
今年の4月も、ようやく終盤に近づきました。
書類第一主義の世の中で暮らすことの準備も整い、台所用カンナで削った右手薬指の爪も、知らないうちにランナーから切り離されておりました。キーボードを叩くたびにこの指に走る鈍い痛みに耐えかねて、怪我をした日以来パソコンに向かうことさえ億劫になっていましたし、起動すらしようとしない日も何日かありましたが、ともかくこれで指をかばうことからは解放されました。
どうやらゴールデンウィークに間に合いました。
今年のGWは、抜け忍で自宅蟄居中の身の上ですから、どこにも出かけないつもりでいました。するとその情報をどこから聞きつけたのか、爪のせいでわたしがWebをまったく見ていなかった数日のうちに、旅行代理店ケイン有限公司が主催する「Wで行くアイリー庵ウドン三昧の旅」なんていう企画が決定していた模様です。
「もしも、この薬指が治ってなかったら、ボツにしてもらうしかないなあ」
わたしはぼんやりとそう考えていました。
ウドンを打つときには、指先に機械油の汚れなんぞが付着していてはいけませんので、どんなことがあってもオートバイには触らないことにしているわたしでした。粉に塩水を回す工程で不純物を添加しているようでは、いくら趣味のレベルとはいえ玄人ハダシなウドン打ちを目指す以上は、ダメです。ましてや貼り付けて熟成発酵がすすんだバンドエイドの臭いを、麺台に移してしまうのは、衛生上きわめて問題のあることでしょう。
怪我がほぼ治ったことで、客人たちをお迎えすることができそうです。そして何日かが経って、その日がやってきました。
客人は午後4時に到着する予定ですので、この時期なら8時間くらい熟成させたいところです。ウドンをつくるためには遅くとも午前7時に開始しないと、粗相をすることになります。
一晩寝かしておいた塩水と3キロの粉をあわせて、いつものごとく丁寧に作業を勧めていきました。やがて6個の玉にくくり出された麺台は、静かに熟成を開始しました。
布団を干したり床を掃いたりしているうちに、妻子が起き出してきました。
延し担当と切り担当のおふたりの登場です〜。
「本日の延ばしは、午後3時すぎの予定だ!」
そう伝えたところ、二人は布団に戻っていこうとしましたがそれをなんとか制止しまして、雑々とした所用を片づけて貰うことにしました。
そうしているうちに、あっという間に昼がすぎました。
3時になると、まるで待ちかねていたかのように妻と娘は麺台を延ばしては棒に巻き付け始めました。その姿を見ながら、わたしはダシ汁を完成させていました。ウドンのほうが、ようやくその半分を打ち終わろうかというころ、遠くから「ああW1Eにも色々な音があるなあ・・・・」なんてふと遠い目にさせるようなエキゾーストノートが次第に近づいてきていることにわたしは気付きました。それからウドン打ちは妻に任せて、庭先で彼らの到着を待ってみました。
3基のW1E、そして刀ファイナルエディションが、我が家にやってきました。
「ようこそいらっしゃい・・・」
そうした挨拶を、ジャストに遮ろうかというようなタイミングで、ふらり一人旅のトライアンフ・タイガーも新宿から到着。
え〜。うどんインチキペンション「アイリー庵」にようこそ。わたしが、マスター of ぺンションのアイリーです。
さて今夜の宴会用に作ったうどんの出来映えですが、粉を超プロユースのものに初めて変更したもんですから、その具合について不安がありましたが、じつに史上最強の塩梅、そこいらのうどん屋は看板おろして逃げちまえ!というレベルに達していました。
このうどんだったら、俺金払って喰いに行ってもいいやと思わせる、われながらスゴいウドンでした。
やがて瞬時に、そのウドンは客人たちの胃袋へと消え去りまして、あとはだらだらと自動操縦の道を突き進んだのでありました。
酔った勢いで、トライアンフタイガーのJOH君が、名古屋のちばさんに電話していました。わたしもオートな勢いでしたから、その電話を奪い取りまして「はやくおいでよ〜!」などと言ってしまったもんでもう大変。来るGW後半に、ちばさんは電車で我が家までやってくる、という恐るべき段取りが組み上ががってしまいました。JOH君は明日から広島〜九州方面を走ってきて、その復路に再び我が家にやってくるそうです。
自爆する者 いびきをかく者 そのせいで眠れなかった者、各人それぞれの朝をお迎えになられたご様子です。
そして、のろのろとだらだらとした朝を過ごし、ようやく起動電圧があがってきたところで、次の予定に向けてご出発になるようでした。
さて、GW後半です。
今日も朝からうどんの台を仕込んでいました。
天気予報は、今夜半から雨。となりますと、湿度が高くなってきます。加水の加減が微妙に変わってきますので、わたしはいつもよりわずかだけ少な目にして、粉に水まわしをしました。
それから、たまたま庭先に出たときにしんえもんが通りかかったもんで、夜の宴会に参加しておくれなどと伝えまして、日が暮れるのを待っていました。
まずJOH君が到着しました。すぐにお風呂に入ってもらいまして、すっきりしたところでまずビールを手渡すのが筋というものですが、彼には妻から麺棒が手渡されました。
これは進行性うどん教室なんかではなくて、うちに2度目に泊まる客人の誰かには必ず課される労役なのです。
かつてこき使ったストーン君もそうでしたが、どうしてキミたちって教えたわれわれより上手なの〜・・・!
この時間帯になると、空は今にも泣き出しそうな色になっていました。湿度がかなり高くなってきていることは、ウドンの刻みにくさですぐに解りました。
そうしているうちに、ちばさんが駅に着いたということだったので、わたしがステアリングウィールを握るグレイハウンドで、お迎えにあがることにしました。
駅で彼を拉致してから、その身柄をわが家に移して拘束しました。ちょうどしんえもんも、歩いてウチまでやってきました。
今宵も宴会スタートです〜。
がぶがぶと漢字ビールを呑み、ずるずるとウドンをススるいつものスタイルの宴会でした。うまいうまいと喰い進んで行ってくださるちばさんには大変申し訳ないことだったのですが、じつは僅か、ほんのわずかだけですが麺が柔らかく仕上がってしまっていました。
茹で時間を短くすることでその加減を矯正しようとすると、おそらく表面のコシはぐっと出るでしょうが、きっと芯がアルデンテに残る、単に固いウドンになってしまうでしょう。コシがあるのと固いというのは、いつも申し上げるとおり絶対に違うことです。
うう。こんなことでは、看板下ろせと勧告させてもらったそこいらのさぬきうどんの店が、ゾンビのように復活してしまいますね〜。
湿度変化を読むことは、もちろん重要なことですけど、たかだか2〜3キロのレベルでこんなに品質がバラついてしまうようでは、到底プロにはなれないよ〜。たとえマズくても、きっちりと同じレベルのウドンが、開店から閉店するまでの間ずっと供することができるほうが、よっぽど大変なことなんだなあ。やっぱしプロってすごいなあ、と認識を新たにしました。
こうしてアイリーさん(37才:無職)は、うどん屋を開業するのはあきらめようと思いました。
翌朝Johくんは、ちばさん宅を目指し雨合羽を着込んで名古屋に向かう。
彼に「また会おう」と言うとき、彼は必ずレインスーツを纏っている。
不思議だ。
そして、無職アイリーの適職探しの旅は、まだまだ続くのであります・・・・・