プロローグ

無力だった頃 その2

Feb 20,2001

MASA君がおれの家にやって来た。

そこで彼に手伝ってもらって、誰のオートバイをウチに運び込むことにしたのだが、おれはすっかり忘れていた。


二年前のゴールデン・ウイークのことだった。このW1S-Aと、今はおれのものになったW3-Aを運んだときのことだ。

このW1S-Aのタイヤはすっかりダメになっていて、サイドスタンドを出すと、かえって右に傾くという危険な状態だったし、移動のために押すのも引っ張るのも難儀した。車庫前の地面がすこし傾斜していることもあって、トランポへの積降しにあってはオイルパンあたりが干渉して、「カメ」状態になったのだった・・・・。

あの日は4人で平均40歳(当時)の面子だったが、その4人で抱えあげるようにして積み込んだのを思い出した。それは、MASA君に後ろから押してもらいながら、おれが荷室がわからトップブリッジあたりを持ち上げている状態のときだった。


おれの家では、さすがにダブワンを3台並べて作業するスペースは無いから、今日のところは「俺のオートバイW1S-A」を共同車庫に移動させ、「誰のオートバイW1S-A」を持ってくるという格好になった。

あと約一日分の作業で、おれの彼のオートバイ号W3-Aは仕上がる。

このW3-Aを通して、おれは大勢の友達にめぐり合い、そして多くのスキルを貰った。

育ててもらったことについて、おれはおおいに感謝している。

W3-Aのレストレーションでは、試行錯誤を繰り返したせいで、内容の整理をしないままでサイトのネタにしてしまったが、今度のW1S-Aレストレーション物語のほうは、ある程度、体系づけたコラムにしてやりたいものだと思っている。

しかしこの「レストレーション」というのは本当におもしろい。

浚渫したときに出てきたゴミを再生したという強物もいると聞く。そんな大層なものでもなく、貰い物の原チャリをジブンで掃除して乗るといったレベルでも、楽しいとさえ思えば多くのものが得られる。

少なくとも、おれは楽しんでいる。

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