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=愚かな眠たいバナー=

Jun 03,2002

あの砂を噛むような日々を過ごしていたころでは到底想像できなかったことだと思いますが、朝起きることが、こんなにも爽やかなことだったとは、知りませんでした。とても新鮮です。

依然として、午前6時前にはスッキリと目が醒めます。まずは、電磁ポンプを使って昨夜の風呂の残り湯を洗濯機に注入している間に、ケトルでお湯を沸かし、全自動洗濯機のシーケンシャルサーキットに実行命令をかけた直後には、カリタ式ドリップでコーヒーを点てる というような流れで、一日が始まっております。

もちろん、前夜のプロ野球のリザルトを放映する、早朝ワイドショーのTVプログラムを見て、記憶のフラッシュバックをさせることも欠かしませんし、朝飯を作ったあとで、妻子を布団から引きずり出す作業も、難なくこなしております。

わたし自身のそうしたシーケンシャルな行動というか家事は、組織の歯車だったころの行動に似通ったところもあるような気がしないこともないですが、反吐が出るほどその顔を見たくない連中どもに会わなくても済む点でずいぶんお気楽ですし、家事といっても蒔をくべたり、井戸の水を汲み上げたり洗濯板でゴシゴシしたりするわけでもないですから、これまたお気楽です。ただ、洗濯物を干すのは手動ですし、W3-A改やらシルクロードが、わたしの物干し作業を邪魔してくれちゃったりなんかしています・・・・・・。

さて今週のわたしはと申しますと、娘を保育園に送った後に、例の本棚を制作する作業に日々没頭しました。垂木にホゾを入れるのに、まる一日を費やし、組み立てて棚板を渡すのに、もう一日かかりました。最近ちょっと流行ぎみの住宅DIYリフォーム系のTV番組に影響を受けて始めた作業でしたが、TVみたいに何人もがかりでエイッと作業できるわけでもないので、なかなか往生しました〜。

やがて、金槌で左手親指を強打、全治2週間の怪我もオマケ特典についてきましたが、でっかい書庫ができあがりました。勢い余って、ついでに横幅2mで2段のクローゼットラックも制作してしまいました。これで大幅に、ウチの中が片づくことになりそうです・・・・って写真でお見せできないのが残念です〜。

それから作業の合間の休憩ということで、例のろくすっぽマトモにはよ〜使わないアドビのイラストレータを、ちょこちょこと触ることも習慣になってきました。ですが、基礎テクニックが解っていないわたしにあって、新ネタにできそうなアイディアが見付かっても、そのバナーを自作することはままなりませんでした。これについては、ちょっとストレスっていうかジレンマを感じましたね。時には、マウスを持ったまま居眠りしてしまった日もありましたが、はっと目覚めたときに感じた、今は誰にも咎められることはない筈だという開放感には浸ることはできました。

まったく愚かなる日々であります。

まあ、そんなことをやっているうちに職業安定所から申し渡されていた「4/11に来所してください」という指示の日がやってきました。指定された時刻に出向いてみたところ、だいたい60脚のパイプ椅子がぎっしり並んでいる部屋で、失業オリエンテーションが始まりました・・・・・。

ここで、雇用保険受給資格者証なる、無職の免許皆伝みたいな書類が交付されました。これでわたしも立派な無職、ニッポンの失業率の一端を担う人物になることができた模様です。そして、この書類をベースにして、オリエンテーションは進んでいきました。

あんたの失業手当の金額は、「基本手当日額」っちゅう枠の中に書いてある。あんたの場合、会社にブチ切れて自分で辞めてきたんじゃから「自己都合退職」の扱いになる。4月2日に申請してきたわけじゃから、1週間の待機期間があって云々・・・・・zzzzzz

意識が途切れていました。

いわゆる失業手当はわたしの場合だと、前に貰っていた給料の60%に相当する金額が 150日分を上限にして、3ヶ月と少し先になってから支給される仕組みであることは、先週貰った資料を読んで知っていましたし、当日渡された他の資料に、別段真新しい内容が記載されてあるわけでもないことが分かっていましたので、わたしはぼんやり空想に耽っていました。

失業手当給付が欲しくて会社を辞めたわけじゃないんだ。おれにはどうしてもやりたいことがあるんだ!

そんなことを、とりとめもなく考えていました。

でも、遣るって言うんだから、貰えるもんは全部貰っておこう、と勿論思っています。

その週末の日曜日。しかも休日としては、割と早い時刻のことでした。

わたしがステアリング・ウィールを握るグレイハウンド・ジムニーは、妻と娘を載せて、北に向かっていました。

倉敷の市街地を抜け、Root429にのっかるとすぐに見えてくるのが五重の塔。

w1-3.comも入居させていただいているサーバ長屋の大家さん=ペイさん=のところに以前お邪魔させてもらった際、そこの若い衆が「いつかレンゲが咲く時期に、あそこに行ってみたいなあ」と言われてましたが、その付近で一度グレイハウンドを停めまして、娘をレンゲが満開の田圃で遊ばせることにしてみました。

今年はレンゲも10日くらい早いよな、と思っていたら、今度は雲雀が高く飛びあがっていきました。ということは、きっとあのあたりに巣があるのでしょう。わたしの認識が間違っているのかもしれませんが、わたしの住んでいる地域では5月になってからでないと見られないはずの光景でした。

「あの年は、逆に1週間遅かった」

まだここで遊びたいと主張する娘を、妻がなだめすかしてグレイハウンドに載せ、わたしたちは更にR429を北上することにしましたが、道すがら窓から見る桜の木は、どれも緑の葉が茂っているのがわかりました。

吉備高原に向かうワインディングを慎重に慎重にインベタで進んでいきますと、やがてダム湖が右手に見えてきます。しばらくそのまま進んで行って、その湖を横切る橋を渡って左に曲がると、今度はそのダム湖は左手に見えます。最初のブラインド・カーブを通り過ぎてすぐにある公衆便所付き駐車場にジムニーを停めました。やはりもう桜の花びらの名残なんて、まったく残っていませんでした。

わたしたち3人は、ブラインドカーブの外側にあるガードレールに沿って歩きました。線香を点けて、去年わたしが手向けたのがそのまま残っていたハイライトを新しいものに取り替えようとしたときです、ランサーエボリューションの6だか7だか知りませんけど、あろうことか横を向いて進入してきました。そして、わたしたちがいる場所すれすれを通過して行きやがりました。

「わしらを殺す気か! おまえが死ね!」

思わずファッキンなセリフを吐き捨てたわたしでしたが、次のコーナーに向けて遠ざかって行くそいつのリア・ガラス越しに、ロールバーとバケットシート、そして赤い4点式シートベルトらしきものが装備されてあるのが見えました。ここで、わたしの怒りは頂点に達しました。
むちゃくちゃな行動をする割には、自分の安全マージンだけはいちおう確保しようとする姿が、前職の上司たちの行動とイメージ的にカブっちゃうんですよね・・・・。

「済まねぇ。来年からは危なっかしくて、もう来れないかもしれん。」

そう言い残して、3人はグレイハウンドに再び乗り込みました。

R429は、鳥取県の大山あたりにスキーに行くときやら、島根県の海岸でカヤックを漕ぐために、かつてよく彼といっしょに通った道だったのでしたが、しばらく前に高速道路が完全開通したこともありますし、3年前に彼がこの道のこの場所で死んだという事実のせいもありまして、とにかくわたしと妻は、彼に線香や花を手向けるとき以外はこの道を意識して使わないようにしていました。

やっぱり、ここを通ることで色々思い出してしまうのは、つらいことですから。

例年だと、この駐車場で折り返してもと来た道を戻るのですが、最近は滅多に使わなくなった道ですし、わざわざ来たんだから、今年はこのまま北上してみようということになりました。

ここから進んでいきますと、落合という町があり、やがて勝山という集落があります。ここには、MASA君イチ押しの「蕎麦屋」が・・・・

彼の言葉を要約すると「岡山で食べられる蕎麦の最高峰〜!」ということでした。ちょうどお昼どきだったせいで順番待ちもありましたが、MASA君の言葉を信じてその列に加わることにしました。そしてお品書きを見て品定めをする頃には、ランエボに向けた怒りは、すっかりおさまっていましたとさ。

なかなか結構な蕎麦を喰ったことで、かなり癒されたわたしたちでした。せっかくここまで来たのだからということで、そこから程無い距離にある、猿が放し飼いになっている公園に出かけました。じつはその公園のメインは「華厳の滝」という名勝なのですが、フィトンチッドとマイナスイオンを、わたしたち一家は、めいっぱい吸収してきました。

10年に渡ってココロに堆積していった憂鬱な霞が、少しづつ溶け出してきて解放されはじめているのが、自分でもすごくよく分かるようになってきました。お金はありませんし、なんのポジションも持っていませんが、幸せです。

アイリーさんちのホームページにようこそ〜(痛)

続く

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