=その8=

Oct 30, 2008

「うげ」

ある日のくそ熱い朝、わたしの駄文綴り専用のノートパソコンがいつものように起動して来ないのに気付いた。その機械は 1999年製のSONY VAIO。PEN3の500。もっぱらテキストエディタ「秀丸」を動かすのに使っている。ときたまイラストレータとかフォトショップをちょこっと動かす程度のわたしにとっては充分なスペックだ。

OSをWin2Kに変更して、webに接続するのは、拙サイトをアップロードするときだけに留めていた。つまりインターネットにはほとんど関係ない機械だということになる。暗に更新頻度が低いことを宣言しようとしているわけではない。ほっといてくれ。

それがどのような具合で起動しないのかと言うと、白背景にWindows2000のロゴは表示されるけど、それ以上進まないのだ。しばらく放置すると、勝手にリブートしては再びBIOSを読み込み、また白い背景の画面になるという無限ループに突入する。

それならば修復を試みるかということで、Win2Kを買ったときの箱を探してきてVAIOにフロッピィディスクドライブをセットする。4枚のフロッピィとCDをかわるがわる差し込みながら祈った。

わたしは、あらかじめ用意されてあるメニューを全部ひととおり試した。でもVAIOが起動することはもうなかった。 「Cドライブに破損箇所があります」みたいなことを書いた青背景の白文字を見て、わたしは覚悟を決めた。

VAIOの中には、推敲を済ませたばかりの新ネタ「ON ANY SUNDAY/Immigrant Song」があった。それからバックアップをまだ作っていない家族旅行したときの画像データがあるはずだ。くそ、無念だ。

8月。南冥。VAIOの死。


別のPCの話題。

5年くらい昔のことだ。わたしの弟から壊れたパソコンの処分方法について相談を受けたことがあった。ハードディスクが壊れたから、新しく買い替えたと彼は言う。そしてわたしは壊れた機械を預かることになった。

SOTEC社のM350Vという珍機は、電源を通すとたしかにディスククラッシュしていた。ハードディスクドライブだけの問題かどうかはっきりしないところだけど、そのときは別のものを使えば動くのではないかという仮説を証明したいという気分に駆られた。

当時ほとんど使っていなかったSCSI接続の外付けHDD(4GB)から中身を取り出してSOTECに接続した。一緒に預かったリカバリCDを回す。動いた。Win98SEが走っている。

弟に電話した。

「いちおう動いたんだけど」

「今まで使っていたディスプレイを、新しく買ったやつに使うから、もう要らないよ」弟は答えた。

こうしてわが家では、お子ちゃま専用のパソコンがGatewayのP2-233からSOTECのP3-500に昇格した。このときに使ったハードディスクは、GatewayにSCSIで外付けにしていたモノだ。この機械をリカバリしたらOSがWinSEだったので、すかさずWin2Kをセットアップした。その代償なのか、WinSEでは動作したDVD-ROMがドライバが無いため使えなくなった。

もうすこし遡る。そのGatewayを手に入れたのは1998年の夏だった。

「パソコンは職場で使うものよ」 普段からそんなことを言っていたわたしだったが、当時の職責上としては、そのころ黎明期を迎えていた「趣味のホームページ」を職場で見るのが、あまりよろしくないと思ったから、手に入れることにしたのだった。

あれから10年だ。 メインのマシンは、マックG4に移行した。ネタはVAIOで書くが、そのVAIOが壊れたのは痛い。機械を失うことも痛いが、ネタのデータを失うことは本当に痛い。もう一度同じようなことを作文するのは気分が乗らない。苦痛以外の何者でもないし。

いろいろ考えてみた末、いつか弟のSOTECに施したのと真逆のやりかたでバンザイ・アタックを試みることにした。パソコン屋さんに行って2.5インチハードディスクの外付けケースを買い求めた。家に戻ってすぐに、壊れたVAIOからハードディスクを摘出してそのケースに収めた。

SOTECを起動して、バンザイ・アタック・ハードディスクをUSBで接続した。

「万歳」

外付け記憶装置として認識してくれているのを確認した。速やかにデータを退避させることにした。よかったよかった大成功だ。ほんとうに良かった。


こうして現在のわたしは一度壊れたネタを復活(「ON ANY SUNDAY/Immigrant Song」)させ、据え置き型SOTECにてFTPするまでに至った。 そしてこの経験が、バイク乗りのアイリーのココロにも少なからず影響を及ぼしたみたいだ。アタマの中に、これからやりたいことの方向性とネタが溢れはじめている。

それを残らず掬いあげて残していくのには、外出先でもネタを書くことができるノートパソコンが必要だと思いつつこの稿を閉じよう。

後日談

最初のバンザイ・アタックから二日後、外付に変更されたハードディスクが完全に動きを止めたのをわたしは確認した。物理的に廻っていないみたいだ。まるでマンガのような話だが、わたしにはハードディスクの気持ちを意気に感じた。

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