日曜日の午後4時ごろだった。
娘は昼寝していた。
妻は夕食の準備をしていた。
わたしといえば、エルシノア復活作業がちょうどキリの良いところまで終わったばかりだった。10月も新嘗祭の時期ともなると、もう夕暮れまで時間は無いわけだが、なんとなくハンパな時間ができてしまったので、それでは時間潰しにと、W3とシルクロードの洗車をすることにした。
まずシルクロードを玄関先のあたりに出して、サイドスタンドで停めた。
それから再び物干し場に戻り、W3を庭先に出した。
妻のジムニーの後ろあたりにシルクロード。前方にW3という状況である。
薄い洗剤をバケツに作ってから、まずはW3にホースで水をかけた。
W3の足元はアスファルトにあり、ホースからの水は側溝に流れ落ちる。
昨日今日の両日の間、うちからちょうど200メートルくらい離れた場所にある氏神様のお祭りをやっているのだが、奉納すると言い張って聞かないお囃子も、丸々二日に渡って聞かされ続けると、いささか食傷気味である。だから流れる水の音だけしか聞こえなくなったことは、わたしにとって好都合だった。
洗剤とブラシなどを使って、W3全体をウォッシュした。それから再び水を流しかけて終わろうとしたちょうどそのときである。
ガコという大きな鈍い音が、玄関先で聞こえた。
「いったい何事か」と思ったものの、 しゃがみこんでW3に水をかけている姿勢のままでは、ジムニーがわたしの視界を遮る。何が起こったのか、すぐには確認することができなかったので、ホースもブラシもその場に投げ捨てて、音のほうに行った。
シルクロードが右側を下にして、倒れていた。そして横倒しになったままのシルクの上には、愛するわが娘が、どういうわけだか仰向けになってそこにいた。
いつの間に昼寝から起き出して来たのかわからなかったし、玄関の扉が開いた音にさえ気付かなかった。いくらホースから吹き出る水の音があったとはいえ、迂闊だった。
大声を出して妻を呼んだ。それから泣きじゃくる娘を、家の中に連れ入れた。玄関の三和土で、娘が痛がっている場所を触って骨折箇所があるかどうかチェックさせた。幸いなことに怖れていたような怪我もなく、出血も無くてすんでいる様子だ。シルクロード自体、本日は稼動してないので、ヤケドを負うということも考えられない。ということは、転んだときのショックで、軽く右胸を打ったくらいだったようだ。
現金な、と御叱りの向きもあろうと思うが、この後のフォローは、ぜんぶ妻に任せた。正確には「重要参考人の事情聴取」である。親ふたりが両側でガミガミと怒りちらしても、きっと良いことにはならないだろう。
やれやれとわたしは玄関先に出て、シルクロードを引き起こしにかかった。ヘッドライトが、ジムニーの右後輪のゴム部分にぴったり接触していて、起こしにくい。滅多にないことだが、こうした機会があるときは両腕にかかる重さよりも、気分が重いものだ。だからそのせいで、なかなか手間取ったりする。とくに、右側からの引き起こしなんてのは、トライアルをやっていた頃くらいにしか経験はない。
やがて再びサイドスタンドで、土の地面に立てた状態で、現場検証および被害の確認をした。
玄関先から庭先までは、ほんの僅かだが傾斜がついてある。
大げさに言えば「山側」に傾けてサイドスタンドで停めてあったシルクロード。普段は、こんな場所にオートバイを停めっ放しにすることはないのだが、今日はそこにあった。
昼寝から目覚めて、娘はどうやら妻と、ひとことふたことの会話をしたらしい。戸外には出ないようにと、注意された直後だったらしいが、玄関の網戸越しに、父親の姿が見えてしまって・・・・。
思わず玄関先まで つい出ると、そこにシルクロードがあったらしい。
物干し作業場に娘が乱入してくるとき、メインスタンドで立たせたダブルに跨らせてやることが、よくある。ここ半年ではジブンで左足をまず掛けて、よっこらしょと乗り込んで来ては、「おとうさん見て〜」などといいつつ、悦に入って喜んでいる。たぶん彼女は自立静止しているオートバイは安定しているものと思い込んでいるに違いない。いつもの物干し作業場は、コンクリートが打ってあるが、今日の事故現場は、土がむき出しの地面である。
ひとまずは大きな声で叱りつけた格好になってしまった。だが、もう彼女を責めるわけにはいかない。はっきりした原因はある。管理が悪いのである。自責の念に駆られた。
事件発生後、3分が経過した。妻と娘との会話の論点は
「ダメと言っているのに、そして、わかったと自分で言ったのに、どうして違う行動をしたのか」
ということに移っていた。
昼寝による「エネルギー再充填済」の子供がする行動原理は、ウチの娘に限ったことなのかも知れないが、理解できないものが、ままある。両親それぞれが「うおおー 酔っぱらってしもうて何もわからんー」などと日々を過ごすオートマチック系夫婦ゆえ、やむを得ないのかなとも思うが、それだけのせいではなくて、やっぱり理解不能である。そんなもんだろうなと思いながら、わたしたちは娘の成長を心から願う。
あとで妻から聞いたことだが、娘からの供述内容を知って、わたしは図らずとも笑ってしまった。
ごく最近、彼女は彼女自身の保育園ライフのなかで、補助輪なしの自転車に乗ることができるようになった。ということはオートバイも大丈夫のはずと思って跨りかけたら、ひっくり返った・・・・ということらしい。むーん。
そういうことなら、やはり娘には自転車を与えてやる必要があるかもしれない。ジブンの乗り物を大切に扱うこと、かつ適確に操作すること、舗装した地面と未舗装の違い、スロープ・キャンバーの概念、どうすれば後輪だけで走行できるか、ジャックナイフとは・・・・・教えてやらねばならないことはたくさんある。
当のシルクロードは・・・・、アクセルホルダが土に埋まって叩き込まれたせいで、グリップラバーの中で粉砕していた。それからブレーキレバーの先が3センチくらい欠失していた。
「おとうさんごめんなさい」と言う娘に対して
「これしき、たいしたことでは無いわ うわっはっは」
とあくまでも、平静を装う。Tカーから2点の部品をもぎ取って取り付ければよい。ただそれだけのことだ。
エンジンを動かさなくてもやはり、短距離ライダーは憂鬱なのである。ふう
(続く)