シルクロードのオプションにキックスターターは存在しなかったということを、クランクケースを分解したことで知ってしまった。伝説の嘘を暴いた途端、自分でも想像していたとおり飽きてしまっていた。わたしの心象風景なんて、わたしにしかわからない。
しかしながら先に進めないし、一向に片付かないっていう理由で、嫌々シルクロードの腰下に対して、単にキックギアをインストールしたものを作る、という組立てを行った。2005年の10月ごろ、だったと思う。キックシャフトが通る穴は、シルクロードのボトム・クランクケースに存在するから、じつに簡単な作業だった。
仕上がっている箇所はたったここまで。この状態で2006年の秋を迎えてしまった。あのときからすでに一年近くが経過しようとしていることに気付いて、こうして何もないまま歳を取っていくのかなと思うと、ぞっとする。
いや、まったく何もなかった、というわけでもない。結果だけを見れば確かにそのとおりなのだが、プロセスつまり試行錯誤と挫折の物語は、たっぷり残っている。まさに進行性ダブル病の真骨頂というところか。しばらくは、そこいらのグダグダとした話題が中心になる。
通勤に車を使うのが嫌になるくらいのガソリン価格暴騰が、この頃あった。そうしたなかで、拙サイト内コラム「メインカルマ/原2乗りの島」でネタにしてあるヤマハ・ニュースメイトの存在が、わたしを後押しする。財布が非常に助かるのだ。しかしながら、原付2種では少し怖い。何を隠そうわたしの町の交通安全マナーは、テレビ局が取材にきて眉を吊り上げてくれてもよいほどに悪い。
♪乗ってる乗ってる乗ってる乗ってるヤマ〜ハメイト♪(知ってるかな?)って具合でわたしが気持ち良く走っていると、大小問わずに四輪車がムリな幅寄せに割り込みを仕掛けてくる。危険危険、一日に何度も接触事故に遭いそうになる。
たとえばわが家から北に10キロ離れた場所にある妻の実家に出かけようとすると必ず通らないとならない道がある。バスが往来するセンターラインの無い30km/h制限の道だ。きちんと安全確認しながら走ろうとすると、わたしなら40km/hくらいまでしか速度を出すことはできない。車やダブルで走っているときならそんなこともないが、メイトだと後方から気狂い軽四や配送バンやらが私を斜めに横切って前に居座り、そして50〜55km/h程度で逃げていく。あるいはメイトを追い抜こうと並走しかけたところで対向車に気付いたら、ブレーキを踏むより先に、わたしに幅寄せしてくる。馬鹿が。わたしに死ねとでもいうのか。
この街では、高校生や短大生それにおとっつあんアンドおっかさんたちが原チャリに乗ってルール無用ご意見上等、車線も速度も気の向くまま、傍若無人の怖いもんなしで走り回っているけど、それと一緒にされているのだろうか。
やはり下駄だといっても、あのきちがい軽四どもからパワーで逃げることができるくらいの出力が欲しいところだ。だから飽きた、なんて腐っている場合ではない。シルクロードの復活は急がれるのだ。可能なら前輪を浮かせながら逃げるってのも理想だ。
キックギアがインストールされたクランクケースは、キックシャフトが突き出ている。そこで進行方向右側のカバーは、XL250Sのものを使うことになる。シルクロード用に穴を開けてまで使いたくないと思ったし、もちろんウチにある工具で簡単に穴が開くわけでもないからプロに出さないと無理だろうから。そうして取り出したXLカバーは、もともと黒く塗られた塗装が経年でところどころ削れたり剥げていたりした。そこで剥離剤を使って、地色を出すことにした。
左側カバーは何の問題も無く、シルクロードのものを使う。セル・スターターを取り付ける側だから、それは当然のことだ。腰下はこんな具合になるが、オーバーヘッドカムシャフト方式ゆえ、腰上が決まらないとクランクケースの蓋はできない。
初夏の頃のわたしは、このシリーズのエンジンが持つ欠陥に蹂躙されていた。
くどくて申し訳ないのだが、どのように踏まれたり蹴られたりしていたかを知っていただくための予備知識として、地獄を呼ぶ問題点を一覧しよう。
キック・スターター連動式のオート・デコンプ。こいつを意地でも取り付けたいと思っていた。そうすると、シリンダーヘッドカバーはデコンプ付きのXL250Sのものを使うことになる。ガスケットシートを使うことができない「合わせ面」を考慮すると、シリンダーヘッドも自動的にXL250Sに決まる。シリンダーは塗装を除けば、たぶんおなじものだろうから、目視で状態が良いほうのものを使えば良いと思った。
こんな具合で、だいたいの方針を決めた。作業開始だ。
わたしは今回、XL250Sのシリンダーヘッドカバーを使うにあたって、おそらくかつて一度も交換されていないはずのオイルシールを入れ替えておこうと思った。転ばぬ先の杖、ロッカーシャフトからのオイル漏れ対策だ。おれってイカすぜ。
MC02Eエンジンのロッカーアーム取り外し。その恐ろしさを知らないわたし。
シリンダーヘッドカバーには、吸気・排気それぞれのバルブを動かすためのロッカーアームがある。そのアームを据えるためのシャフトが外部から差し込まれるかたちで存在していて、外部に潤滑油が漏れ出さないようオイルシールで栓をしている。
一般にロッカーシャフトからのオイル漏れなんぞ、オイルシールを交換すれば普通治まる。一度シャフトを抜いて、Oリングを入れ替えてやればよいのだ。それがこのエンジンの場合だと、オイルシールに手が届かない届かない。シャフトの固定方法は、わたしが初めて経験するやりかた、ノックピンでシャフトを留めるタイプのものだったのだ。
嵌めあいがきつい。バイスプライヤでコジって抜こうとした。バーナーで炙った。ダメだ。抜けない。いったいどうすりゃいいのだ。
「お助け〜」
師匠先生のところに駆け込んでみた。しかしながら今回ばかりは即解決に至らず、いろいろ調べてから処置しようということになった。
師匠先生は、その長いオートバイライフとご人徳から大勢いる弟子たちのなかで、このエンジンのサービスマニュアルを持っている人を電話で探し当て、取り外し方法を聞き取っていた。
「リュータで削って、タガネで叩いて抜け、っちゅうて書いてあるそうだよ。」
そりゃ焼いて掴んでも抜けないわけだ。なんていう設計品質なんだろう。
師匠先生は、ピンの突起部分中ほどにガリガリと溝を削った。その溝にタガネを当てガンガンとハンマーで叩くと、ついに2本のピンはロッカーアームから離れた。ちなみにオイルシールはバーナーで炙ったせいもあって硬化していた。すぐに処分した。
シリンダーヘッド。
そうするのが当然だとばかり、プラグレンチとハンマーでバルブを取り外した。無論、ほかにも取り外す方法はある。
シリンダーヘッドは、バルブガイドの穴とオイルラインにウエスとガムテープでマスキングされて、シリンダーヘッドカバーとともに、しんえもんさん宅へ運ばれた。
彼は仕事で留守にしていた。あらかじめ話はつけてあったので、勝手に彼の動力コンプレッサーを起動した。白いフュエルタンクに4ストの黒い単気筒エンジンは嫌だ、ということでエンジン腰上をサンドブラストで塗色を剥がすのだ。
どうもわたしはあのエストレアのエンジンを積んだスクランブラータイプのオートバイが、嫌いみたいだ。その理由を考えてみたが、結論は得られなかった。たぶん似た者は同じ物を嫌う、みたいなものだろうかと思う。
とにかくこれはシルクロードなんだからエンジンは銀色あるいはアルミ地色以外しかわたしにはありえないので、ジュワジュワとブラストを進めていった。
概ね銀色になってきたのでマスキングはそのままでぜんたいをエアブローした。それからマスキングを外した。お終いにバルブガイドの穴とオイルラインを念入りにエアブローして、わたしは自宅に戻った。
サンドブラストされたばかりのふたつの部品は、ぜんたいを洗うため軽油に沈められることになる・・・・ここで大変な事態にようやく気付いた。
「ガビーン!ドビーン!!ハゲチャビーン!!!」
MC02Eエンジンのタコメータ・ギアは、カムシャフトの軸が直接回転させる仕組みだったのだ。それを取り付けるネジ穴は、シルクロードにしか存在していないし、ムリにネジ穴を付けようとするわたしを拒むかのように、XLのエンジンならそのスペースさえ無い。
これはたいへんなことになったぞ。たしかにタコメータの存在を無視できれば何の問題も無い。いやしかし、廉価版を作ろうとしているわけではないから、絶対にタコメータは本来の姿どおり必要だ。さまざまな思考が逡巡した。
ここで、R&Dストーンにメールした。
「シルクロードのシリンダーヘッドカバーに、デコンプシャフトが通る穴を開けてくれ。」
「納期を急がないんだったら出来ますよ〜」
心強い彼の返事を受け取ったわたしは、シルクロードのシリンダーヘッドカバーを手に取った。つい先程、百円均一ショップで調達してきたばかりの、直径25mmのダイヤモンドやすりビットをハンドドリルにチャックしていた。R&Dストーンに加工をお願いするのにあたって、ロッカーアームとシャフトが加工の邪魔になるので、送る前にあらかじめ取り外すことにしよう。
「師匠先生がやった通りにすれば良いのだ。」
わたしは、ピンの突起部分中ほどにガリガリと溝を削った。その溝に貫通ドライバを当てガンガンとハンマーで叩く。まず吸気側。うまくいった。(あれ?XLと少し違うぞ。ロッカーアームを強制的に押し戻すためのバルブロッカーアームスプリングが余分に付いているぞ)そんなことを考えながら排気側に作業は移る。
何回目かの打突のとき、ドライバの刃先が滑った。とその瞬間「パチン」とピンが折れた。やってモータース。
リカバリーを目論んで、シリンダーヘッドカバーに突き刺さっているピンの根元ぎりぎりあたりに溝をもう一度削った。ハンマーで叩く。ピンは出てこない。出てこないから叩く手に力が入る。「パチン」と鳴った。ピンとわたしのココロが、折れた。
落語には、ご隠居さんに教わったとおりのことを与太郎がやろうとして大失敗する噺がいくつもある。「道灌」とか「鮑のし」とか。いやこれはモノがモノだけに「看板のピン」のほうが相応しいかのか。余計なことを考えながらも・・・・。やはり短距離ライダーは憂鬱なのである。ふう(続く)