わたしはヤマハ・ニュースメイト90で坂道を登っている。
むっ、わがメイトが失速しはじめたぞ。後方から軽トラがじわりと距離を詰めてきている。このままではいかん。危険だ。そこでロシア語で考える。
(ズゲーシェ?スルーシチ?ダスビダーニャタバリシチ??)
だめだ。ロシア語なんてもう思い浮かばない。かの国がまだソビエト連邦だった頃のわが学生時代の一般教養で、3年と半分の長きにわたってロシア語と戯れていたあの頃はいったいなんだったのだ。再履修クラスの同士たちよ。
ま、このメイトには、わたしの考えたことがへルメットの内側を通して伝達されたり、実行されたりする機構は付いていない。無念である。
むう。やはり下駄がメイトってのは怖いなあ。シルクロードを立ち上げるのはやはり急務なのだよタバリシチ。
こんな具合で、わたしは移動中にもシルクロード復活を渇望し、不幸にも砕いてしまったあのノックピンをなんとか抜くことについて考えていた。
ちかごろ破壊王の称号をほしいままにしているわたしは、かくのごとく考えた。ただの思いつきでも、もしかしたら良いアイディアに化けるかもしれないから。
「ストーン!ピンを破壊しても構わないから抜いてくれ〜!!」
黒猫が運んだロッカーケースをストーン君は診察してくれていた。
「アイリーさん。このピンにもシャフトにも焼きが入ってます・・・・。」
10回以上やりとりしたメールの全部を書き連ねるわけにもいかないので、その要旨だけ記述する。
「アイリーさん。材質の面から考えてもピンを抜くってのはかなり難しいですよ。うまくいくかどうかはっきり言えないし、下手すると加工賃が中古エンジンよりも高くなるかも知れませんよ。」
彼がそこまで言うということは、ほんまに難儀なんだろう、と思った。
砕いたノックピンがうまく抜けたら、シルクロードのシリンダヘッドカバーに、デコンプシャフトが通る孔を空けてもらおうと思っていたけれど、こうなると仕方がないだろう。
「結論。別のエンジンを探してきたほうが安価かつ確実ですよ。」
こうしてストーン君から引導を渡された。そうか、その手があったか。意固地になっていたわたしのモヤモヤ感が溶けていく。
わたしの大好きなネタだから、もう既にどこかのコラムでその話題を書いたかも知れないが、赤塚不二夫画伯の「天才バカボン」偽札ネタが、このときのわたしにフラッシュバックしていた・・・・・あるお金持ちのおじさんがスリルを楽しみたいから、と絶対バレない精巧な偽壱万円札を偽札造りの名人に頼んだ。費用はいくらでも払うから、というその依頼に対して偽札名人は「裏の絵が表にあって、表の絵が裏にある偽札です」と言って紙幣を差し出す。お金持ちは大喜び。陰で名人も大喜び。「めんどくさいから本物を渡しちゃったよ〜」・・・・・・このネタがアタマに浮かんだ。そしてわたしは、ストーン君のその誠実な人柄のことを思った。
そうか。わたしの希望を成就するには、別のエンジンを使うしかないのか。そうなると手っ取り早いところで、もう一基のシルクロードエンジンから引き剥がすというプランが浮かぶが、勿体無いので却下する。
だいたい、キックギアのある腰下は既に準備できているけれど、わたしはまだキックペダルを持っていない。まさに泥縄である。とにかく部品が足らない。ガキの頃、初めて組んだプラモデルみたいに。
キックペダルのほかに、タコメーターギアの取り出しとデコンプシャフトの穴があるシリンダーヘッドカバーが欲しい。もしこれが用意できるなら、エンジン関連について、ストーン君の手を煩わせないで済むから是非欲しい。それはCB250RSのシリンダーヘッドカバーが、それに唯一該当する部品だ。
そしてCB250RS/CB250RS-Zのステッププレートが欲しい。
わたしは知っていた。以前から気付いていた。
シルクロードにキックスターター付きのエンジンをスワップしたとして、右ステップまわりがノーマルだと、スターターペダルは踏み抜くことができないのだ。ステップとキックシャフトが、ほぼ同じ軸上に存在するから。
それはまるで、新米ママ向け雑誌の「お弁当特集」みたいなもんだ。うまそうなオカズやらおむすびなどがきれいに詰めてあるが蓋のできないお弁当。
さて、人づてに聞くところの「キック式のシルクロード」伝説ってのがあるからには、きっといろいろな方法があるのだろうと思う。
もしかしたらこの型式のエンジンは、踏み抜けないキック程度のきっかけでも起動してくれるのかも知れない。デコンプもあることだから。と言いながら、もちろんその根拠は無い。
わたしの場合は、CB250RS/CB250RS-Zのステッププレートを流用して、キック式シルクロードを実現してみようと計画している。もしもほかになにか良い方法があるのならば、個人的に知りたい。ぜひ教えてほしいと思う。
ぜひ方法論などではなくて、実施例ずばりの現物を見てみたい。写真でも良いから、キックが全部踏めるシルクロードが現存していることを知りたい。伝説などわたしにはいらない。
ともかく、こうして方向性が定まり、必要な部品が決まった。なんとかしてそれぞれを手に入れようと思う。まずオークションサイトを眺めてみた。左右ステップは、だいたい5〜6,000円くらいが開始価格に設定されてあるみたいだ。だけどキックペダルの物件が無い。たいがいがエンジン付き2万円より、だとかジャンク車体まるごと1万円から、というのに含まれる物件ばかりだ。シリンダーヘッドカバーについてもまた同様だった。その部品調達に何万円も支払う気はないから悩みは深まっていく。
わたしはキーワードが「CB250RS」でヒットした物件、270ccエンジンだのXR500Sだの、FTエンジンをシルクロードにどうぞだのといった、きわめて無責任なコピーが踊るwebオークションを閲覧しながらいろいろ考えていた。
きっとわたしはシルクロードの250ccエンジンを大きいものに積み替える、なんてことはやらないだろう。めんどくさいという理由だけでない。もしかすると400とか500にしたほうがバランスは良い、なんてことがあるかも知れないが、これ以上の伝説迷宮に迷い込むつもりはないから。事故とか万一の際に保険会社やら警察に言い訳する文言を考えるのも嫌だし。
ああ、それに・・・・わたしが10歳くらいの頃、わが家にモータリゼイションの波が訪れたときの記憶が蘇ってきた。
通勤にどうしても必要になったという理由で、父が車を買って帰ってきたのだ。 2年落ちの中古車。日産サニーGX1600ってやつだ。
あのときわたしの父が、ツインキャブと言ったのかツインカムと言ったのかは記憶に定かではないが、当時でも中途半端やなと思ったスペックについて、それってなんだ?うまいのか?と尋ねたわたしに、父はこう答えた。
「ガソリンが余計に要るんじゃが」
キック・スターターでも始動できるシルクロードにすること、ただそれだけで良かった。どうやらわたしも父に似てきたようだ。豪快なのかセコいのか、その点はよく判らない人だったなあ。
そしてとうとう気持ちが煮詰まった。
わたしはwebオークションに勝負をかけた。ついに綺麗事だけでは次に進めない、とハラをくくることにした。CB250RSのジャンク車だ。画像ではキャブなし、珍走団風味の塗装。パソコンのディスプレイに表示させればたいてい実物よりキレイに見える通例に相反して、とっても小汚い。1,000円スタートという案件についていろいろ考えて、8,000円までなら突っ込んでもよしと決意したのだ。
出品地域が岡山県東部らしいから引き取りに行くのも簡単だ。運賃もばかにならないから。それに・・・・・シリンダヘッドと進角装置あたりを入れ替えたなら20馬力が25馬力になるぞ。ガソリンが余分に必要となるかも知れないが、大幅なパワーアップが見込める。うむ、ちょっと欲が出てきた。
しかしわたしはオークションに入札する権利を持っていない。そこで師匠先生にお願いして、代理入札を依頼した。よし、これであの車体はわたしのもの。うふふふふ。
オークションはどうやら一万円を超えたあたりで終了していた。意を決して差したのに落とせなかった。正直悔しかった。やはり短距離ライダーは憂鬱なのである。ふう(続く)