
『いや〜 おっどれえたのなんのって』(「驚いた」を江戸下町の職人言葉風味で♪)
不惑を過ぎながらも未熟者のわたしには普段暮らしていくなかでビックリすることが結構あるんですけど、シルクロードの前輪ブレーキのトルクロッドを製作というか面取り研磨しているときに、わたしは飛び上がっていました。
ひとりで単純作業をしているときにはBGMに落語のCDを流しているわたしなのですが、このときは手に入れたばかりの立川談笑師のCD「薄型テレビ70パーセントOff」をポータブルプレイヤにセットしていました。プレイのスイッチを押下したばかりの右手にはダイヤモンドやすりが握られています。それではトルクロッドになる部品の面取りを開始します。
出囃子が終わって、マクラが始まりました。
「えー テレビの仕事であちこち出かけますと面白いことにでくわします。こないだ面白かったのが岡山の倉敷の児島ってえとこです。どこもかしこもジーンズだらけなんです。細い路地に入っても縫うやら洗うやら文字通りジーンズが山積みになっていて、小さな町工場が密集しているんです・・・」
んー。ここいらのウチあたりのことじゃん。落語立川流の真打ちが使うマクラに取り上げられるなんてぇのは、なかなか結構なことでござんね。なかなか細かいとこまで取材なさってらっしゃるのねなんてことを思っていたら落語は本編に突入していきます。
『そんな岡山のジーンズ工場の社長さんが社員寮を訪れまして・・・
「(ドンドンドン)おい久三!!」』
久三といえば廓噺「紺屋高尾」の主人公の名前です。「彼のオートバイ、彼女の島」の主人公の名前が橋本功というのと同じで、誰が聞いてもすぐわかることです。久三と聞いただけで、紺屋高尾の概略がアタマに浮かんできました。なにしろわたしのCDコレクションには、立川流「紺屋高尾」が、家元談志をはじめとして志の輔・藤志楼・談春と揃ってますから。
えーっとですね、ここでヘンなことをお尋ねしますけど、フツウ落語を聴くときには、演者の人物描写を聞いて、われわれ観客はジブンの脳内でイメージを膨らませて登場人物を思い浮かべますよね。その登場人物にはっきりした目鼻だちってありますか?わたしの場合「絶世の花魁(ぜっせいのおいらん)」と言われようが「鯔勢な若い衆(いなせなわかいし)」だろうが、顔そのものはちっとも描けないんです。そりゃ居残り佐平次が「フランキー堺」の顔になったり、算段の平兵衛が「京本政樹」の顔で像を結んだりすることはありますけどね。でもそれは、落語を下敷きにした映画とかドラマを観たことのあるわたしの脳みそが勝手にそんな補完をしてしまうだけであって、いずれもがメディアの向こう側と考えるならすべて虚構なんですよね。でもね・・・。
「うわっ」
落語の世界に引きずり込まれたわたしの脳内には「岡山のジーンズ工場の社長さん」の顔が実像として登場しました。談笑落語に登場するその会社ですが、そのモデルになった会社がどこのことなのか判明しちゃたのです。その社長も、知っているし(というか保育園から高校まで同じ学校に通った仲のツレだし)。わたしはこれまで、一代で会社を興して成功した彼について快哉を叫ぶことはあっても、羨んだり妬んだりしたことはありませんでしたが、今回に限っては正直嫉妬しながら驚いちゃいました。だってわたしの愛する立川流の落語の登場人物になることができるなんてのはそうなかなか無いことですよ。
とはいえ、児島の住人として、それから彼が興した会社に出入りしたことのある友人として、立川流落語の世界を脳内画像に描くことができるおかげで、笑うポイントが聴衆よりも多いというのはなかなかの快感でもあったわけです。
廓噺「紺屋高尾」の改作、題して「ジーンズ屋ようこたん」。改作なんて、と今まで先入観を持っていたわたしがでしたが、その認識は間違っていました。これは傑作です。面白い落語というものは古典伝統芸能に息づくものだけではなく、改作というブラッシュアップを経て現代に通じるファンタジーにも存在するのだと知った次第です。
さてそんなこんなで、「ようこたん」のモデルは、テレビタレントのあの人だなってすぐわかるけど、久三のモデルはどいつだろ、あいつか??いやあいつか???なんてことを考えていると、ヤスリ研磨の作業はちっとも捗りませんでしたとさ。
ラクダ、ぼげゲェで夜が明けて(談笑師のクスグリが、すっかり気に入ってしまった)フロントブレーキのトルクロッドは、いちおう完成しました。
クラブマンのアウタブラケットにある、本来はディスクブレーキのキャリパーをセットする二つの穴に取り付ける格好にしました。これで前輪21インチ仕様のシルクロードになりました。これで走ることができます。
でもね。でも、走ることのできる状態になっただけで満足かい?と自問する奴がいます。わたしのことです。あたりまえですが。
シート。シルクロードのシート。
1号のものも2号のものも、バッドコンディション。1号のは、型押しタックロールに裂け目があります。2号にいたっては、一度張り替えたけど盗難に遭った際に切り刻まれたらしく、上からスーパーカブ用のシートカバーを被せてありました。
2号のシートを取り出して、ビニールレザーを剥ぎ取りました。張替えのためのシートは三点の部品から構成されていて、パイピング無しで作られていました。
ソーイングマシンつまりミシンで縫われた糸を丁寧に切って、三点の部品を完全にばらしました。それを紙の上に置き、カタチをうつしとります。紙は昔ながらの米袋を分解して用意しました。農家から直接米を売って貰う際に使われるこの茶色の紙は結構頑丈ですし、捨てる前にもう一仕事してもらったという点で、とてもエコロジーです。
昔々、W3の改造シートを自作したときの材料の余りがエルシノ庵にあることは知っていました。こういうのを専門用語で「残反」というのですが、その残反のディンプルの黒とアイボリーを持ってきて、その上に米袋だった型紙を置いてみました。シルクロードのシートやったら4つくらい作ることができるのと違うか、という量があることを確認しました。
ノミをよく研いできました。カッティングボードの上に置いたシートを型に沿って裁断します。黒い部品がふたつ、アイボリーの部品がひとつ用意できました。自作シートはTwo-Toneに決まってるぜ病のわたしなのです。
かねてから、座面と後面を縫合するところには赤いパイピングを入れたいと思っていて、近所の手芸店から90cm幅のビニルレザーを10cmだけ調達していました。今回は壊れたマウスのケーブルを切ったものを芯にしてボンドで接着してみました。これでパイピング風味の部品も用意できたことになります。
わが娘たちの二人の祖母、つまりわたしの母親も妻の母親も、ジーンズの町に暮らすだけのことはあってミシンには熟練しているのですが、今でも現役でデニム製品の製造に一枚噛んでいる妻の母に縫製をお願いすることにしました。W3の時と比べてシートの大きさが小さいわけで、そのぶんだけ「いせこみ」が大きくなるので腕が必要なのでは、と思ったのです。(面倒なので「いせる」の説明は省きます)
持参して説明してから5分も経たないうちに、ツートーンのシート皮が出来上がっていました。繊維の町に暮らすありがたさをつよく感じたものです。
ラクダ、ぼげゲェで夜が明けて、数日が経過しました。
シルクロードのシートスポンジの上に、スーパーで売っている米の袋を開いたもの、つまり厚手のビニールを乗せました。縁のある農家ではモチ米は作っていないので、餅の原料はスーパーで買うしかないのです。ウドン打ちに使うのにはちょっと小さいのですが、いちおう何ぞのときのために、と取っておいたものです。捨てるのは一度。これぞエコロジーです。ヒメノモチと印字されたビニールの上に、義母さんが縫ってくれたシートを被せてみました。
ワオ。
ステープラーの化け物みたいな通称「ハンドタッカー」(商品名かも知れない。名称に自信は無し。ちなみにステープラーの代表的な商品名に「ホッチキス」がある)で、シート皮を留めていきます。世の中は進化しています。ウェブでシルクロードのシートの張り方について懇切丁寧に解説されてあるサイトがあるので、それをよく読んでやってみますと、じつにうまい具合にちょいと固めに貼ることができました。感謝です。
シート貼りにはもう少し余分に時間がかかると思っていました。あっけなく終わってしまったせいでできた余った時間を利用して、自作ステッカーをタンクとサイドカバーに貼り付ける作業に充てることにしました。
ずいぶん前に、プリントアウトだけは済ませていました。十分乾燥させた後に保護シートを貼ってください、という取扱い説明に従って長い間放置しておりました。
保護シートで仕上げてから、ナイフで切り出していきます。デザインカッターの刃先を何本交換したのか判らなくなったころ、全部の用意が整いました。やっぱり本丸はフュエルタンクでしょう。タンクにステッカーを貼りつけるその前に、ひとまずはサイドカバーで貼り方の練習するという手順を踏むことにしました。
わずかに乳白色がかった透明なシートに、家庭用インクジェットプリンタを使ってCYMKで印刷するわけですから、ムリがあるというかそのことに気付くのは当然なことなのでしょうが白色を出力することができないわけです。たまたまシルクロードの車体色が白系統だったからそれほどの違和感もなく仕上げることができたのですが、これ以外の色のものに貼りつけるなら別の手段を考える必要があります。
接近すればアラが見えます。でも1mくらい離れて見たなら想像以上にエエ具合です。
パソコン上の画像で見たらもっと良いです。
こうして、長い長い構想期間を経て、当初から描いていたシルクロードのブラッシュアップ(意地でも改造とは言わない)が一区切りしました。
また個人的なエコポイントが増えたことになります。
短距離ライダーの憂鬱・失笑編。最愛のインディゴブルー 終了