねということで、さぼんの気持ち風味で思わずカメラのシャッターを切るというか、画像ファイルを作成する、ことにしました。
山を完全に降りて、名張市街地に入ってきました。
ここで、ついにしんえもんさんとはお別れです。名阪国道のICを、彼は岡山へ、そして先を急ぐわたしたちは、名古屋方面へと進んでいきます。しんえもんが左方向に姿を消しました。わたしたちは、引き続き、ガンガンと走りまくりまして、名阪国道の亀山ICを、やがて降りました。
まずは、駅を目指そうとした、そのときです。
T字路を右に入ろうとしたとき、信号待ちの対向車線には、爆音W650が!
だれがどう見ても、くらげさんとはわからないでしょうが、わたしならば事前の打ち合わせもあるので、一発で看破しました。
わたしは手を挙げてその場を通過しました。
交差点からすぐの場所にあった路肩の広い場所で、つねさん・KATAさんとともにオートバイを停め、くらげさんがUターンして追いかけてくるのを待ってました。
くらげさんは、JR亀山駅の前で、小一時間くらいわれわれの突入を待っていてくれていたようでした。
「でも、トイレ長かったし、ちょうど良かったのよ〜。んでさ、トイレを出て外に居たらね。神奈川なんとかだの、浜松だのの旗をつけたダブワンが、ドドドと前を通過しはじめてさあ。みんな、こっちをジロジロみていくんだよね〜。なーんか、ヤんなっちゃって、ちょっとそこから離れたトコだったんだよ〜。」
えー、このときのくらげさん&W650のフォローは、後述することにしましょう。
そんな感じで15分ほどの間、今年夏以降に企画された饂飩巡りの打ち合わせをツメたり、先程われわれが食ったばかりの蕎麦画像と、くらげさんが、このツアーの道中食いつづけた、立ち食いウドン画像ファイルを、大のおっさんふたりがデジカメ持って、バトルを繰り広げるという、事前リーク大会を、執り行いました。
くらげさんによると、「30台以上が、ドドドと通過したよ〜。」ということでしたので、どうやら本隊=W1クレージーズ御一行様=は、関東方面から無事に、ホテルに到着なさっている様子でした。
「それでは、夏にお会いしましょう。」
キックペダルを操作したその2回目にW1Eに火が入りました。
「うひ〜」
ええ、バルブを新造したというわけではないですが、コンプレッションは良好です。それに今日は小島機業の2点吊りを付けてきてますもんで、我が家のオートバイの中では、現在最もデカくて、コシがあって、深みのある音、例えば、イスタンブールのピング・ライド22”のような音が、一応出ているはずなので、驚嘆しながらツッコんでいただいて、とても嬉しかったです。
なかなかのものだと、オーナー本人は思い込んでいるのですが・・・・・。
高速道路へこれから向かうくらげさんと、われわれの進行する方向は、まったく逆でした。
ヒュォーッツ・ババラァーン・ブブブ〜ン
今度の再会を期して、手を振って見送ってくれているくらげさんを、その路肩に残して、わたしたち3台は、あのヒトたちがきっとたむろしているであろうあの場所へ・・・・・
先頭引きをするつねさんの走りにずいぶん気合が入っているのが、シンガリを走っていてよくわかりました。そしてわたしも期待で胸いっぱいでした。
今夜のお宿は、ビジネスホテルなの♪です。
が、しか〜し。ご存知のとおりエエ加減なわたしは、その屋号は憶えていても、そこまでの地図さえ、見てもいません。全部つねさんにお任せ状態を申し訳ないよなあ・・・・・と思っていたら、なんかよくわからんうちに、先頭を走るZ1が、シャ〜ッとスーパーの敷地に入り込んで行きました。KATAさんとわたしは、その後ろに続きました。
その敷地の奥まったところを、ギャッと右に回ると、われわれの目に入ってきたのは、ホテル入り口を囲むように並べられた30台を越えるオートバイが・・・
そのうちの2台を除き、ぜーんぶW1Eが心臓のオートバイでーしーたー。
K2Eは、W1Eと同一であると仮にみなしますが、その一台は水平対向エンジンのオフ車。もう一台はOHC並列2気筒ベベル(ああ、まわりくどい)でした。
てんでに、グループになって会話なさっている人たち、ちょうどチェックインしようとしているひと、すでに浴衣を着ている人、W1S-Aを修理している人そしてその周りに集まって、その様子を見ている人々が、そこにいらっしゃいました。
つねさん・KATAさん・わたしは玄関の前あたりでオートバイを降り、周囲の様子をうかがいました。それから3人はくっついたりはなれたり、要するにバラバラの行動開始ー。
おお、そこでW1S-Aを修理している人こそが、W1クレージーズの重鎮、森相談役その人でした。
遠くからその作業を盗み見しつつ、あたりをウロウロしていると、ニコニコとバインダを手にして、こちらに歩いてくる黄緑のジャケットを着たヒトがいるではないですかー。
おお、かつての別冊モーターサイクリストやらモト・メンテナンスなどの出版物のコラムでしか拝見したことがなかったW1クレージーズの会長の泰山さんです。
「あー、大阪からの皆さん、いらっしゃいー♪
KATA****さん、はじめましてー♪
つね**さん、ようこそー♪
あれ、あなたは?♪」
「はい、わたしは岡山のはら*゛です〜。」(今更ふせてもどうか、とは思いますが)
「これはキミ、180キロチャレンジするつもりのバイクだね♪」いやいや、現在は無理無理シェイクダウン・ツーリングの真っ最中なんですよー。そんな恐れ多いことは、よーやりませんー。
「よくイタズラしてるなぁ・・・。あれ?キミのディスクロータは動かないんですね♪」
ええ、わたしのは安物ですから・・・・。***さんのヤツとは違うんですよね。」
「おお、キミは***さんを知っているのかー♪(ちょっと腰がひけたように見えましたー)
「あれ、ジローくん(仮名)は、どうしたの?♪」
「長野のトリプル・ミーティングから大阪に戻って、それからW1S-Aに乗り換えて、こっちに向かってくる段取りだそうですよ〜。」
「ふーん、すごいねー♪」
誰かのW1S-Aの点火系の修理&チェックを終えた森さんが、わたしたちのほうにやって来られました。
「おほぉ。うん、これがあれだな。ハラダスペシャルってかぁ!」
あー良かった。いろいろ相談させてもらったW3とわたしの顔を見るなり、そのようにおっしゃいました。
ココロの師匠というか、神様に憶えていただいていることを幸せに感じながらそんなやりとりをしているうち、わたしはフト、ジローさんの現在位置を確認してみたいと思いました。
携帯電話を持たない主義のジローさんの現在位置を知るためには、Kammy親分がジローさんと何時に別れたのかを調査すれば良いということで、親分に電話してみました。
「うん、ボクらは雨に遭わなかったよ〜。ジロー君とは、ついさっきの5時に別れたばっかりだよ〜。それにしても悪怖・・・・・(略)
6時からは、W1クレージーズ大宴会という予定が組み込まれていましたが、つねさんとKATAさんに、Kammyさんから届いた情報を告げたところ
「だったら到着は、だいたい8時くらいになるなあ。はよ来たらエエのに〜。」
そんなことを言いながら、ついにわれわれはホテルにチェック・イン!、なんと豪華なツーリングなのでしょう。
6時前にフロント集合ということで、部屋に入りました。
シャワーを浴びて、ベッドに横たわると、思わず吸い込まれそうな睡魔が襲ってきました。ですがそいつは、わたしのビール呑みてぇ症候群のおかげでぶっとんでもらうことにしまして無事、宴会場に姿を現すことができましたとさ。
別冊MC誌に告知されていたとおり、わたしたちは会費の7万円を支払いました(失笑)。
大きなテーブルふたつに、「隣同士は知らないヒトで着座すること!」というシバリのなかで、おごそかに、そしてちょっぴりシャイに、宴会はスタートしました。
ドクターストップで酒を減らしているヒトとか、医師の指導でビールを控えているヒトとか・・・・なんだよジジイばっかりかー(決して悪意を持って言っているわけではありません)
今夜の参加メンバー車両には、W650赤黒が一台あったこともあるでしょう。EJの悪口が聞こえる、ということもなく、おごそかに宴は進みます。
酒が減るより、くいもんのほうの減りのほうが早いようで、長幼の序のもと遠慮していると若手には、固形物なんて目の前にはほとんど来ません。
今日のわたしは、若いほうから数えて3番目でした。そこで喰うほうはもう諦めて、ビール瓶を持って、マイグラスを持って、酌に回ることにしました。
わたしの神様=森さんからスタートです。
受けて頂きましたが、「それほど強くねぇんだよぉ」と言われるので、酒のほうは軽めにしまして、いろいろとお話をさせてもらいました。何があったかは、ここでは申し上げるわけにはまいりません。
泰山会長にも、お酌を・・・・と瓶を差し出そうとすると、いきなり酎ハイでした。どこだか病んでいらっしゃるそうです。
「手相をみてあげよう♪」
以前にジローさんからはうかがっていましたが、この泰山さんの声は、癒し系の素敵な音です。プロの金管楽器プレイヤーって、みんなこんなかんじで、楽器のような美声をなさっているのでしょうか??
宴会が、少しづつ荒れてきました。
競輪で言えば、ジャンが鳴ったようなものです。
宴会場はホテルの一階のレストランでしたので、あらたに別のWが到着してきたことが、すぐにわかりました。
茨城のクラブ「結城624」の皆さんと、ジローさんが宴会場に登場〜。
「よー来たなー、よー来た、よー来た」、(←これは、わたしの発言)
ジローさんが駆けつけ3杯をやっているそのとき、わたしのケータイに、しんえもんさんから着信が!、岡山の自宅に着いたら、電話くれろと、しんえもんにお願いしていたのですが、まだ7時半。いくらなんでも早いよなぁ、まさかなにかのトラブルに・・・と、いぶかしがりながら、通話モードにしたところ
「今、三木のサービスエリアに着いた。どういうわけか悪怖狼頭くんと、いま一緒に居るよ〜。」
おお、それはおもしろい〜。ちょっとアフロくんに電話をかわっておくれよ〜
「もうジローさんから聞いているころかと思いますが、ダブル***をやっちまいました。でも、ジローさんKammyさんと別れたあと、ちょっとそれはもう言えないような事件が、もう一発おきちゃったんですよ〜」。
いくら教えてくれと、わたしが言ったところで、口を割らないので、おもわずわたしのすぐ横にいたジローさんに電話を渡し、よく言い聞かせて問い正してもらうことにしました。
お二人の会話のなかには、手裏剣だの、バッフルぶっ飛びなど、およそダブル乗りにはまず無縁の、聞きなれない文言だらけだったようで、残念ながら詳細までは、よく聞き取れませんでした。
さて、宴会のほうは、櫛の歯が抜け落ちるごとく減っていく人数とは反比例して、次第に熱気を帯びてきました。
櫛の歯、イメージ図
繰り広げられた話題のなかには、良い話もたくさんあれば、悪い話のほうもナンボでもありますので、ここで申し上げるわけにはまいりません。
それは、自動操縦による記憶の欠落ではありません。これは言い訳ではありません。話題の内容をすべて書いたところで、バーチャル宴会参加の気分を満喫していただくのも、どうしたものかという配慮です。(ということにしておいてください)
ですが、これはまったく差し支えの無い話題のなかで、エエ話やなぁと思うことを、ひとつネタにしましょう。
結城624の方(だったと思います)と、さしつさされつ状態で、お話を伺っていました。
「ぼくはねえ、零式戦闘機(いわゆる第二次世界大戦で使われたゼロセンですね)が、たまらなく好きでね。
フルレストアされた零戦を、航空ショーで見たとき、泣きましたよ〜。」(すでに目は潤んでいらっしゃいました)
「そんでね、ダブワンに乗って120km/hで走っている音って、昔は大嫌いだったんだけど、あっ、これ零戦と同じだよ〜と思ったら、ものすごく好きになってねー。
今日も高速道路ばっかりで来たけど、良かったよ〜。」(目頭を押さえていらっしゃいました)
そうなんですよね。この日、わたしとKATAさんは、W3で時速120kmセッションをやったばっかりなんですけど、ズォ〜×2、の音って、なかなかのものでしたよ〜。
22:00になりました。宴会レストランのアルバイトで、さっきまでオヤジ軍団にいろいろお世話してくださった、短大生と高校生の女の子(しっかり聞き出してます)ふたりが、労働時間終了となったのでしょう、どういうわけか、わたしにむかって「お先に失礼します〜」。ずっこける(死後)わたしを尻目に、宴会は、そのあと更に30分くらい続きました。
わたしとジローさんとで、ホテル裏のスーパーに出向いて酒を調達。それから泰山さんの部屋(シングル)に乱入。
酔っ払うこと―フルオートどころか、セミオートになること―さえ勿体無い夜は、メンバーが、泰山会長・クレージーの冨田さん・ジローさん・つねさん・わたしの5人を最後まで残して、午前2時まで続くということになりました。
さぞ隣室は、ご迷惑だったことでしょう。申し訳ありませんでした。
朝が来ました。
わたしは7時過ぎに、尿意を催してベッドから出ました。
外では、W1Eの音が聞こえていました。
慌てて階下に下りていきますと、KATAさんがわたしと同様に、昨日の宴会と同じ服装でフロントに居ました。
昨夜9時半ごろ、自己申告ダウンで部屋に戻られたKATAさんの解説によると、午前4時ごろにはW1Eの音は聞こえるわ、昨日われわれが到着したときには浴衣姿だった方が革つなぎを着込んで、外を歩いていたわ、さすが平均年齢がお高い団体だけのことはありました、ということでした。決して悪意のもとの発言ではありません。ですからこうして一応ネタにしてみました。
外に出てみました。水平対向エンジンのオフ車は、もう旅立たれていました。
ほかにも、何台かのW1S・W3も、その姿がありませんでした。今日の目的地が、きっと別の方向なのでしょう。
KATAさんとわたしの二人は、朝食を済ませ荷物をまとめて、それぞれのW3に積み込んでいました。それが終わろうかという頃、ジローさんとつねさんが外に出てきました。
わたしのW3-Aを見るなり
「だいぶ仕上がってきたなあ〜。よーやった。よーやった。」
「ほなー、メシくいに行こかー」
二人はもう一度、ホテルの中に入っていきました。
わたしとKATAさんは、ひとまずW1Eの暖気を開始しました。
やがて、二人がチェックアウトして、屋外に出てきました。
「泰山さん、ヤバイでー。さっき、ワイらがメシを済ませたとこでネ、昨夜の浴衣姿のまんまで、食堂ですれ違うたもんー。」
「いやもう、W1クレージーズさんとキミのおかげですー。今日こうしてこれに乗ってきたのも、みなさんに、見てもらって笑ってもらって、そしてボクがお礼をするためですもん〜。」
「いやしかし、もう、そんなこと言うてんと、さっさと出発準備せな、9時に、本隊は伊勢神宮方面に出発しまっせ〜。」
「いやそんなん、泰山さんって、まだメシやで・・・・あれ」
ジローさん(37)の背後では、会長さん、W3のエンジンを始動してらっしゃいましたー。
さあ出発ですー。
明確な号令もないまま、先頭は出て行きました。ただ、シンガリを勤める役割だと思われる、クレージーズの根元さんが、われわれを待ってくれていました。
「うわ、ガソリン入ってないよー。」
ジローさんが叫びました。
彼によると
「昨夜、高速をちょうど降りたばっかりの路上で、結城624の皆さんと合流したんで、つい嬉しくなって、そのまま後ろをついてったら、いきなりホテルに着いちゃったよー。実は、昨日の高速を降りた時点で、リザーブになっててん〜。」
ということだそうです。もちろん、その気持ちは、よ〜くわかります。
わたしたちはなんとか対応策を考えようと試みました。しかしW3には、工具を色々と満載していますが、さすがに醤油ちゅるちゅるは持ってきていません。こりゃあどうしようもないよー
W1クレージーズ御一行に付いて行って伊勢神宮詣をするとなると、今日中には自宅に戻らないとイケないわたしの予定は、俄然キツくなります。つねさんも、しらやまさんも、この日のうちに金沢に、あるいは山梨にと、身柄を移動する必要があるそうでした。
というわけで、我々おおさかおかやまチームは、W1クレージーズ・ミーティング御一行様とは、道中のどこかで、お別れする計画にしておりました。
「まあ、行けるとこまで行ったれ〜!」
向こうの家屋の前に見えるのは、そのほとんどが、Wです〜
そうですね。20キロくらいの区間を一緒に走らせて貰ったでしょうか。なかなか気持ち良いものでした。
伊勢道へと続く道を連なって進むうちに、ついにお別れとなるT字路がやってきました。右に曲がれば名阪道路です。
ワイヤレス・インカムを付けて、しんがりを走ってくださっている根元さんに、その旨をお伝えしたそのときでした。
「完全にガス欠や〜!」
ジローさんは、彼のW1S-Aを降り、道路右脇へ向けて、押し始めました。
やがて、信号が青になりました。御一行は、左折をしはじめました。おおさかおかやまチームの4人は名残を惜しみながら、交差点右側の路肩で、御一行の後姿を見送りました。
お見送りの後で振り返ると、ほんのすぐの場所にJA系のガソリンスタンドを発見しました。全員がそこで燃料を補給しました。
いやー、ほんとはどこまでも、どこまでも、ついていきたかったよなあ・・・・・という想いと、偶然この場所でガス欠したのも、レミング移動・ハメルンの笛状態から、そろそろ戻ってきなはれという、ウチの妻の遠隔操作があったのか・・・・・わたしのなかで、苦笑いが交錯しました。
「わっはっはー、これでイイのだ〜。」
これでオッケーということで、4台は名阪道路に上がりました。
「Z1というのは、なんてジェントリィな、大人の乗り物なんだろう!」とは、つねさんの発言。ワハハハハハ。けだし名言です。
われわれは、最初のサービスエリアで、いきなり、休憩&談話会をやっておりました。
そのついでにこれ幸いと、妻子へのお土産を買い求めてみました。そこでは不安と期待と恐怖が混じるモノを選んでみました。ちょっとコワイかも〜。
「今度は天理ICまで移動して、そこを降りたところで4人で揃って昼飯を食って、その後に流れ解散しよかー。」
最終行動の段取りが、ここで決定しました。
わたしたちは、ドドドドドンと走りだしました。
何を隠そうジロー号W1S-Aと、わたしのW3改(ヘン)は、ともにリアスプロケが38Tなのですが、後ろを走っていると、ホンマにエエ感じのハーモニーを聞くことができました。ああ零戦状態〜(涙)
さて天理で通りすがりに入った店ですが
そして、またウダウダと、世間話大会が繰り広げられましたとさ。
つねさんは、またヤリましょう、とここで解散。ジローさんとは吹田で解散。KATAさんとは豊中で解散しました。
わたしはマス・ツーリングの余韻を楽しんでいました。
この3日間で、はじめて一人ぼっちで走ることになりました。そこで西宮名塩のサービスエリアにW3を入れ、工具を取り出しました。どうもミッションオイルが漏れているような気がするのです。
ガチャガチャと応急処置をしまして、振り分けバッグの中からホンダGP10-40Wを出して、注ぎ足しました。
再出撃です。
快調にコロがしていますと、おやおやっ。竜野のあたりの対向車線で、普通のカップルが、TT250Rとセローにそれぞれ乗って、今まさにわたしとスレちがおうとしていることに気付きました。
そこで、いちおうクロスカウンターをココロでおみまいして、引き続き、淡々と走りつづけました。
家に戻りました。
でもまだゴールデン・ウイークは、あと一日残っています。
わたしより一日早く岡山に戻っていたしんえもんさんがウチに来ました。
「持っているのに、一度も4本マフラーにしていなかったが、あれも捨てがたい音!いや〜、マッハにも色々あるし、ダブルにもいろいろあるし、Z1にもイロイロあるもんやなー。わしも4本に換えたろかなー。」
しんえもんさんにも、今年のツアーは、いろいろと楽しい刺激があったみたいです。
なにせ、あの彼がダブワンを誉めるのですから・・・・・・・。
そして、彼は言いました。
「悪怖狼頭くんがやね、ダブワン欲しくなったゆうて言ってたで〜。いやあ、帰りの三木SAでいっしょになるとは、思わんかったよ。
それがやな、キュッキュッキュ事件が、あの後に起きてなぁ。悪怖・・・・・。」
以下省略
「なんだ!!これは!」
今回、お土産は、ジブンが食べてみたいものだけを買って帰りました。その名は「伊勢うどん」!
たしかにこれは噂に聞いていたとおり、讃岐うどんではありませんでした。
まったく違う概念の〜お団子に近いイメージ〜ですね。
ただ「お土産うどん」というカテゴリーで、讃岐うどんを考えたとき、実際に「たいしたことねえなあ〜。こんなの俺が打ったほうが、よっぽど旨ぇじゃねえか〜。」と感じることが、わたしには多々ありますので、お土産の部分をナンボか差し引いて考慮する必要があるかもしれません。本場の店で食ったほうが、きっとウマイのでしょう。(ということにします)
でもお土産商品の、この茹でうどんが、3食入りで1,200円をオーバーってのは、どう考えたって、もうリピートしたくないよ〜。
=終わりに=
ともかく、「近畿横断・断続オフ会およびW1クレージーズ・ミーティングに参加」する大イベントは、終わりました。
またぜひ参加したいものです。というより、いつか開催のお手伝いができるようになりたいもんだ、と思いました。
泰山さんのフィロソフィと森さんのフトコロの奥深さに、わたしたちは感服しました。この感動を、どのようにサイトの記事にしたら良いのか・・・・・これは本当に悩みどころです。文字にうっかり書いてしまったら、今のわたしにできることを考えると、きっとその文字に押し潰されてしまうでしょう。
30代のわたしにできることは何か、ということを見つめながら、ぼちぼち立ち上がる準備を始めてみようと思います。
今回の旅を支えてくれた、妻と娘としんえもん。そして、2年前までは知り合うことのなかった大勢の友達と、W1クレージーズに感謝します。
そして。
つねさんの奥様に、お詫びと感謝の気持ちで、この節を終わりたいと思います。
「テーブルを片付けないままで出発しました。ごめんなさいー。」