わたしは広島県尾道市の中華そば屋「つたふじ」の店先で、順番待ちの行列の中にいました。その日は雛祭り、三月三日でした。
その行列に新しく加わる人には、大きくわけて三通りのパターンがありました
この3番の人たちというのは、もちろんわたしたちのことです。
銀色の側車を引くマルーンのW3と、ゴールドの爽やかW3、それからサンプタンクとバッテリケースカバーが青いW3、GSX1100刀ファイナル・エディション、そしてオイル漏れダラダラ中のW3-A改(ヘン)という、つごう5台が、歩道に乗り上がっていました。
順番待ちの間には、いろいろな世間話をしていたわけですが、わたしのところにアップルマルチスキャン15インチモニタの余分が一台あるよ という話題がのぼったとき、Y2くんの眼鏡がキラリと光ったことをすっかり見逃してしまっていたようです。
何日かあとになって、Y2くんから連絡がありました。
「8500/120の完動品が用意できます。15インチモニタと交換しませんか?」
その提案が意味することについて、わたしは今ひとつ理解できていませんでした。なにしろ、その余分なモニタの性能が、けっしてマトモなものではなかったこともありますし、持って行ってくれるんだったら、ウドン食ってもらって酒呑んでもらって泊まって帰っていただいたとしても、まだ余りあるなあと思っていました。それに、その8500/120というのが何を意味するものなのか、ぜんぜん解らなかったということもありました。でもそのことはヒミツにしておきました。
このときのわたしの頭の中では、アップルコンピュータは、LC630とクワドラのカラクラが、パワーPCでアルケミーだったりしてクロックアップしたらG3の・・・ドッカーン・・・・みたいな状態でした。
つまり・・・・8500/120とはなんだ? 旨いのか?うほうほ! はっせんごひゃく??? いーち、にーい、さーん、いっぱい・・・たくさん・・・うひーもうこれ以上食えないよー状態、ということです。
Y2くんからの連絡は、拙サイトのBBSでのカキコミでした。どうやらわたしの良心回路がショートしているな、と見て取ったハワイ大王さまとアクビさんが、さっそくそのスレッドにレスをしてくださったようです。
さらにY2くんとへいじさんが参加したそのスレッドを拝見したわたしは、そこでようやく事態のものすごさを理解しました。
8500は、うちではまだ現役で稼動してますよー とか、サブマシンとして、改造して使ってますー とか、そもそもPowerMac8500/120ちゅうたら当時・・・。
ん? PowerMac8500/120? たしか職場に1997年ごろ導入されたけれど、ほとんどろくすっぽ使われないままで、AGFAのスキャナと共に放置されてあるのも、たしかそんな名前だったぞ。なあんだ!最初っからそう言ってくれてたら、すぐわかったのに〜
職場に存在しているものは、8500/150と、筐体に書いてありました。減価償却の管理台帳をパラパラとめくって、初期導入時の金額を見つけたわたしは、その額を見ておもわずのけぞっていました。確かに、液晶ディスプレイがDSTNからTFTに切り替わりつつあったあの頃、まあマトモに使えるDOS/VのA4ノートだったら、50万円くらいしていたことを、思い出したりもしていました。
いやしかし、そんな高級機と、焼け焼けヤニヤニのディスプレイを交換するったって、パチンコよりも換金率が悪くないかい??? とは思いつつも、ラッキー(←これは超本心)な申し入れを、ありがたくお受けさせて貰うことにしました。
まずわたしから、ディスプレイを送ることにしました。 といっても、本来の箱なんて持っているわけがないので、ちょっと困りました。そして、妻の目を盗んで、現在稼動しているファンヒータの箱を、持ち出してきました。これに新聞紙を丸めたものを詰め込んで、ディスプレイには厚手の不織布を巻きました。梱包終了です。
Y2くんには、映りの良いほうをお渡ししました。ただそれが、あくまでも2台を比較した上だけのことであって、わたしが普段使っているフラットでないトリニトロン管よりも、ずいぶんぼんやりした表示しかできないものでした。
間に3日ほど置いた朝8時、今度はY2くんから我が家に、荷物が届きました。その梱包は、例のファンヒータの箱でした。彼には、この箱で送ってくださいと依頼することを、舞い上がっていてすっかり忘れていたわたしでしたが、これにはお気遣いくださった彼に感謝するばかりです。これで暖かくなってきたら、ちゃんとファンヒータを仕舞うことができます。
そのファンヒータの箱を開梱しました。
つい先日、娘といっしょに丸めた新聞誌のクッションと黄色い不織布に守られたコンピュータが、顔をだしました。
出勤前の妻は、その筐体を覗き込んで、製造年月を見つけたようです。
「1996ということは、愛梨と同い年の、子年生まれじゃが〜。」
我が家の文明が、約2年ほど進化しました。
その日、わたしは休暇を申請していました。娘を保育園に連れて行ったその後は、Mac三昧な時間の始まりとなりました。
背面のスロットには、Y2くんが言ってくれていたとおり、ビデオカードが余分に装着されてあることを確認しましたが、ひとまずは通常側の端子を使って、モニタと繋げてみました。
そのモニタは、つい先程までLC630改:愛称「ジーフォーアイマック」に使われていた、映りがぼんやりしているほうの15インチディスプレイだったりします。
これまたY2くんが出血大サービスで取り付けてくれてある100BASEのイーサカードと、ルータとを接続してから、起動してみました。起動を待つ間に、プロトコルを設定するためのマニュアルを準備してみたりなんかしました。
どうしたわけか、わたしの右手はTCP/IPを設定するより前に、ブラウザNN47を起動させてしまっておりました。しまった、接続エラーが出てしまうよ、と思ったそのときです。
モニタには、いつも見慣れたフェミニンバナーが表示されていました。ああ、有難い有難い。
きっとY2くんが、気を利かして様々な設定を、あらかじめ施してくれてあるのでしょう。これでわたしはもう、西の方角に足を向けて寝ることができません。
そして。
速いのです。動きが良いのです。さくさくと、ブラウザは拙進行性W病を遷移していきます。
こりゃあ いいわー。たまりません。思わず左の掌で、わたしのアタマをピシャリと叩きました。セミ坊主アタマを叩いてみると、文明開化の音がしました。
勢い余ったわたしは、このマッシーンの愛称を「じーふぉーきゅうひゃく でぃゆあるしーぴーゆー ねずみどし」と名付けることにしました。
台所に行ってコーヒーを濾れて戻ってきますと、ディスプレイの上で、ピカチューが暴れていました。うわ、このままではきっと、じーふぉーきゅうひゃく でぃゆあるしーぴーゆー ねずみどしは、娘の餌食になってしまうよー、と瞬時に悟ったわたしは、スクリーンセイバーの解除を試みました。きっとコントロールパネルのどこかに、なにか設定に関するものがあるのだろうと、それらしい項目を、いつになく真剣に探しておりました。
が、しかーし。わーかーらーんー。
ここでわたしは、ショートしかけたアタマを癒すのに、すこし冷めたコーヒーを一口飲みました。そして、Y2くんにお礼とアドバイス要請をしようと思いました。
午前9時過ぎに連絡しようとするんやったら、メールするよりは拙BBSに書いたほうが早く目に届くのではなかろうかと、おそらく誰もがする行動「職場でホッと一息 内緒のつもりでネットサーフィン(死語)」に照準を定めました。
その数分後、着弾が確認されました。わたしには幸いなことだったのですが、午前10時の魚雷戦ゲームが展開されることとなります。
やがてしばらく後に、ポケットモンスターは無事鎮圧に至ることとなりました。これで娘には強く「とうちゃんの仕事の機械に触るな!」と申し渡すことができます。遊んでいるようにだけは解釈してほしくないところなのです。
スクリーンセイバごときで、これほどの大騒ぎを起こしてしまったことについて、わたしはおおいに反省しておりました。そして、わたし程度のレベルにあっては、その性能がじゅうぶんに余りあるこのMacについて、できるだけきちんと勉強してみようと思いました。
この日に休暇を取った本来の理由は、職業安定所に出向いて、とある調べごとをしたい、というものでした。わたしの住む町では、職安に対して道向かいに市立図書館があります。近所の本屋には、MacOS8.1の書籍なぞ取り扱いがないことは、既にわかってました。もしかすると、ちょっと古い、そういった文献は、図書館の蔵書にあるのではないかという予感がありました。
職安での調べ事を5分で終わらせて、いそいそと図書館に入りました。ここに来たのは高校生だったときの20年ぶりかと思ったら、その時間の経過について、自分でもすこし驚きました。
IT関連と標識が架かっていた書庫は、やはり時間が緩やかに流れていました。
98DOS機に関するものやら、WIN3.1マスターという文字が背表紙にある本を見つけたとき、わたしは27歳に若返っていました。もちろん、ラベンダーの香りは漂っていません。周囲は図書館独特の、すこしカビくさい匂いに包まれていました。
そして、LC575とかクアドラ徹底攻略、というタイトルの本を、まずはその場で読み始めました。わたしは29歳になっていました。ああ、あの頃はずいぶんアタマが柔らかかったんだよなあ、と知識の吸収速度が鈍ってしまっている実年齢を、うらめしく思ったりなんかしながらです。
叶精作さんの作品が表紙に描かれてある大判の本のなかで、ついに8500/ という文字を見つけました。ようやく子年-1996年に到達したようです。ただ、その内容は、プロフェショナルなグラフィックに関するものでしたから、その読んでいるときの姿を客観的に想像すると、麓からチョモランマの頂を見ている旅人のような遠い目になっているんだろうな、と思いました。
そしてMacに関する蔵書で、もっとも新しいものかなと思ったのは、MacOS8.6のものでした。貸りて帰ってみたところできっと、ろくに読まないうちに期限が来てしまうことになるんじゃなかろうかと、人の気配がほとんど無い平日昼間の図書館の喫煙ブースに陣取って、拾い読みを開始しました。
ものはついでにと、色相学に関するものや視力に関するもの、そしてジェンダーの文献なども読み漁ってみました。
WEBともまた違う、図書館の魅力をあらためて認識しながら、このときは手ぶらで、家に戻りました。
いつものように玄関の鍵を開け、郵便受けを見ました。そこには定形外の封筒がひとつ。差出人は、へいじさんからでした。
きっと何かに使えるでしょう。よかったら使ってくださいというメッセージが添えられた中身は、SCSIケーブルとディスプレイ変換アダプタが入っていました。
ではさっそく。
娘はきっと今ごろ保育園でお昼寝の時間、つまり不在を良いことに、娘専用ポンコツDOS/V機から、モニタを仮に略奪してみました。やはり1996年頃に製造されたらしいDELL社のものです。
生意気にも左上の隅に、トリニトロンと書いてあるものなのですが、以前にネタにした通り、ある場所の粗大ゴミだったものを譲ってもらったポンコツです。
そして、普段はペン2-233でずっと使っているSONY社製モニタを取り外したところで準備が整いました。
へいじさんから貰ったアダプタを、DELLな貰い物モニタから伸びるケーブルに取り付けてからY2くんに貰った8500/120の背面に差し込みました。それからSONYのほうは、増設されてあるほうのビデオカードに接続しました。
にわか急造Macユーザに変態しようとしつつあるわたしは、ここでパワースイッチを押し下げました。
おお!
ふたつのモニタ共に、同じ背景が。そしてSONYのほうにだけは、最近になってやっと見慣れたような気がする起動状態を示す表示が出てきました。
心を落ち着かせて、マウスを持ちました。そしてグリグリと動かしてみました。するとDELLのほうにひょいとポインタが移りました。こりゃ面白い。ひょい。ひょい・・・・。
ただ図らずも、右に配置したSONY画面で、右側のほうにポインタを飛び込ませますと、左の置いたDELLモニタの左側の縁からご登場する、というまるでお約束のような状態に、なっていました。
たぶんこれはこうしたら良いのではなかろうか、とモニタ設定の画面にたどり着きますと、項目がひとつ増えていました。ああ、これだこれだ、と適当にいじっているうちに、やがてポインタは、うまい具合に右に切れると右モニタの左から登場するようになってくれています。
さてデュアルモニタは結構なことなんですが、これをいったい何に使うべ?と考えていました。わらしべMac「ねずみどし」の中を適当に探ると、アドビ・フォトショップ5.0LEというタイトルがありました。
これはきっとY2くんが買ったスキャナにバンドルされてあるものを、そのまま回してくれたんだ、と身勝手な解釈をしました。きっと動作確認後に消せということなんだろうなあと、善意的解釈をしました。
アプリケーションを立ち上げてから、あの特有のパレットを右側のモニタに向けて、ぽいぽいとドラッグしてみましたところ・・・
おおっ すごいぞ!
1024で表示している17インチモニタがふたつ並んでいるだけですが、広びろとした作業エリアを得ました。
ただ、この素晴らしい環境を自在に使いこなす技量なんぞ、わたしは持っていません。そのことについては残念ですが、ぼちぼち修行してみたいもんだなと思っております。
娘を保育園に迎えにいく時間が迫ってきました。
わたしは長くても12ミリの後ろ髪を引かれる思いで、DELL社のディスプレイを「ねずみどし」から取り外しました。そして何もなかったかのように、DOS/Vマシンのほうに、再接続しました。このことがバレたら、結構うるさいんですよ、5歳ともなると。
そして、晩ごはんを食べているときに、彼女に交渉してみました。
「とうちゃんのコンピュータのテレビと、あいちゃんのコンピュータのテレビを、かえてくれないかな〜。」
「いや〜!」
やはり娘は、ウチに残るアップルの15マルチスキャンは、自分のDellと比べて
などを理由にして、父親であるところのわたしの発案を、あっさり却下してくれました。
うーん。よく観察してるなあ。
そういえば、普段こいつは、おもちゃを買ってくれ、とねだることは全然ないんですが、以前に連れていったパソコンショップで、どうしてもセンターホイール付きのマウスが欲しい、ってその場を動かなくなったことがありました。
「どうして、とうちゃんのマウスにはクルクルがあるのに、わたしのには無いの???買ってー」
ってな具合でした。その店でズッコけたわたしは、一番小さくて値段の安い怪しいPS2マウスを、買い与えましたが、そのときは400円くらいの出費で済みました。
彼女はどうやら、親の持ち物と同等品じゃないと満足しないようです。
「ああ。ごまかせなかったかぁ。」
すっかり落胆したわたしは、その数日後、泣きながら中古PCショップのモニター売り場の前に立っていましたとさ。