
このコラム、タイトルだけ先に出しておいて「準備中」の看板を掲げたままで、はや10年近い時間が経過していることに驚いているわたしですが、2002年の末頃に、相互リンクしているサイト「Deeeeepさん」のところに寄稿した文書が残っています。よろしかったら、下のリンク(Deeeeepさん)を参照していただきたく思いますが、どうしても、ってこともなかったりなんかしちゃったりして〜。
今日が残りの人生の最初の日だと思ってふと身の回りを見渡したとき、オートバイいじりについてこれ以上手を広げることは止したほうがよさそうだ。娘たちも大きくなったから彼女たちの生活スペースの領域を拡大してやりたいし。それなら整理するべきものはなにかと考えたら、もう乗ることが想像できない不動車が一番に頭に浮かんだ。あの日のわたしは原付二種、山口オートペットAF55を処分することをココロに決めた。
「誰か要らないか?ただし取りに来る人のみ」 掲示板に書き込みツイッターに呟いてみた。
不動車なんて誰にも必要じゃなかったみたいで特になんの音沙汰もないまま二週間くらい過ぎた頃、師匠先生に処分を検討していることを伝えたところ「それは勿体無い」と一喝されて翻意。
とはいうものの・・・・・。どうして不動車になったんでしょう、はっきり思い出せません。やたら熱ダレを起したりして時折路肩で休憩してやらないと目的地に着かなかったことがありました。出勤に使っての帰路、どうやってもエンジンが始動しなかったので、徒歩で帰りそのまましばらく駐輪場に放置したこともあったし。
そもそもの扱いが無茶でしたナ。手に入れたときエンジンが動いてかつ書類が整っていたからナンバープレートと自賠責保険を付けていきなり下駄にしていたけど、ヘッドライトは点灯しないしバッテリーは無いし前後のウインカーは無いし、まあすごい状態で乗っていたもんです。ハンドル右には方向支持スイッチ、左にはディマースイッチとホーンスイッチがあるというのに。「ま、夜に乗らなきゃいいんだ」ってなもんです。曲がる方向は手信号で示した記憶があります。だいたいこのオートバイにはブレーキスイッチなんて前後ともに存在してないってのが手信号上等と思った背景にあります。
あともうひとつの問題点、このエンジンのキックスターターですが、そのペダルがスタータシャフトに溶接で取り付けられてあるんです。うちに来たときにはすでにそうだったようですけど、エンジン不調に陥るまでそれに気づきませんでした。もし一次圧縮がエンジン不調の原因だったとしたなら、クランクケースを割るときの邪魔になることが明らかですし割ることさえできないかも知れないと思って「なんていうデタラメな修理をしてくれてるねん」と憤慨しきり。
そんなこんなで不動のまま放置車両になってはや十五年とちょっと。
師匠先生の喝「ペダルの溶接なんぞたいした問題じゃないよ。グラインダでぶった切って、シャフトをヤスリとかリュータでなんとか加工してスプラインのように細工できたら、別のキックペダルを叩きこむことだってできないことじゃないよ」
おおっ!
「だいたい、それぐらいのことで挫折するなんて情けない。破門にするぞ」
それは困る。先日は結束バンドをニッパーで切断するところを咎められて、あわや破門というところを免れたばっかりなのに。(このときは、結束バンドはノコ歯SSTで固定部をほどいて再使用するべし、と説教されました)
それから駄目押しの一言。
「お嬢さんふたりのどちらかが乗って走ったりしたら、素敵じゃないか」
20年前のわたしがすることのできるメンテナンスは、レバーの遊び調整とかオイル交換・プラグ交換・エアクリーナの清掃、それからチューブタイヤの交換およびパンク修理くらいがせいぜいで、これ以外はぜんぶバイク屋さんにお願いしていたものです。オートバイは乗るものであって、林道で立ち往生しない程度のメンテナンスができればそれで良し、という考え方でした。
今だったら独力で修理できるんじゃなかろうかという気持ちです。見通しが明るいと、かつてゴミに見えていたものが何か別のものに感じるから不思議です。気分が沈み気味のときには一度投げ出して、その後廃棄するつもりだったオートペットなのに。
わたしのところにきたのが1989年。マフラーが腐っていたので、ヤマハメイトのものを加工して取り付けてもらいました。バイク屋さんに。 それから燃料コックのカップが樹脂製でクラックが入って燃料漏れが起きていましたのでアルミ材で蓋を作ってもらいました。バイク屋さんで。
あとはそのまま乗りっぱなしの壊れっぱなし状態で現在に至っております。
タンクを外すと内部からカラカラと音が。なんだろうと取り出すと、朱色の固形物が少々。混合ガソリンだったもの、かもしれません。内部を覗き込むと、案外汚れは少なくて、顕著な錆びなんぞもなさそうです。混合潤滑のメリットでしょうか、エンジンオイルが壁をコーティングしてくれていたようなかんじです。
ふーん。そらまあ、ええこっちゃなあ。
燃料コックは、W1なんかと同様のタップ式。分解清掃が可能かどうか手にとって見回すことしばらく。真鍮のイモネジでコックのレバーを取り付け固定しているタイプと判断して分解。
キャブレター。油まみれ。
灯油に沈めてしばらく待って、歯を磨くにはもう毛先が開きすぎの歯ブラシで表面を掃除したところ、思ったよりも簡単にキレイになったのは、やはり混合潤滑のおかげなのかなあと思ったりしながら、続いてフロート室を開くと、可愛らしい。じつにかわいい真鍮フロートが姿を見せました。
内部には汚れがほとんどなく、燃料タンクから出てきた朱色の固形物だけが、龍角散の匙一杯ぶんくらいの量で、底にこびりついていました。吸気口に左手親指の腹を押し付けておいてスターターをキックすれば、指先にコンプレッションを感じました。これは簡単に直るかも。社名がKで始まりZで終わる粗悪メーカーの草刈機より簡単。(よほど根に持っている)
こうすれば直結っという方法については、センパイから後のものに脈々と受け継がれていくものなのだそうで、ここはわたしの知る方法で、この状態なら健全なエンジンだとプラグに火花が飛ぶだろう、という結線をしました。
飛びません。そこでエンジン左側のカバーを開くことになるわけですが、20年前ならこんなところ開いたって成す術は無いし、ましてフライホイールを取り外すなんて神の領域であって、自分でするべきことではないと思っていたトコロです。
開けました。カバーの接合面にはガスケットシートは使われていません。あと、底あたりに空気孔というか砂ほこり取り入れ口というか小さな穴があって、内部はジャリジャリです。
エアインパクトレンチとプーラーでフライホイールを取り外した後でコイルとかポイントを眺めたところ「どっかでみたことある雰囲気の部品だよなあ」だと思いました。コンデンサとエキサイタコイルが同じ部品上にセットされてあるタイプのものでしたから。
山口は、ガスデン社などからエンジン供給を受けて、オートバイを組み立てていたそうです。いわばギルドですね。そのエンジンを分解したらホンダC100(OHVのカブのことです)と同じ部品が押し込まれていることにも「おお、ギルドだ」なんて一人で笑ったりなんかして。
ポイントを分解して接点を磨いてからエンジンに組み戻します。スターターペダルを踏むと力強い火花がバチバチ飛びます。
これでエンジンが始動できないわけはないのですよ。
<続く>