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=やはり台風=

Jan 13, 2007

本腰を入れるきっかけになったのは、あんたさァまたかよォ、と思う方方も多いかと思うけれど、例のあの、わがW1S-Aとシルクロードを海水腰下浸水させた台風だ。あの2004年に被った災害は、わたしの生活や考え方の、ターニング・ポイントになったことには間違いないようだ。

始めてみると、意外とおもしろかった、のだ。


台風は、海をわが家の玄関先にまで連れてきたから、庭にも大きなダメージを与えた。海水とヘドロで、収穫期をちょうど迎えていた夏野菜は枯れた。それから、わたしなりに丹精を込めたつもりでいた花壇には、フグなど小魚の死体が散在していた。

台風被害ぜんたいの後片付けをするにあたって、どこの家でも庭の優先順位なんて、たいてい最下位になるだろう。(一度機会があったら遭遇してみてください。きっとご理解いただけるものと確信します)わたしの家の場合でも、ふと気づいたときには、枯れ野菜と雑草の野原が、一面に累々と展開してしまっていた。

枯れた野菜と腐った魚を取り除くところから、庭の復旧作業は始まった。

雑草だけは、こんなひどい地面にでも、どんどんはびこる。抜いていくはしから次々と生えてきているのではないかと思うほどに。そうして出てきたゴミを集めて袋に詰めては市のごみ処理所に運び入れたけれど、ちっとも片付いたという気分にはならない。困ったものだ。

すっかり色を失ってしまった庭に、花壇を再構築しようと思った。ふたたび苗が植えられるような土に戻すには、どうしたら良いのだろう。妻とふたりでそんな話をしてあれこれ考え悩んだ末、わたしたちはブレーンに相談することにした。

そのブレーンとは、わたしの妻のお母さんだ。彼女は、白桃の品質にかけては日本で一二を争う名産地、岡山の一宮という地域で、農家の末娘として産まれた。だから園芸の土については、ウチの身内では一番詳しい。

わたしの進行性農夫病は、こうして見よう見まねで始まることになる。

まずは土作り。土作りの基礎編だ。鋤と鍬の違いと、それぞれの使い方を義母さんから習う。なかなか大変だ。力まかせの一辺倒でもだめみたいだし、なんともじつに難しい。

土には肥料を混ぜ込むべきだと教わる。油粕にカキ殻、牛糞に腐葉土などが肥料になるのだと言う。だが、何がどのような効用を持つものなのか、そのときざっと聞いただけでは、すぐに忘れてしまった。最近は記憶保持に自信がない。それでも「窒素・リン酸・カリ」というキーワードだけは、しっかりと頭に残った。どこかに書き留めておいて、おいおい調べてみようと思った。

災害復旧のため、一時的に賑わっていたホームセンターが、やや落ち着きを取り戻しはじめたころ、わたしたちは土壌改良の資材を買い求めるのに、ハイエースを走らせた。

何をどのくらい買って使用したのか、もうすっかり忘れているけど、それを鋤き込むという行為に、体力をものすごく使ったことを今でも強く憶えている。そうそう、だから耕運機が欲しくなったのだった。(拙サイト内コラム 「メインカルマ/僕はトラクターが大好き」 に関連)

このときに鋤き込んだ何かの都合で、二週間くらい何も植えずに、寝かせておいたほうが良いと義母さんから習ったので、しばらくの間は殺風景を我慢した。それから秋から次の春にかけて庭を彩ってくれそうな花苗を適当に選んで、適当に植え付けた。

庭は翌春まで華やかだった。でもセンス良くコーディネートできている庭、というものには程遠いものだったから、妻ともども技量の無さを互いに嘆いた。その点についてはどうしようもない。


わたしが住む児島という地域は、かつては児島市だったけれど、何十年か前に、半ば強引なかたちで倉敷市に合併させられてしまった、と今でも憤りを感じているお年寄りが多い。どうしてウチらが繊維と競艇で稼いで納めた税金を、倉敷市中心部あたりに搾取されんとならんのじゃ、と言う。市民税が全国平均より高いなんてのは、あの合併さえなければ避けることができた、などと言う。もしかすると、イデオロギーが偏っている人しか、わたしには知り合いがいないのかもしれないけれど、そんなことはないと思いたい。ちなみにわたしらの世代では、物心がついたころには既に倉敷市民だったから、せいぜい市街地の人間は児島に足向けて寝るなよ、と思うことにしている程度で、小学生なら大原美術館にタダで入館できたりするなどのサービス享受を喜ぶことにしている。

そのわが倉敷市には、第三セクター方式で運営されている「倉敷チボリ公園」なるテーマパークが存在している。たしか15年くらい前に開園した施設だ。破綻しかけて値下げしたとかしなかったとかいう大人2,000円の入場料にはあきれるばかりだが、まだ存在している。

第三セクターということは、運営の原資になんぼかの市民税が充てられているわけだ。つまりわれわれ市民ひとりひとりが経営者であるといっても、まったく差し支えがない、泡沫だけど。破綻しかけた後に打ち出された新企画ということで、一年のうちに何日かは、市民に限って無料で入場できるという特別期間がある。株主優待よろしくそのときだけは、経営者いや違った、憩う市民たちでごったがえすことになる。

当然わたしたちもデジタルカメラなどを手に、倉敷チボリ公園に向かう。開園当時には足を運ばなかったから比較のしようがないが、市民無料の機会に初めてチボリ公園に入場したとき、これがタダなら眼福だ、と目を見張った。

何に感心したかというと、その植栽だ。植え方といいボリュームといい、見事だと思ったのだ。なんでそのように感じるのか、花壇にあるひとつひとつの単品を見て分析を試みた。どうやらホームセンターでひとつ50円で売っている程度の苗が多い。もちろんそれが全部だというわけではない。中には高級なものもいくつかある、みたいだ。ありふれた苗でも、総合的に統括できるヒトがいて、きちんとコーディネートしたものを日々メンテナンスするのならば、ここまでのことができるのか、という点でとても勉強になる。

わが家ではこの特別期間のことを「ただチボリ」と命名して、何度も足を運んでは、そのたびに感心している。そのときの自分たちへのオミヤゲは、カメラに記憶させた多数のアイディアだ。

最初は模倣から始める。初心者のわたしらにでも実現できることはどんどんパクってしまおう。わたしたち夫婦がやっていることは園芸ごっこだもの。けっしてガーデニングなどという大層なものではない。スペースはわりと広いけど、だいたいがセコいから。でも自分ちの庭くらい、思い通りにしたいじゃないか。

石屋が仁王様を彫ったが動かすことができません。

ある日、偉い和尚さんが来て、お経を唱えると、石屋の心が伝わったのか、仁王様は動いたそうな。


丸亀四宮石材

続く

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