
踏み込んでも踏み込んでも以知玄人道
〜「以知玄人道 セルスターター復活編」
ガッチャン・ヒューン
セル始動にしくじってしまったシルクロード、略して「がっちゃんロード」
むう、駄洒落にキラリと光るものがありませんね。すでにもう、わたしがキックスターター付きのエンジンを持っているせいでギャグに精彩を欠いているのかも知れません。
ぐだぐだ言いつつも、おこがましい解説を交えながらメンテナンスについてレポートしていきましょう。
ウチのシルクロードのセルスターターですが、巷で大騒ぎになっていたような「滑る」現象を起こしたことがありませんでした。滑らないのはわたしの腕と心がけが良いからだと思っていました。
ホンダ独自のソレノイドロック機構つきセルフスターター (文言は、本田技研のウエブサイトより抜粋)
スターターボタンを押すと、セルモーターが起動します。モーターの回転軸は常時噛み合っているリダクションギアを回しスタータードライブギアを回します。スタータードライブギアが回すシャフトにはピニオンギアという回転運動で発生した遠心力でスラストするギアがあって、これがフライホイールの外周に刻まれたギアに飛び込みます。その遠心力でスラストするピニオンギアが、衝撃などで戻らないようにソレノイドが動作することでギアをフライホイールに押し付けてダメ押しをしてくれます。ふたつのギアが噛み合って回転するとき、燃料と火花と圧縮が適正ならばエンジンが始動するという仕組みになっているわけです。
このように文章に起こしてみただけで、ムリがあるのが分かりますよね。スラストしたギアが毎度毎度、ぴったりと百発百中でフライホイールの外周ギアに飛び込むことができるわけがないじゃないか、と。この動きが奏でる音が、スターターボタンを押した瞬間に聞こえる「ガッチャン」なのはおわかりですね。歯車がぶつかりあう音です。一瞬ぶつかった後でソレノイドが押し込んでくるわけだから、どんどん歯が摩滅していくわけです。
始動にしくじってボタンから指を外したとたんに、ソレノイドはスラストしたギアを押し付けるのを止めます。セルモーターは空回りしながら自然に停止するわけですがそのときに虚しく、ひゅーん、という奈落の底からの音を鳴らします。
なるほど確かに「ホンダ独自」です。
ここまでの概論をご理解していただいたという前提で、分解清掃をしたときのレポートに入ります。
がっちゃんひゅーんが繰り返されると、飛び込んで噛み合うのに失敗したギアは、お互いを削ってしまうことになります。長年のガッチャンヒューンのせいで一対の歯車は、やがてまるで丸鋸の歯のようなカタチになるそうです。
どの程度の丸鋸状態までをもって修理オッケーだと師匠先生が仰ったのかはよくわかりませんが、丸鋸化を予防する観点から師匠先生直伝のメンテナンスをやることにします。
「ソレノイドが動かすスターターシフターによって押し込まれるピニオンギアのアソビをシムを使って狭めるなら、飛び込んだギアは逃げて滑るよりも、回そうとするほうに動作するものです」
「シムってどこで売っているのだろう?」
大型ホームセンターなんかでも陳列されているのを見たことがないので、エンジンブレーキを売ってもらえないみたいにじつは実体がないものだったりなんかするもんだったりなんかして、なんてことを半分本気で思っていた頃もわたしにはありました。EJ650のタペット調整はシムで行うのを知って実在を確認しましたが実物を手に取ったことが無いのには変わりありません。
「師匠先生、そのシムってのはどこで売っているんですかー」
「シムリングという呼称で、機械商に問い合わせてみてごらん」
わたしの町では誰でも知ってる機械関連のマニアックなお店に行ってみました。そちらで取り寄せて貰えることは確認できたのですが、どうやら規格品については10枚単位での販売になるそうで、ちょっとわたしの案件には向かないみたいです。相談すると多少割高にはなるけれど、一枚単位のセミオーダーでも対応して貰えることもわかりました。わたしとしては三種類くらいの厚みで調整してみたいと思ってましたので、これは助かります。
シムの手配方法が明確になったところで、実際にどんなサイズのものが必要になるのか測定したり計算したりすることにしました。バラバラに分解された部品群からピニオンギアとスターターシフターのふたつを取り出しました。ノギスをあてがってサイズを割り出しました。個体差があるかもしれませんから、その値は書かないことにします。
ピニオンギアからスナップリングを取り外しワッシャを抜きました。シムを入れてからワッシャを通し、スナップリングを取り付ければ師匠先生直伝のガッチャンヒューン対策はひとまず完了です。ギアなどの損傷の具合によってはシムの厚みをいろいろ試す必要もありそうです。厚めのシムをハメてやってスターターシフターが戻るギリギリのものを探すわけですね。
このシルクロードにとってデリケートな箇所を組み立てる前に、パーツリストとサービスマニュアルを一読することにしました。そのときに気付いたのですが、シルクロード二号のエンジンから部品がひとつ不足していました。スタータードライブシャフトとスターターカバーの間に嵌まるべきワッシャが一枚、見当たらないのです。失くした筈は無いのです、わたしの名誉にかけても。そのことが不思議でたまらなかったのですが、部品がホンダから出たので思い悩むのは止めにしました。サービスマニュアルには、フライホイール外周のギアとケースカバーとの距離によっては対策部品のワッシャをお使いください、というあのワッシャです。
これから組んでいこうとしているのはシルクロード2号のエンジンですが、フライホイール外周のギアとケースカバーとの距離についてちょっと気になったので、シルクロード1号のエンジンはどうなのかということで、1号のケースカバーを開けてみました。
「すってーん」
1号から飛び出てきたピニオンギアには、すでにシムが入っていました。しかも対策部品のワッシャを裏向きに取り付けてあったりなんかして。わざと裏向きに組んだと思われるワッシャとシムの厚みを勘案するなら、わたしのシルクロード1号のエンジンのセルが健全というかちっとも滑らなかったというのも納得できます。
滑らないのはわたしの腕と心がけが良いから、というのは大きな間違いでした。正確には、対策が施されたピニオンギアとわたしの腕と心がけが良いから、なのでした。
師匠先生が言われるには、CB250RS-Zは積算距離が10,000kmを超える頃には10回に3回くらいの確率で始動に失敗するようになったものだ、とのことです。1995年にシルクロード1号がウチに来た時、オドメーターは10,000kmを僅かに超えたあたりだったように思います。ずいぶん昔から見事な対策を施されていた車体だったんですね。メーカー発の対策部品だけでは是としない職人技に敬意を感じました。
合点がいったところでセルスターターを組み立てることにしましょう。
セルモーターですが、ケース部分の接合面はOリングだけでシールされてます。もしもシルクロードがサイドスタンドで立たされた状態のままで雨ざらしになったとしたら、Oリングが悪ければ水滴が浸入してきます。油分が少ないところですから、赤い錆びが発生してしまうことでしょう。駐車場ではいつも屋根のある場所でセンタースタンドで立てていた、と前のオーナーが仰っていただけのことはあって、シルクロード2号エンジンのこのあたりには錆びなどありません。軸もローラーベアリングも掃除してからZOILを塗っておきました。
腰上はオイル滲み、セルモーターの軸は潤滑不足。逆の組み合わせだったならどんなに良かっただろうと思います。軸の錆びで動かないモーターもあることでしょう。ちなみに、ダブワンにはこの場所にガバナーがありまして、同様に潤滑が行き渡りません。ご用心ご用心。エンジンオイルだけ交換していれば良い、というわけではないんですね。シルクロード恐るべし。
スターターのガスケットとカバーのガスケットは、古ハガキを切って作ることにしました。ここいら内部の油分が少ないことが明白なので、ハガキと液体パッキンで上等だと思います。裏に何も印刷されていない折込チラシを一枚持ってきて、エンジンのレフトクランクケースカバーの開口部分にあてがってから油で汚れた人差し指をチラシにこすり付けると、これから必要になるガスケットの形が浮き出てきます。わが家にも、いわゆるプリンタ複合機なるものがありますので、古ハガキをセットしてチラシ裏の模様をコピーすることができます。彫刻等とハサミでチャチャッと切り出して出来上がりなんですが、この工程があまりに簡単だったので隔世の感を覚えました。古ハガキなんていくらでもあるし将来のこともあるので5セットを余分に印刷して在庫することにしました。
今後どのくらいの頻度でセルスターターを使うのか、それはわかりません。でも対策しましたから、ホンダ独自のソレノイドロック機構つきピニオンギア飛び込み式セルフスターターは、バッテリーが健康である限り、きちんと動作してくれるはずなのです。
短距離ライダーの憂鬱・爽快編。ガッチャン・ロード 終了